第26話 かつての主人公 ①
「う゛っ! ……うぇっ」
朝。
あたしは早々に女子トイレに駆け込み、昨晩の夕食をすべて吐き出してしまっていた。
最近はこうして吐くことにも慣れてきてしまっている。本当に嫌な気分だ。
(仲間が殺されていく夢……いや、夢じゃない。未来で実際に体験した出来事が、こうしてたまにフラッシュバックする……)
メンタルがよわよわな自分に辟易する。
週に二回は確定で嘔吐するとか、ゴミ出しの日じゃないんだぞ。
せっかく未来を変える希望が見えてきたというのに、未だにあたしの根底には深い絶望が根付いていて、まるで離れてくれない。
……絶望、ね。
いやいや、別に悲観してるわけじゃないし、うまくいけばあの酷い未来を回避できることは分かってる。
あの人も──柏木さんも頑張ってるんだ。
素性は知らないけれど、彼……彼女? のイレギュラーな行動のおかげで、間違いなく世界は良い方向に進んでいる。
エリカちゃんは失明せず、大規模戦闘でも以前のように再起不能に陥る生徒は出なかった。アレは奇跡だ。すごい。
もちろんあたし自身も手を貸したけど、あの人の作戦がみんなを救ったと言っても過言ではない。
現にあたしがいないところで彼は一人の女子生徒を、身を挺して助けているのだ。もうホントに頭が上がらないっす、センパイ。
──だと、いうのに。
「何してんだろ、あたし」
トラウマを刺激されて吐くだけならいい。誰にも迷惑は掛かっていないから。
でもそれだけじゃない。
「……嫌いになりそう、あの人のこと」
それは本当に身勝手な感情だ。
あの冬香さんを元気づけようと必死に奔走している柏木さんを見て、あたしは不快になった。
いや、彼に『三春がいてくれてよかった』と言われて、どうしようもない苛立ちを覚えた。
これは嫉妬なのだろうか?
すべてを順調に進める彼を見ていると、まるであたしが進んできたこれまでの道のりは、すべて間違いだったんだぞと言われているような気持ちになる。
あたしの存在を肯定する彼の言葉は、もはや高度な煽りにしか聞こえなかった。
……よく、考えると。
「間違いだったのかな、あたしの選択。……これまでの、すべて」
そんな思考に陥ってしまう。
冬香さんを救えるのは自分だけだと思っていたし、あたしが頑張れば何でも上手くいくと考えていた。
それは驕りだった。本当に自分は傲慢な女だと、真に理解した。
彼を駅前のラーメン店の下見に誘ったとき、あたしは八つ当たりに近い感情を抱いてしまったのだ。柏木さんは心からあたしを肯定してくれたというのに。
あぁ、情けない。常に明るいあの人のようになりたい。
いつまで経ってもシリアスで暗い女だ。せっかくコンテニューの機会を得たというのに、こんな体たらくでどうするんだ。
冬香さんが彼に惹かれるのはいい。
あの青年が誰とどうなろうと、あの未来が変わるなら構わない。
でも、これまでの戦いを否定されたら、自分自身の意味を見失ってしまう。
苦しんだ記憶を持ってまでコンテニューした、あたしの意味すら──
「……ハァ。考えるの、やめよう」
部屋に戻り、身支度を整える。
まだ朝早いけど、ジッとしていると悪い感情に苛まれそうだったから、とにかく体を動かしたい。
ジョギングでもしようかな。何かをしている時は、何も考えずに済む。
──と、そんなことを考えていたら。
「あっ、三春」
噂をすればなんとやら。
体操着に着替えた女の子姿の柏木さんに出くわしてしまった。
「いま、暇か? よければ朝の運動、一緒にしないか。今日から始めたんだ」
「えっ、ちょ……っ」
こっちの事情を伺いつつも、半ば強制的に引っ張っていく彼に連れられて、あたしは当初の目的通りジョギングを始めることになった。
の、だが。
「ぁっ、やばっ♡ 乳首こすれるっ♡♡ ひぃっ♡♡♡」
……この人、ブラ付けてないのか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます