第24話 共通ルート ②




 屋上でメインヒロインさんと接敵してから数時間後。

 つまりは放課後なのだが、誰と一緒に行動するでもなく、俺は一人で校庭近くのベンチに座って項垂れていた。

 

「まさか弁当の段階で辛いモン食ってるとは……」


 まだ少し舌がピリピリしている。

 冬香に分けてもらった弁当は見た目や色こそ普通だったものの、おまえコレどんな調理法を試したらこうなるんだよってくらい辛くてビビり散らかした。

 

(汗を拭きだして飲み物を我慢しながら笑顔でお弁当を食べるタイガの姿、本当に感動しました)

(英雄って呼んでくれ)

(アレをやせ我慢て言うんですよね)

(頼むから普通に褒めて……)


 ヒロインとのコミュニケーションにおける評価が三段階あるとすれば、今回は可もなく不可もなくの”中”といった所だろうか。

 地雷を踏んだりバッドコミュニケーションを取った様子もなかったが、彼女の中に踏み込んでいくこともまた叶わなかった。難しいですね。


(タイガ、冬香と仲良くなるとはああいうことみたいですけど……)

(辛い食べ物、そんなに好きじゃないんだよ)

(ですが三春や博士と違って、あんなに分かりやすく攻めやすい要素があるのは冬香だけです)

(ワガママも言ってられねえか……)


 そう、俺たちは早急に寄生型について対処しなければならない。

 最初の段階から怪しいとされていた冬香だからこそ当たりが出る可能性が高いし、それなら猶更急いで攻略をしなければ。自我を乗っ取られる前に冬香を救うのが今の俺の使命だ。ハバネロだろうがデスソースだろうがどんとこい、である。


 とはいえ、どこから攻めたものか──ん?


「こんにちは、柏木さん」

「あ、三春♡」


 油断してたおかげで淫乱女になりました。泣いてもいいかな。


「んん゛っ! ……どうしたの、三春」

「大変だね、それ」

「へーきへーき。ちょっと語尾がヤラしくなって、目の中にハートマークが出るだけだから」


 ……改めて言葉にしてみると、やっぱ平気じゃないかも。

 しかし今の俺は主人公。ヒロイン相手に弱音は吐かないぜ。


(弱音を吐くのは私にだけですもんね~♡)

(おい保護者ヅラうざいからネックレスぶん投げていいか?)

(ちょ、やめっ)


 小うるさい無表情ロボットのことはさておき。

 まさか三春の方から接触してくるとは思わなかった。

 彼女とはどう接していいのかまるで分からず、現状未だに手探り状態だ。無理に好感度上げは意識せず、失言にだけは注意しておこう。

 

「で、何か用事が?」

「うん。柏木さんって、冬香さんを元気にしてあげたいんでしょ?」


 別のヒロインの攻略を始めてますって情報、たった一日でバレたんだが。

 もしかして屋上での一幕を聞いてたのか。

 まずい。

 原作アニメから考えると、冬香は間違いなく三春の女だ。

 奪おうものなら──最悪ぶっコロコロされるかもしれない。これが本家主人公の威圧感……!


「お、おう」

「そっか。……んしょっ」


 失禁しそうになりながら、涙目でプルプルと怯えていると、三春はさも当然のように俺の隣に座ってきた。

 フワッと三春の髪から良い匂いが香る。それくらい近いってことだ。この学園の女子生徒はみんな距離感バグってんのか?


「あたしね、冬香さんのお気に入りのお店を知ってるの。それを教えておこうと思って」

「……知ってるなら、どうして冬香を誘わないんだ?」

「一人じゃ心細くて。……今日、一緒にお店の下見にいかない?」


 すこし困ったように笑う三春。そんな顔を見せられたら断れるはずなどなかった。あとかわいい。


 特定のヒロインを攻略しようとしたら、別のヒロインからもお誘いが来る。

 これが共通ルート……? すべての主要人物と接点を持ち始める、始まりの物語か。

 よし、ならば今日は三春の日だ。


「で、そのお気に入りの店って?」

「駅の近くにあるラーメン屋さん。でも最近はすっごく忙しかったし、女学園の生徒って外目を気にして基本的には清楚な立ち振る舞いを要求されるから、一人で行けるような場所ではないの」

「はぇ~……」


 何でそんな店のこと知ってるんだ、なんていう野暮な質問はしない。

 俺は鈍感キャラではないのだ。三春が何かを背負っているであろうことは理解している。

 しかしそれを問うのは今ではない。


「中学の頃はよく行ってたらしくてね。冬香さんあそこの大ファンだから、どうにか連れて行ってあげることが出来れば、少しは元気になってくれると思うんだ」

「……やっぱスゴイな、三春は」

「えっ?」


 流石は元祖主人公。

 というか俺には攻略のミッションがあるだけだから、この世界の主人公はそもそも初めから三春だ。

 そんな彼女だからこそ、やはりというか現状の解決策が既に見えているらしい。


「冬香のことよく分かってる。今のアドバイスが無かったら、俺どうしようもなかったよ。本当に三春がいてくれてよかった」


 どや。それっぽいことは言えたやろ。


「……うん、ありがとう」


 あれれぇ? おっかしぃぞ……さっきより表情が曇ってる……。

 俺、もしかして言わない方がいいこと言った?


(相手を傷つける様なことは言ってませんでしたよ。三春の中に引っかかるものがあっただけでしょう)

(なにそれ)

(分かりません。予想以上にミステリアスですし、三春の攻略は一筋縄ではいかなそうですね。今は冬香に集中しましょう)


 がってん。とりあえず現状はヒロインではなく、冬香を元気づけたい友人同士としての距離感を保っていこう。

 エロゲの主人公ムーブかまして相手を持ち上げるような発言ばかりしていても、軽いヤツだと思われてしまう可能性がある。ここは普通に、自然体でやっていくぜ。


「じゃあ、いこ。柏木さん」

「は~い」


 とりあえずは、ここからデートの始まりだ。


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