第19話 確かな進歩 ③



 それから目が覚めたときは、学園内の保健室のベッドにいた。


 手を胸元に近づければ、温かい水風船のような物体が。

 この無駄にデカい乳から察するに、俺の体は女になっているらしい。


 救助されるときに男の状態だと大変なことになってしまうからか、ロボが気を遣って俺が寝ている間に変身してくれてたようだった。


「……誰もいない♡」


 付きっきりで俺の容態を見ていてくれた──なんてヒロインは一人も居なくて、保健室の中は無人状態。


 バケモノにへし折られた腕や、能力の使い過ぎで骨折していた足も既に治っているらしく、動かしても全く痛みはなかった。

 視界も鮮明だ。失明した右眼まで治っていて、精霊の力が凄すぎて逆に怖くなってくる。


 世界の今後を左右するような、危険な戦いに赴く少女たちにのみ許される治療手段というのは、常軌を逸したものであった。


(……ロボ?)


 心の中で彼女に話しかける。

 女状態だからロボはネックレスになって、俺の首にかかっている。

 こうして心の中でも会話できるはず──と、そこまで考えたところで、返事はすぐに帰ってきた。


(はぁい、タイガ。体調はどう?)

(おかげさまで元気だよ)


 超健康だ。なんならこのあとマラソンできるくらいには元気。

 死ぬ寸前まで追い詰められていた、あの時の状況がまるで夢みたいに思えてくる。


(あれから三日も経ってます。変身を維持し続けるために全機能をそれに集約させ続けていたので、その間の記憶は私にもありませんが。意識を再起動させたのもほんの五分ほど前です)

(えっ……意識がない状態でも俺を変身させ続けるなんて、お前そんな事できたか?)

(今回の作戦が始まる前、博士にメンテナンスをしてもらいましたよね。あの時に調整してもらいました。危険な作戦なので気絶して戦線を離れる可能性もある、ということで)


 未来で自分が作ったロボットすらチューニングできるって、よく考えたら天才どころの騒ぎじゃないなあの人。もう偉人とかそういうレベルだ。


(そうか……とにかく本当に助かったよ。ありがとうな、ロボ)

(お支払いは現金で)

(もうちょっと素直に感謝の言葉うけとってくれない?)


 相変わらず掴みどころのないロボに呆れつつ、枕元にあったスマホに手を伸ばす。


(着信履歴……?)

(あなたの親友の山田さんからですよ。タイガが起きたら折り返すよう言ってました)

(何か情報が入ったのか。……語尾がエロくならないよう、気をつけないと)

(がんばえ~)


 なんとか連絡手段を確保してくれた山田に電話をするべく、一旦周囲に誰もいないことを確認してから、スマホを耳に当てた。


「もっ♡ ……もしもし」

『おぉ! 女の子みたいな声だけど、おまえ柏木だよな!?』

「そ、そうだ。久しぶりだな、山田。……っ♡」


 よし、語尾の制御は上手くいってる方だぞ。


『ハァ、無事でよかったけど……柏木? なんかさっきから喘いでるけど、もしかしてエロいことしながら電話してんの?』

「なわけねーだろ」

『そ、そうか? とにかく事情はロボ子から聞いてるぜ、大変だったな』

「他人事みたいに軽く言いやがって……」


 懐かしい、まるで変わらない友人の声に安堵すると、彼は明るい声音のまま話をつづけた。


『それはさておきだな。未来を滅ぼした原因の、あの寄生型ビ-ストについて超重要な情報が手に入ったんだ。聞きたい?』

「ききたいです」

『よかろう』


 長老みたいな声で返事をした山田はビデオ通話に切り替え、なにやらガサゴソと音を立てながら紙を用意した。

 てかめちゃめちゃやつれてんな、山田。この数週間の間なにしてたんだろう。


『俺様の世界中を飛び回った華麗なる情報収取の一端を語りたいところだが、それはまた今度やるとして』

「そんな言い方されると気になるんだけど」

『また後でな。で、実はほとんど人が住んでいないような雪国の山奥で、寄生型のビーストに取りつかれた人と会うことができたんだ』


 画面にその人物の写真を写す山田。

 彼がいる場所は資料が山積みになっているどこかの研究室のようで、山田も山田でかなり苦労していることが伺えた。


『相当な辺境の地だったせいで『人がビーストに寄生された』って情報がこっちまで出回らなかったんだろうな、前の時間軸は』

「どうやってその人の情報を得たんだ?」

『そりゃもう足よ。それっぽい噂を調べまくって、実際に現地に行っていろんな人に話を聞くって感じだ。最新鋭の軍の研究所だろうと、入ってくる情報はごく一部なんだって実感したね』


 心底疲れたようにつぶやく山田。あっちも俺と同じくらいピンチの連続だったらしい。


「……それで、寄生された人は?」

『助かってたよ。その人の家族が奇跡的に解決法を当てることができたらしい』


 奇跡みたいな話だが、ビルの倒壊に巻き込まれても生きていた自分の事を考えると、奇跡って案外ありふれたモノなのかもしれない。

 て、いうか。

 

「ちょ、まって。その解決法が分かったんなら、もう未来救えるんじゃないか……?」

『まあその通りだけど簡単じゃない。寄生型はまだもう一体残ってるしな』


 何でまだ一体残ってるって分かるんだ? もし既に世界中のあちこちに寄生型が存在するなら、この世界はもう終わりだ。


『なんかスゲーやばい精霊と契約してる女の子が秘密裏に協力してくれてさ。回収した寄生型の死骸を利用して、索敵レーダーみたいなのを作ったんだ』

「な、なるほど。……で、最後の一体はどこに?」

『そこ』


 ……はい?


『だから、百合ヶ崎女学園だよ。大まかな場所しかわからなかったけど、そこに数秒だけ反応があったんだ』

「で、でもこの学園の生徒って何百人もいるんだぞ。どうやって見つけるんだ?」

『柏木が寝てる三日間のうちに組織の人間を手配して、全校生徒に綿密な身体検査をしてもらったんだ。寄生型の潜伏性が高いから完全な断定はできなかったけど、寄生されてる疑いのある生徒を三人にまで絞り込めた』


 そこまで言うと、山田がスマホにメッセージを送ってきた。

 開いてみると──


「大道三春、安代田冬香、小倉秋乃……?」


 主人公、メインヒロイン、それからアニメの原作者兼ロボの生みの親。

 そんなあまりにも重要キャラすぎる三人の名前がそこに記載されていた。


「……え、やばくね?」

「冬香が怪しいのは以前私も言いましたよ」

「いや候補が増えてんだけど」


 よりにもよって俺の秘密を共有しているあの三人が怪しいとか、展開が出来すぎてるだろ。

 寄生型があと一匹しかいない事には安堵した──が、解決法とかもう嫌な予感しかしなくて、聞きたくないくらいだぞ。


『よく聞いてくれ柏木。寄生された人間はパッと見じゃ分からないし、覚醒の第二段階までは寄生されてる本人も気が付けない』


 せんせー、第二段階ってなんですか。


『寄生されてるのが第一段階、意識の乗っ取りが始まって肉体が変質し始めるのが第二段階、完全にバケモノに覚醒するのが第三段階だ』


 つまり第二段階の時点で相当ヤバイってことですね。


『そもそも第一の時点で対処しないと大変なことになるからな。柏木には早急な対処を要請するぞ』

「……何をすればいいんですか」

『よくぞ質問したな少年。心して聞くがいい』


 すると山田は小さな人体模型を取り出して、一言。



『ここ、内股にキスをしろ』



 ──予想通り意味不明だった。

 もうワケ分かんな過ぎて逆に笑顔になっちゃったよね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る