第18話 確かな進歩 ②


 ──と、そこまで話した途端、頭がグラついた。



「ん゛っ、ゲホッ……」


 咳き込んだ。鼻の奥に何かあって、口の中に鉄の味を感じる。

 体調が悪いのは確定だが、女状態じゃないおかげか喘ぎ声は出なかった。……なんで咳き込むと喘ぐんだ、あの形態。


「……鼻血が出てます。拭きますからジッとして」

「あ……なんかすげェ体調わるい気がする……」

「重症なうえ、脱水症状も見られますね」


 なんかマジでこの世の終わりみたいな体調の悪さだ。

 酒飲みすぎた時の二日酔いが可愛く見えてくるくらい、すげェ気持ち悪い。内臓を全部吐き出しそうだ。


「ぁーやばい死ぬ。しぬわ俺。ここで土葬されますわ」

「落ち着いて、タイガ。死にません、大丈夫ですから」


 全身のあちこちが痛い。なんか手足の末端から火で炙られてる様な感覚だ。控えめに言って地獄かもしれない。やばい痛みで幼児退行しそう。


「ハァ……ロボ。あの、喉が渇いた」

「水、飲みますか?」


 コクコクと頷いたものの、今の俺たちには手荷物なんて一つもないことは、こんなクソ弱体化した頭でも理解していた。


「大丈夫です、私の中に緊急時の飲み水が常備されてますから」

「そりゃすげぇ……」


 痛がるのに疲れて、なんだか眠くなってきた。


「タイガ、タイガ。まだその状態で寝てはいけません。冷たいお水が飲めますから、口をあけてください」

「ママ……?」

「幼児退行は精神を守る一つの手段です、恥ずかしがらずに甘えてください」

「いやさすがに、恥ずいからムリだ……」


 ロボに軽く揺さぶられて、俺は少しだけ口を大きく開けた。


「あせらないで、ゆっくり飲んでくださいね。……んっ」

「──ッ」


 すると、視界がロボの顔で覆われた。

 彼女の柔らかい唇が重なっている。

 いやいや、めっちゃキスされてるじゃん。なにこれ。


「……もう少し、口を開けてください」

「なんれ」

「私の舌を吸って水分補給するんです。唾液じゃなくて一般的な飲み水ですから、安心してください」

「なんで舌からなんだ」

「私を作った博士が変態だったからです」

「そうか……」


 たぶんもう少し込み入った事情があるのだろうが、ロボの一言が腑に落ちたので、俺はそれ以上追及することをやめた。

 どうでもいい。喉が渇いたし、水が飲めればそれでいい。


「……っ」


 おぉ、水うまい。身体中に染み渡っていく感じだ。

 運動の後に飲むスポーツドリンクみたいに、飲むスピードがまるで落ちない。


「っ……はぁっ、たりないっ!」

「んんっ……』


 我慢が出来なくなった俺は右手でロボの頭を引き寄せ、思いきり彼女の口内を蹂躙していく。

 水分が足りない。

 もっと。もっと──


「……はぁっ。はぁ……ハァ」

「もう、いいのですか?」

「あぁ……助かった、サンキュな……」


 どれくらい経ったのだろうか。

 体内時計はバグってるから正確な時間は分からないが、とにかくずっと俺はロボで水分補給していた。


 彼女の口腔内はヒトのそれと相違なく、温かくて柔らかい舌から冷たい水を飲むのは、なんだか不思議な感覚だった。

 なんかもう洋画のキスシーンみたいな荒さだった。ロボには申し訳ないことをしたな。

 奇しくも、この世界のみんなを茶化してきた俺とロボが、最もエロゲじみたシチュをしてしまったらしい。


「これでスチルを一枚回収できましたね。セーブしましょう」

「ゲーム脳が過ぎるだろ」


 相変わらずだが、俺を膝枕しているこの美少女は、とてもヒロインとは思えないセリフを吐きやがる。

 しかしそんな彼女のおかげでメンタルを保つことができているのも、また変えようのない事実だった。

 この場においては紛れもなく、ロボは俺の相棒であった。


「……学園、追放されないといいなぁ」


 水を飲んで落ち着いたせいか思わず弱音が滑るようにこぼれる。

 そんな俺をみたロボは微笑み、まるで母親のようにそっと頭を撫でてくれた。


「タイガはとっても頑張りました。だからきっと大丈夫です」

「……今日、やけに優しいな」

「あら、私はいつも優しくしてるつもりなのですが」


 どの口が言いやがるんだ。むしろ普段とは違いすぎるギャップで、俺からお前への好感度爆上がり中だぞ。


「ふふ、好きになっちゃいました?」

「そうだな。とりあえず俺の初恋はくれてやるぜ」

「ワァウレシイ」

「急に棒読みになる」


 こういう態度を見るに、突然人が変わったとかではないらしい。

 この気遣いができる優しさは、彼女がもともと持っていたモノだったようだ。


 ──あぁ。それにしても、疲れた。


「タイガ?」

「……なんか、眠くて」


 瞼が重い。

 全身が泥濘の中に沈んでしまったかのように、ピクリとも動かない。


「追放、されたら……どうしよう」

「その時はその時で、私がなんとかします」

「……ほんとか」

「えぇ、本当です。タイガは気にせず、安心して眠っていいですから」


 ちくしょう、急に温かい母性を見せてきやがって。

 そんなこと言われたら──緊張の糸が切れてしまう。


「この、あと……」

「もうすぐ救助が来ますから、大丈夫です」


 視界が暗くなってくる。


「しにたく、ない」

「心配しなくても、死にません。怪我はすべて精霊の力で治りますから、安心してください」


 頭を撫でられるたびに、心が安らいでしまう。


「……おや、すみ」


 そうして俺の意識は──闇の中へ溶けていく。



「はい。おやすみなさい、タイガ」



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