第15話 メインヒロイン、1号 ①



 大規模戦闘編とは、輝く翼のアルレイドというアニメにおける序盤の山場の話のことだ。


 いつも主人公と一緒にいる友人キャラが片目を失い、少女たちが生きる世界の過酷さを演出しつつ、ヒロインとの距離感が急速に縮まって百合成分が濃くなり始める頃でもある。


 この世界でも同じようなイベントが起きるのだが、俺はその戦闘において負傷者ゼロという、最難関ミッションをクリアしなければ学園を追放されるという条件を飲まされていたのだった。

 ロボは決戦前夜ということで秋乃先輩が少し調整してくれたみたいだが、俺は相も変わらず地道で微妙なパワーアップしか出来ていない。


 そんな俺が、大規模戦闘の前夜に行っていることとは。


「りんご」

「ご、ゴリラっ」

「ラッパ」

「ぱ、ぱっ……パンツっ♡ ……あっ」

「また語尾がエロくなってしまったわね……」


 あのドチャクソにぶち犯されてるエロ漫画のヒロインみたいな喋り方の矯正を、めちゃめちゃ頑張ってやってます。今は冬香としりとりをして試してたり。


 女の子状態の俺は瞳の中にハートを浮かべていて、にへらと笑っているだらしない表情のまま、エロい語尾で喋っているらしかった。

 やむを得ない事情を知っている俺の知り合いはともかくとして、一般の生徒たちとコミュニケーションを取るためには、この発情している様な状態の修正が必須なのだ。


「がんばってます」

「努力は認めるわよ。でも焦ると元に戻ってしまうのが難点ね」

「つらい。……ぅっ♡」


 咳したり鼻をすすったりするのと同じくらいの頻度でハートが出てきやがる。これはもう長いこと時間をかけて治していくしかないようだ。

 ……というわけで、このままではコミュニケーションが潤滑に進まない。というより俺のストレスがやばい。


 なので部屋で冬香と二人きりの時は、ロボと分離して男に戻ることに決めた。泣きながら土下座したら彼女も許可してくれたから安心だ。ありがとう、メインヒロイン第一号。


「分離。……ふうぅ、疲れた」

『お疲れ様です、タイガ。汗を拭きますね』


 女への変身は割と体力を消耗するようで、汗ばんだ俺を見かねてロボがタオルで首や顔を拭いてくれた。とてもやさしい。好きになりそう。


「……柏木くんは女の子に奉仕させるのが趣味なの? 変態が移るから少し離れてくれるかしら」

「とんでもない言いがかりじゃねえか」

「ひっ、人を呼ぶわよ!」

「男嫌いが極端」


 冬香は相変わらず男性が苦手なようで、男の時と女の状態では対応がかなり変わってくる。まったく攻略しがいのあるヒロインだ。

 

『タイガに冬香は落とせないと思います』

「その理由を述べてみよ」

『冬香は後輩の女の子を喰うことでしか楽しみを見出せないお人ですから』

「それは間違いないな」

「間違いだらけよ撤回しなさいアホども」


 いったい何が違うってんだ! 


「お前は押しに弱い後輩の女の子が好きで、実際あの三春にも手を出そうとしている。そこに何の違いもありゃしねぇだろうが」

「ちっ、違うのよ!!」

「おいおい、もう夜だし大声出すなって」

「コイツ……っ」


 この二週間で得た知識といえば、安代田冬香という少女はとてもいじりやすい存在だということくらいだ。まったく役に立たないな。


 アニメとは多少異なるものの、やはりこの二週間で冬香と主人公の三春は、ある程度仲を縮めていた。


 大規模戦闘では数年前と同じように、やむを得ぬ事情で冬香が一時的に戦線を離脱するものの、トラウマを負ったあの時とは違い三春は殺されることなくしっかり生きていて──”絶対に死なない”という約束を守ったそんな三春を目にして、ようやく冬香が落ちる……みたいな流れだったはずだ。


 そっからはもう百合百合よ。

 主人公ヅラした俺がいたところでエロゲになるとは思えないし、なんなら三角関係の引き立て役とかにされそうで恐ろしい。


 そういえばこの一週間のことだが、やけに物陰から三春が俺を観察していたけど、あれは何だったんだろう。

 もしかしていつの間にかあの子のハートを打ち抜いちゃったか。三春が三番目のヒロインになってしまったのか。

 やっぱり男が混じると百合アニメはエロゲになるみたいだ、山田。お前は正しかったよ、そろそろ会って話がしたいね、親友……。


「じゃあ明日は早いしもう寝るよ」

「……随分と落ち着いてるようだけど、あなた、明日が怖くないの?」

「えっ?」


 彼女の言葉に対して、思わず俺は素っ頓狂な返事を返してしまった。

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