第14話 私も知らない謎の青年 ②
はい、多少は元気になりました。
少なくとも入学式の日の早朝に時間が巻き戻されて、ベッドの上で絶望していた時よりかは、精神的に回復していると思う。むんっ。
その理由は他でもない”あの人”なんだけど──
「み、三春ちゃん? そろそろ終わりにしてお風呂にいかない?」
「だいっ、じょうぶ……っ! もう少し続けるからっ、エリカちゃんは先に行ってて……っ!」
今は絶賛修行中です。学内のシミュレーションルームで仮想敵と戦っているんだけど、友達のエリカに声を掛けられてしまった。
しかしここでやめるわけにはいかない。
なるべく早く伝説の精霊に力量を認めてもらえるようになる為に、時間のリセットで戻ってしまった実力を取り戻さないといけないのだ。がんばるぞ。
あと一週間で大規模な戦闘への参加が命じられる。
たしかエリカはそこで片目を失ってしまうから、今度こそあの子を守るために先んじて強くなっておかなければ。
トラウマと化しているビーストの寄生云々の記憶は曖昧になっているものの、それ以外の記憶は案外思い出せてきている。
やる事はたくさんあるけど、優先事項の第一はエリカを失明させないことだ。
(今回の戦闘で冬香さんが仲間になってくれるはず。前よりも印象を良くするために、しっかり戦えるようにならなきゃ)
といった心持ちで修行に励んでいる所存でございます。
あの瞳の中にハートが浮かんでいる不思議な女の子……男の人? の事は気になるけど、それは大規模戦闘が終わってからにしよう。友達優先。
「っ! ぁっぶな──あぅっ!」
仮想敵の攻撃を受け流しきれず、転んだ。いたい。
どうやら強かった頃の動きに肉体が追いつけていないらしい。
これは地道なトレーニングがもっと必要になってきそうだ。
「……まったく。何やってるのよ、貴女は」
「えっ」
痛めた足をさすっていると、後ろから声を掛けられた。
振り返るとそこには──
「ふっ、冬香さ──安代田先輩?」
「……はぁ。以前は悪かったわね、もう冬香でいいから。言いづらいんでしょ、それ」
以前の世界線では、あたしの最も大切な人で、誰よりもあたしを理解してくれていた、愛する先輩……冬香さん。
どうして彼女がここに。
「にしても、お友達を心配させるなんて感心しないわね」
「えっ。……あ、エリカちゃんが呼んでくれたんですか」
シミュレーションルームの出口の方には、バッグの中からスポーツドリンクやタオルを取り出そうとワタワタしているエリカちゃんの姿が。
先に行ってもいいって言ったのに、まったくお節介な友達だ。控えめに言ってめっちゃ好き。
「強くなろうとするのは結構だけど、体を壊しては元も子もないでしょう。何よりも焦りは禁物です」
「は、はい……すみません」
「大浴場に行きましょう。汗を流せば気持ちもスッキリするわ」
そう言って冬香さんは手を貸してくれる。
逡巡する間もなくあたしは手を取り立ち上がった。
また冬香さんに優しくしてもらえた──その事実が何よりも嬉しくて。
「それと」
「な、何でしょうか」
「あなた……大道さん、見ている人がいないとどこまでも無茶しそうじゃない。今度からわたしが直接実戦の手ほどきをしてあげる。それなら無理もしないでしょう」
「いや、それは……」
「遠慮しちゃダメ。これはお友達を心配させた罰でもあるのよ? 大人しく従いなさい、下級生」
「……はい、先輩」
やっぱりこの人にはかなわないなぁ、って思ってしまう。
厳しさの中にある確かな優しさ。
どんな時だって他人を思いやる慈愛の心。
そんな彼女の在り方にあたしは憧れたんだった。
「わたしのありがた~いトレーニングを受けられるんだから、泣いて喜びなさい? ふふっ」
「……えへへ」
自分だって大変なくせに、他人の事にも首を突っ込んでしまう強い責任感を持っている。
そんな彼女に何度救われただろう──過去を思い出しながら、あたしは幸せな気持ちで大浴場へと向かっていくのであった。
◆
あら^~。
爽やかで温かい百合を発見。おもわず笑顔になっちゃうぜ。
『ニヤけ顔が気味悪いですよ、タイガ』
ロボの罵倒が気にならないくらいニコニコしてる。
この世界に来てから忘れかけてたけど、やっぱ百合って尊いモンなんだわ。心が幸福になる。
ただ女の子同士がイチャコラすることが百合じゃねえんだ。
あぁやって友情を育んだり自然と笑いあうことこそ俺の求める百合なんだよな。ばんざーい、この世界きてよかった。
アニメで見たアルレイドのシーンより深みがある主人公とヒロインの掛け合いでしたね……これは間違いない。
発信装置が取り付けられているとはいえ、まさか単独行動を許された矢先に、こんな光景が見れるとは考えもしていなかった。
修行なんかしてないで百合を眺めたいと思うんだけど、お前どう?
『そんなことしてる場合じゃないんですよオタクくん』
そんな事してる場合だろ! 何のためにこの学園にきたんだ!
『いい加減にしてくださいね。二度は言いませんよ』
怒られた……。言いたいことも言えないこんな世の中は間違ってる。ポイズン。
『いいですか。過去に戻るときに精霊の力が使えたのは、博士が三年かけて用意した準備があったからです。選ばれしものでも何でもない一般ピープル出身のあなたは、修行をして強くならないとすぐに死んでしまうんですよ。分かったらほら、始めますからね』
ネックレスとして装備されているロボにクドクド説教され、観念した俺は博士こと秋乃が作ってくれた、俺特製のギアである腕時計を装着した。
『男の子なタイガには精霊の力が使えません。なので私の特殊なプログラムを介して、女の子状態の時にのみ使えるようになった”脆弱なレベル1の精霊”の力を、今のうちに使いこなせるようにならないといけないんです』
精霊にはいくつかレベルがあり、普通の
そう、基本が2なのだ。
例えるならサッカーやるときに履くシューズがレベル2。
俺はみんながしっかりシューズを履いて参加する中で、唯一サンダルを履いてサッカーをやるってことになるわけだ。かなしいね。
『男が変身した疑似女の子に力を貸してくれる精霊なんて、せいぜいレベル1くらいしかいないのです。それも私のサポートありで、です。腹をくくってトレーニングしましょう、タイガ』
「わかったよもう……やればいいんだろ♡」
『その意気です、では始めましょう。……ええっと、使える精霊の力は二つでしたね。たしか種類は──』
バッタ。
それからタコ。
……。
「よわそう」
『小学生並の感想。……ま、まぁ物は試しです、バッタを使ってみましょう。博士の話によれば、脚力強化による跳躍ができるらしいです』
バッタの力でジャンプとか仮面ライダーじゃん! かっこいいキック技が披露できそうだ!
『キックは想定されてませんね』
なら何使って戦うんだよ俺は……!!
『腰のナイフで敵のコアをぶっ刺す、とのことです』
「タコとバッタ関係ねえじゃん……」
『使えるバリエーションがこれしかなかったので仕方ありません。跳躍で相手の懐に飛び込むのがセオリーのようです。とりあえず試してみましょう。では起動の合言葉を』
精霊の力を使う際、俺はロボの中にあるシステムをいちいち発動しなければならないため、そのための合言葉が必要なのだ。
ふふふ、合言葉は何でもいいらしいからな、夜なべしてカッコいいセリフを考えてきてやったぜ。
やっぱり特別な力を使えるってなるとワクワクするよな。男の子だからな。心はいつだって少年なんだ。
「いくぜ、ロボ」
『はい。せーのっ』
「『アクティブっ!』」
それから脚力は強化されたものの、まるで制御ができずに吹っ飛んだ俺は天井に激突し、タコの力が暴発してそのままシミュレーションルームの天井にくっ付いて離れなくなってしまったのだった。やばい、頭に血が上ってきた。
あんなに美しい百合が存在する世界であっても、挟まる資格のないモブはこうやって、孤独に泥臭い修行をして強くならなければいけないらしい。ままならないものだな。
『……タイガ』
「なに」
『発動の合言葉、ダサくないですか?』
「ひどい……♡」
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