第7話 主人公による救いの手 ②


 大道三春という少女を一言で表すとすれば”純粋”という言葉に尽きる。


 純粋が故の真っ直ぐさで周囲の人々の心を絆していき、自らを中心としたコミュニティを拡大させていく、まさに主人公として活躍するために生まれてきたような人物だ。

 とても明るいが少しドジでみんなに愛される総受けのキャラ──だと思っていた。

 そう思っていたのだが。


「……っ」

「変なもの押しつけちゃってごめんね。あたしの胸、無駄に大きいから……」


 目の前にいるこの大道三春に関しては脳内に疑問符しか浮かばない。

 仲間の危機とあれば緊急時でも素早い判断力とフィジカルで周囲を牽引できるリーダー的素質こそあるものの、現状ただの不審者でしかない俺をここまで本気で匿う理由がまるでわからない。

 というか声音がクールすぎる。こんなに冷めた声で喋る娘だっただろうか。

 暗所視でだんだんと薄暗かった彼女の顔が見え始めてきたのだが、あの天真爛漫な大道三春とは思えないほど落ち着き払っていてかつ冷たい無表情だということが分かった。

 アニメや昨日保健室で会ったときはあんな笑顔が擬人化したような雰囲気だったのに、今はまるで別人みたいだ。

 

 十六歳の少女とは思えないような冷静沈着な立ち振る舞いといい、三春はこんなキャラではなかったはずだが。

 それに冬香との話し合いの場を作るとは言っていたが、今の三春と冬香はあまり仲良くないのに──

 

「ぅぐッ」

「んっ……。ぁ、あんまり動かないで? こすれるから……」


 ──などとそれらしいことを考えてはいるものの、現在の俺の頭の中はほぼ一つの感情に支配されていたりする。




(……この状況、めちゃくちゃエロゲっぽくね?)




 いやすっっっごいラブコメっぽくない?

 誰かに追いかけられてる主人公をヒロインが手引きして、そのままふたり狭い場所に隠れるシチュエーションって、エロゲどころか少年誌のラブコメ作品でやるくらい王道のヤツでしょ。

 うわ、やわらか。これがおっぱいか、死にそうだ。このあと殺されそうだ。

 

 感心したぞ山田。あの俺の親友である山田が言っていた『男が混ざれば百合アニメはエロゲに変わる』というあの説はいま立証されかけているのだから。


 なんかアニメ通りの純真無垢な三春ではなく、今の彼女は何かヤバい事情を抱えてそうなのは分かるけど、そういうのと何故か俺を助けてくれたという謎めいた言動も含めて、今この目の前にいる大道三春とかいう女めっちゃエロゲのヒロインっぽいぞ……。

 この状況はどこからどう見ても百合じゃないでしょ。男キャラ混入による化学反応が起きちゃってるよ。実験は成功だ!


 教えてぇ、俺が今体験しているこの世界の変質の全容を山田に教えてやりてぇ。

 俺たちは世界を変えたぞ山田。

 男が混ざらないからこそ成立する百合空間を破壊した大罪を背負っちまった。

 主役百合カップルの片割れの巨乳に顔を挟んだ代償、俺の命だけで足りるかな……?

 


「……見つけたわよ、変態」



 唐突に開かれたロッカーの扉。

 相当走り回ったのか汗だくの冬香。

 掃除用具入れの中には十六歳の少女の谷間に顔を突っ込んで小さく笑っている男。


「ふ、冬香さん」

「……あなたは人質? それともこの男の協力者? どちらにせよ──」


 彼女は手に持った鋭利な剣の矛先をこちらに向けて言い放つ。


「大人しく拘束されなさい、不審者」


 ──オイオイオイ死んだわ俺。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る