第6話 主人公による救いの手 ①





 百合アニメというのは、別にガールズラブが横行する世界でなければいけないわけではなく、あくまで物語の主役キャラたちが女の子だけで構成されていればそれは百合アニメ足り得るものだとされている。


 極論男性は存在していいのだ。

 出番が多めな指揮官や、特攻作戦でヒロインのために命を散らすオッサンなど、決して男という概念が存在しないワケではない。


 彼らは物語における良いスパイス程度だからこそ居場所を許されていて、大前提として女の子たちよりは目立たない・活躍しないという条件のもとに、男性キャラとしての立場を守ることができているわけだ。


 いずれにせよ、ほぼ同年代で同じ役職の男キャラというのは目立ちすぎて主役を喰いかねないため、そういったキャラが登場することは皆無──だからこそ、百合アニメは百合アニメとして成り立っているのである。

 

 ではこの学園の女子寮にステージを変えてみるとどうだろう。

 普通の女子寮の五億倍は百合空間が膨張しているここでは、ほぼ例外なく男の存在は許されない。


 お嬢様学校の女子寮だから当然と言えば当然だが。かろうじて大丈夫なのはじいさんの理事長先生が入り口付近で生徒と会話するくらいだろうか。

 百合アニメであっても多少男の存在は許されるが、この乙女の花園のど真ん中に二十歳のナイスガイが登場するのは是非を問うまでもない。


 そう。

 この百合ヶ崎女学園の女子寮において俺は存在してはならないイレギュラーなのだ。


 ──しかし。


「……あの」

「動かないで」

「えっと」

「黙ってて」


 女子寮の中のどこかにある掃除用具入れ。

 そんな薄暗く窮屈な空間の中で俺ともう一人、とある少女がすし詰め状態で格納されている。

 俺が女から男に戻ったこととロボがヒト型に戻っていたことも相まって誤解の嵐が巻き起こり、結果的に殺意マックスの冬香に追い回されることになった──のだが、そんな絶体絶命の俺を手助けする人物が現れたのだ。

 今はその少女の手引きでロッカーの中に隠れている状況である。


「むぐっ」

「……苦しい? もう少しの辛抱だから」

「んん……」

 

 狭いせいもあるのだが何より急いで隠れたせいで妙な態勢でロッカーに駆け込んでしまい、俺は彼女の胸の谷間に顔を突っ込んで窒息しかけていた。

 呼吸は何とかできるものの、俺の生暖かい吐息が少女の体に当たりまくるという状況が精神をゴリゴリに摩耗している。

 そろそろ酸欠と罪悪感で死にそう。


「だいじょうぶ。冬香さんにはあたしから言って話し合いの場を作るから。今はいろんな生徒が騒いでるから落ち着くまではここにいて」

「は、はい……」


 異常なほどに落ち着き払った様子で俺をかくまってくれている子の少女の名は──大道三春。

 いずれ少女たちが世界を救うこの物語の主人公、その人であった。

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