第5話 主要キャラと邂逅 ③



 安代田冬香とは、あの主人公である大道三春の──輝く翼のアルレイドという物語におけるメインヒロインのフルネームだ。


 この物語は三春と冬香の二人を中心に動くモノだといっても過言ではない。

 それほどまでに重要なメインキャラと、水面下で活動しなければならない俺たちが、よりにもよって寮での部屋が同室だなんて何の冗談だよ。バグが発生してますよロボットさん。


『最も裏切者の可能性が高いのが彼女ですからしょうがないです』

「サラッと言うな♡♡ そういう重要なことは先に教えて♡♡」

『もちろん確定じゃないですけどね。それに前の時間軸では一人で部屋を使っていたようですし、私たちが入ってもそこまで問題はありません』


 隠密行動しろって言ったのはお前だろ!


『つべこべ言ってないで早く部屋入って荷解きしましょ。このままだと部屋の前で独り言つぶやいてるヤベー女になっちゃいますよ』


 俺が何を言ってもどこ吹く風なロボにはもう文句なんて意味がないんだと観念し、俺は三回くらい深呼吸をしてから部屋の中へと入っていった。

 室内で待っていたのは、自らが使用している武器の剣を机の上で軽く整備しているメインヒロインこと安代田冬香だった。


 ドアが軋む音で来客に気がついたらしく、彼女は振り向くことなく先に武器の剣をケースに収納してから立ち上がり、ついに俺と目を合わせた。

 振り向きざまに揺れた艶やかな黒髪から甘い香りが漂ってくる。というか部屋全体がなんかいい匂いだ。これがメインヒロインの匂いか……。


「初めまして、私は安代田冬香。あなたが柏木ユリさんね?」

「は、はい、今日から同室になります……よろしくお願いします……♡」


 かしこまってペコリと会釈すると、冬香はどこからともなくティーポットを用意してお茶を出してくれた。机の椅子も引いているし、とりあえず腰を掛けろということなのだろう。無駄のない所作と素早い気遣い、さすがお嬢様ですわ。

 お互いに座ってお茶を一杯舐めるように味わうと、気を遣ってか冬香のほうから話を切り出してくれた。


「噂は聞いているわよ」

「う、うわさ?♡」

「えぇ。今回の襲撃事件の際、あなたは武器を持っていないにもかかわらずバケモノの攻撃対象を自分だけに集中させて、他の生徒たちを守っていたそうじゃない。凄いわね、あなた」

「そ、それほどでも……」


 めっちゃ過大評価されてるじゃん。俺は死ぬ気で逃げてただけなのに、勘違いされてさっそく好感度が稼げちゃっとる。


 どうやら怪我の功名ということで、メインヒロイン攻略RTAの第一歩に相応しい一日目だったわけだな。だから死にかけてまでバケモノと鬼ごっこをして尚且つ同室になる必要があったんですね。


 というか、安代田冬香については凛々しくも棘のあるクールビューティという印象を抱いていたのだが、思いのほか優しげなふんわりとした笑顔を向けられて俺は少し動揺中だ。

 ぶっちゃけるとガチガチに緊張している。こりゃロボにも童貞だのオタクだの煽られるわけだ。


「転入初日から災難だったろうけど、この学園は決して危険だけがあるわけじゃないの。よければ明日は私に学園の案内をさせてもらえないかしら?」

「あ、えっと……♡」


 たしかアニメ一話から二話までには一週間の期間が空くんだったっけか。いや放送日の話ではなく、作中の時間の話だ。


 主人公の三春が入学初日に感じた冬香の危うい部分を気にかけて何回もアプローチをするんだけど、軽くあしらわれてそのまま一週間が過ぎてしまう、という流れだったはず。

 この学園には女子二人で結ぶパートナーの誓いみたいなものがあって、主人公はそれをヒロインと結びたいんだけどうまくいかず四苦八苦──みたいなのが二話~三話のまでの話だ。


 そこまでには一週間空くわけだし、明日一日くらいはメインヒロイン様をお借りしても問題はなさそうだ。あくまでヒロインと同室のサブキャラ程度の存在として振る舞おう。


「あなた、武器ギアはなにを使う予定なの? ギアについては人並み以上の知識があるし、ぜひ武器選びの際は私も同行させてほしいわ。というか明日工房に行きましょ」

「あっ、あの、安代田さん……♡」

「敬語は要らないし冬香でいいから。そのかわりあなたのこともユリと呼んでいいかしら? よろしくねユリ」

「ひえぇ♡♡」


 事実としては勘違いでしかないのだが、どうやら今日の俺の『編入初日で丸腰にもかかわらず怪物のヘイトを買い、下級生たちを守った』という行いは想像以上に冬香の好感度を上げる要因だったようだ。

 

「大浴場にいきましょうか。背中を流してあげるから」

「ちょ、ちょっとまって♥」


 そして押しの強い彼女に連れられて部屋を出ていく当の本人である俺は、まだ事情説明すらしていないのに俺のエロ漫画語尾ハートマークをまるで気にせず接してくれている冬香が好きになりつつあった。どうやらオタクとは涙が出るほどにチョロい存在だったらしい。

 とりあえず後で親友の山田に殺されないために大浴場ではほぼずっと瞼を閉じて過ごし、なんとか激動の初日を無事に終えることができたのであった。







 ──なの、だが。



「どどッ、どっ、どうして男子禁制の女子寮に男がいるのよっ!?」



 翌朝。

 なぜか再び女子への変身が解けて男の姿に戻ってしまっていた俺は、寝起き一番に冬香の真剣の切っ先を顔面に突き付けられていたのであった。


「ゆ、ユリさんをどこへやったの! 答えなさいっ! さもなくばこのギアで首を……ッ」

「まままってまっておちついてください」

「黙りなさい! というかまずはその女の子を離しなさい! さては誘拐犯ね!? 殺すッ!!」

「ぅお゛っ!? やっ、やめてぇ──」


 さらにいつの間にかネックレスからロリっ娘の人型形態に変わっていたロボが寝ぼけて俺に引っ付いていたこともあり誤解はさらに加速。


 編入二日目にして朝から再び死の鬼ごっこが始まると同時に、昨日たくさん上がった冬香の俺への好感度が、無情にも最低値を振り切ってマイナスになってしまったのであった。



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