第4話 主要キャラと邂逅 ②

 天真爛漫で茶髪のボブカットにピンク色のヘアピンがトレードマークなこの少女の名は大道だいどう三春みはるという。

 ヒロイン(になる予定)の二年生の少女に数年前に命を救われ、彼女に憧れてこの女学園の門を叩いた元気印の主人公だ。


「もう大丈夫なの? 怪我はない?」

「は、はい♡ この通り平気です♡」

「……ほんとにだいじょうぶ?」


 TS形態時に発動されるこのエロ漫画語尾に、当然のごとく訝しげな表情を浮かべる大道三春。

 当たり前だよな。普通にまともじゃないヤツに見えるもんな。わり、やっぱつれぇわ……。

 ともかくこれじゃあコミュニケーションが取りづらいし何かしらのフォローを入れないと。

 とりあえず”精霊の力を行使すると少しデメリットが発生する”という設定をお借りして言い訳をしよう。


「かくかくしかじかで……♡」

「なるほど~大変だね」


 すごいべんりなせっていだった! こんな簡単にスルーされていいものだったのか。

 まぁ本編でも精霊のデメリットでギャグ展開起きてたしそこまで不思議なことではないようだ。

 めちゃめちゃ食いしん坊になったりずっと眠りっぱなしになるとかあるし、語尾がエロ漫画になったとしても珍しくはないんだな♡


「そういえば名乗ってなかったね、あたし大道三春。あなたは?」

「あっ、えっと……♡」


(ほう、名前ですか)


 本名そのまま使ってもいいのか──そう逡巡した瞬間ロボが脳内に語り掛けてきた。そんなことできんのお前。


(名前どうすっかな……なんか案とかあるか、ロボ)

(そうですねぇ……では、柏木タイコで行きましょう)

(えぇ……やだ)

(むっ。せっかく考えたのに……もう勝手にしてください。ふんっ)

(急に怒らないで……ごめんね……)


 でもタイコは流石に遥か昔の名前すぎるので拒否で。

 まあ百合アニメの元になった世界にちなんでユリにでもしておくか。


「柏木ユリです……よろしく大道さん♡」

「三春でいいよ~。……その喋り方大変そうだし、あたしで良ければ頼ってね?」

「ありがとうございます♡♡」

「敬語もしなくて大丈夫!」

「うんっ♡」


 喋るごとにイキそうになっていく声音のせいで胃が痛くなってくる。対人恐怖症まったなしだ。この喋り方は早めに治そう。





 とりあえず主人公に案内されて入学式には出席したものの、まだ正式に生徒になったわけではないため、ロボがあらかじめ用意していた裏口入学用の資料データを提出するために印刷室へ向かった。

 その途中で──



「あっ……だ、ダメです、お姉さま……っ」

「いいじゃない……校内に侵入したビーストと戦うあなたの姿、とても凛々しかったわよ? あの美しい顔をもっと近くでよく見せて……」



 俺の数十倍は語尾にハートが付いてそうなレズカップルと遭遇したが、何とかバレずに迂回することはできた。

 いやアニメめちゃくちゃ脚色されてたな。あの映像作品の方がよっぽど健全だったわ。予想以上にこの世界は女同士のイチャコラが活発に行われていたらしい。

 

 ロボの話によればこの世界の男性陣は、バケモノが襲来した最初期の頃に戦場へ駆り出されその数が著しく減少してしまったらしく、女の子同士のアレが少々ポピュラーになりつつあるようだ。

 しかし常識というほどではないし、そもそも初期段階の主人公の認識が『女の子同士だしそういうのはないだろう』というモノだったので、この学園は時代を先取りしていると見て間違いない。


『オタクくんの夢を壊すようで悪いですけど、この美しい百合まみれの光景は普通じゃありませんよ。上下関係が強いお嬢様学校ということで、下級生を喰う上級生とそれに抗えず流されてしまう下の子たちが多いだけです』


 べ、別に夢こわされてねーし。

 オタクくんだってそれくらい知ってるし。


 ……とまぁ、別時空から侵略してきたバケモノの影響で、良くも悪くもこの世界は価値観から何までれっきとした”異世界”になっているのだ。

 あくまで俺から見た主観的な意見でしかないが、同じ現実で合っても百合アニメのような世界にやってきたという認識はそこまで的外れではないということである。


「ではこちらを正式に受理します。ようこそ百合ヶ崎女学園へ、柏木ユリくん」

「ありがとうございます理事長先生……今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします♡」

「……何かと苦労することも多いだろうが、私で良ければ手を貸そう。遠慮なく頼ってくれ」

「はい……♡」


 エロ漫画語尾は人のよさそうなナイスガイの理事長先生でも引くくらい珍しい症状だということが分かった。憐れむような眼で見るのやめてくれよじいさん。

 そもそも女への変身は精霊の不思議パワーではなく博士とロボによるSF科学力によるものなので、同症状のデメリットが他の生徒たちに見受けられないのは当然だ。



 変なボロが出ないうちに退散し、現在は大浴場でワチャワチャするのが忙しいせいか女子生徒たちが少ない寮を歩きながら、ペンダントのロボとこれからについて話し合っている。

 時間を巻き戻して未来からきたことや、本当の性別は男だということも含めて俺たちには隠し事が多いんだ、いろいろ気をつけてかないと。


 にしても一年生としての入学ではなく、二年生としての編入扱いってのは、何でだ?


『一年生は行動の制限が大きいですし、卒業を控えていない二年生のほうが動きやすいからです。あと寄生された裏切者が二年生の中にいたかも、という生前の博士の遺言もありますから』

「……そっか」


 思わず立ち止まり、少しだけ静寂が流れる。

 遺言、という言葉に俺が過剰反応して黙ってしまったせいだ。

 声音が沈んだせいでエロ語尾も出てこなかった。


 思い返せば世界の時間が巻き戻ったとはいえ、ロボは一度博士の死に目にあっている。

 彼女もまた人の命を背負っているのだ。

 また同じ光景を目の当たりにさせないよう俺も頑張らなきゃ。


『おや。シリアスな雰囲気を出したらヒロイン扱いしてくれるんですか?』

「茶化すな♡」

『まぁ、あなたが人類の希望って部分は事実ですよ。一緒に頑張りましょうね、相棒』

「……おう♡」

『…………ふふ、チョロい』

「聞こえてんだよオイ♡」


 やっぱりコイツとまともにコミュニケーションを取ろうとするのは止めたほうがよさそうだ──なんて考える頃には、いつの間にか自分が寝泊まりする寮の部屋の前に到着していた。

 部屋番号の右には割り当てられた生徒の名前がある。


 柏木ユリ。

 それから……安代田あしろだ 冬香ふゆか


 ……あれ。


「ロボ……♡」

『なんでしょう』

「何でメインヒロインと同室なの……?♡」


 滝のような汗が流れてきた。ものすごく嫌な予感がする。

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