第2話 百合アニメの世界へ ②


「──というわけで人間は、というより人類は既にバケモノによって殲滅されていまして、その未来を変えるためには精霊の力で世界の時間を巻き戻して歴史の分岐点を攻略する必要があるのですが、その精霊の力を行使するためには人間の魂が必要なのです。しかし先ほど申し上げた通り人間はみな死んでしまっているため過去に戻ることができません。言い忘れていましたが私自身はとある科学者を模倣して作られたコピーロボットということもあり人間の魂を持っていないので精霊の力を行使できないのです。そこで生前の博士の遺言を参考にこうして別世界に訪れたワケです。人間がいないのなら別の世界から連れてくればいいと。平行世界の存在は、そもそも別の世界を滅ぼしてから襲来してきたバケモノ──ビーストたちによって証明されていました。つまりあちらの世界を救わないとこちらの世界もいずれビーストに侵略される可能性が──」

「まって。まって」

 


 あのちびっ子によって強制拉致をされた俺たちは、なんだか怪しげな機械がたくさん設置してある地下室にいつの間にかいた。

 ワープホールだかどこでもドアだかよく分からないが超常の科学力だ。


「……つまり、何をすればいいんだ」

「世界を救ってください」

「ウソだろ……」

「おれたち主人公になったんだよ柏木! やろうぜ!!」


 呑気な山田と対照的に胃が痛くなってきた俺はコンビニで買ったペットボトルのお茶を一口。

 ドカッとソファに腰を下ろして項垂れた。


「……ま、まず何で俺たちなんだ」

「あなた達は輝く翼のアルレイドを知っていると言っていましたよね」

「それに何の関係があるんだよ!」


 ずっと飄々とした態度を崩さない少女にちょっとキレた。

 しかし少女は意に介さず、山田は笑いながら缶の酒を渡してきた。いらんわ。

 もしや真面目に怒っても疲れるだけだなこの空間……?


「あのですね、結論から言わせていただきますと”輝く翼のアルレイド”というアニメはほぼノンフィクションなんです」

「そりゃどういう……?」


 俺が首をかしげると、少女は目の前にある目の前にある大型ディスプレイの電源をつけた。

 そこにはいくつもの文章や画像が表示されている。


「実は三年前に博士が別世界に向けて無差別にデータを送信したんです。自らが観測してきたこの世界の少女たちの軌跡と画像データをまとめて。それがこれです」

「は、はぁ」

「あの頃は異世界へ渡る装置も未完成でしたし、事情を説明して助けに来てもらおうと思ったんですね。まぁあなた達の世界は平和そのものでこちらへの異世界渡航なんて不可能だったのですが」


 つまり?


「博士の送ったデータを事実ではなく、挿絵付きの面白い小説かなにかだと認識されたのでしょう。あなた達の世界の誰かがデータをもとにプロジェクトを立ち上げてアニメ化したものが、あの輝く翼のアルレイドです」

「……俺たちは異世界での惨状を見て楽しんでた、ってのか?」

「あぁ重く捉えないでください。楽しんでたってことはいろいろ記憶に残ったってことでしょうし、攻略の際にとても役立ちます」


 あっけらかん、と少女は告げる。

 少しシリアスになりかけた俺の気持ちを返してください。


「……ていうかあのアニメにはアンタがいなかったんだが」

「博士のデータには博士自身の情報だけ載っていませんでしたから。まぁ研究室に籠ってたり周囲を観察してただけなのでいても居なくても変わらないです」


 そこまで言うと、コピーロボットの彼女は「さて」と手を叩いた。

 本題に入るぞ──ということなのだろう。



「主人公を含む少女たちは、一時的であれば世界を平和にできる猛者たちでした。しかしその中にはビーストに寄生された裏切者がいたのです。彼女たちが油断しきったところ──つまりアニメでいうところの”最終回の直後”に裏切りが起こり、内部から組織は崩壊しました」



 少女は左側の机を一瞥した。

 釣られるように俺もそこへ目をやると、机の上には今は亡き少女たちの集合写真が立てられていることが分かった。

 中央には主人公だった一年生の少女と、そのヒロインである二年生の少女。よくみれば端のほうにはさりげなく生前の博士も映っている。


「しかし裏切者が誰かは正確には分かっていませんし、精霊の力で世界を巻き戻した際のデメリットも全ては把握しきれていません」

「……でも、やらないといけないんだろ」

「そゆことです。……ふふ、良い顔になってきましたね。状況も相まって中二病が再発しました?」

「おい」


 なんで覚悟を決めたら中二病って言われなきゃなんねぇんだ。山田も笑ってんじゃねぇぞコラ。


「……具体的にはどうすればいい?」

「まず女学院に入学して主役の彼女たちをサポートします」

「で、最終回までに寄生されてるやつに目星をつけて、早いうちに拘束しとくと。……ワクワクしてきたな柏木!」

「おう! 世界救ってやろうぜ!」

「男の人って急にテンションが上がるんですね。こわいです」


 どうやらシリアス面をして参加しようとすると茶化されるっぽいので、ロボット少女の言葉通りあまり気負わずにやっていこう。

 ゲーム感覚、というのは流石に軽すぎるが、なるべくフラットに構えることにするぜ。山田もいるし大丈夫だ。


「山田さんにはスペアの私を付けるので、軍の研究所の方で寄生型のビーストについて調べてください。わからないことは彼女がサポートしてくれるはずです」

「えっ、俺と山田は別行動なの?」

「ずっと一緒がいいのですか? お友だちがいないと心細いのかしら……」

「てめェ!」

「落ち着け柏木っ!」


 慣れ親しんだ山田ならともかく、この常に煽り散らかしてきやがるポンコツロボットと一緒に行動するのは不安でしかない。

 

「仲良くやりましょうぜ、相棒」

「俺はお前の名前すら知らねぇんだよ」

「めんどくさいんでロボでいいです」

「名乗れよおい」


 明らかに俺を無視して山田に諸々を説明したロボット女はペンダントを彼に手渡した。

 話を聞く限り、あのペンダントが彼女のスペアらしい。小型のアイテムに人格を搭載できるなんて凄まじい科学力だ。

 でも精霊の力だとか人の魂だとか言ってるしもはやファンタジーなのかSFなのか分からない。世界観くらい統一してくれ。


「では私もネックレスになりますね。へいパス」

「うわっ!」


 急に人型のロボットがネックレスになって飛んできやがった。当然反応が遅れてすっ転び、他の機械を巻き込んでひどい目に遭った。


「いってて……っ」

『ちゃんとキャッチしてくださいよ、相棒』

「お前を相棒にした覚えはないんだよ」


 痛めた腰をさすりながらなんとか立ち上がり、相棒(仮)を首にかけると目の前に箱型のボタンが出現した。無駄に凝ってる。


『そのボタンを押すとあなた達の魂に反応して精霊の力が発動──つまり時間が三年前に戻ります。一度しか使えませんからね。百合の間に挟まって世界を救いましょう』

「……なあロボ、いまさらだけど俺たちってどうやって元の世界に帰るんだ?」

『まあたぶんなんとかなります! はいボタン押して!』

「ちょ、おわっ!?」


 ロボの謎の力によって俺の腕が勝手に反応。

 ボタンがぽちっと押され──視界が暗転した。







『はい、というわけで今現在につながるわけですね』

「死ぬっ♡ マジでしぬっ♡ いきなりバケモノに追いかけられるとか聞いてないっ♡♡」


 クソブリキ野郎にうまいこと乗せられた俺は、この時代に付くや否やロボの力で女の子に変身させられ、さっそくアニメ一話の”学内に侵入したビーストの討伐”に巻き込まれていた。

 ちなみにこっちは武器すら持っていない。


「どうすればっ♡♡ いいんだよっうぉ゛っあっぶね♡♡♡」

『とりあえずビーストの攻撃に当たったら衝撃で男に戻ってしまうかもしれないので、一旦全力で逃げてください。──あっ、でも変な声のせいかバケモノに追いかけられて喜んでる女の子みたいに思われてるようです。誰も助けてくれませんね、タイガ』

「まず何で語尾にハートが付くんだよ♡♡♡」

『一時的とはいえ無理やり肉体を作り変えたのですから、デメリットがあっても不思議じゃないです』

「んぉ゛っ♥ んひぃっ♥♥」

『タイガ、嬌声をあげないでください。気持ちいいんですか?』

「はっ、はし、走りすぎて息切れてっ♥♥♥ 咳がとまらないだけっ、あひィっ♥♥♥♥」



 前途多難なこれからに絶望しつつ、この喋り方だけは絶対に治すと心に決めた俺は、数分後に入学したての主人公に助けられてそのまま保健室へと運ばれていくという、最悪の入学式を迎えたのであった。




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ここまで一話をご覧いただきありがとうございました。

毎日更新していくのでよろしくお願いします!

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