美少女しか登場しない百合アニメに男が入るとエロゲになるかもしれない
バリ茶
第1話 百合アニメの世界へ ①
──どうしてこうなった。
『さぁ相棒、原作知識でサクッと世界を救っちゃいましょう』
実際に訪れたことはないが、確実に一度見たことのある大きな学園。
それの正門前で俺の首にかけているペンダントから声が発せられた。
その機械音声のごとくあまりにも抑揚のない声音に少々の不安を抱いたものの、ここまで来たらもう後戻りはできない。
『む……どうしました? 学内に入りましょうよ』
「──やだ♡」
『なんと。ワガママですね』
「このまま人に会うとかバカ言うな♡ まずこの変な喋り方をなんとかしてくれ♡ なんで語尾にハートが付くんだよ……♡」
『変身した女子ボディを維持するコストみたいなものです、諦めてください』
「もうやめたい……」
つい先ほどから開始された、この頭の悪そうな喋り方を強要される生活が今後も続いていくことに辟易しつつ、俺はようやく鉛のように重い足を動かして入学への第一歩を踏み出した。
絢爛に咲き誇る桜の木々に出迎えられながら進むと、校舎のガラス扉に反射された今の自分の姿が目に映る。
女子用の制服。
コスプレと見紛うような空色の長い髪。
水風船かの如く無駄にデカくて重い乳をぶら下げて、すっぴんなのに顔立ちがアイドル顔負けな顔面をお持ちのこの女が──いま現在の俺の姿だ。
『自分の姿に見惚れちゃいました?』
「うるさい♡」
『その喋り方おもしろいですね』
「てめっ、煽るな──んひっ♡♡」
『わっ。なんで急に喘いだんですか』
「咳したんだよ♡ 何で咳すると喘ぐんだこの体……!?♡」
もうなんだか早々にバグり始めたこの口調に泣きそうになりながら先へ進む。
なんとしても”人類滅亡”という歪んだ未来を変えるため。
本来なら退場してはいけない人々を守るため。
様々な事情や理由はあるものの、現在俺の脳に残っている思考はたった一つだ。
もう一度だけそれを考えてしまった。
──どうしてこうなった。
◆
大学二年目の初夏。
一言で言うと俺はダレていた。
夫婦で例えるなら倦怠期などが当てはまるのだろうか。
なあなあで生きてきた自分としては珍しく気合いを入れて入学したあの日から約一年と少しが経過し、人生の夏休みといわれている大学生活の中でもさらに夏休みに近いこの時期──つまり死ぬほど暇な時期に死ぬほど暇な俺は毎日を浪費していた。
そう、浪費だ。
消費といっても差し支えない。
ぶっちゃけ人間としての生活をしていない。
一人暮らしの大学生活に憧れ、わがままを通して駅付近のボロアパートに越した結果が、このあり得ないほどに散らかった部屋とテトリスのように積まれたゴミ袋たちである。
「……あっ、焼却ゴミ、やべっ」
時計を見ればお昼前。
いま燃えるゴミを出さなければ部屋が毒ガスのような異臭に包まれてしまう。
わずかに残った人間性を燃やして体を動かした結果、なんとか回収車が来る直前に間に合わせることができた。
ジャージ姿であいさつするのにも慣れてきた今日この頃、家に戻る前にコンビニへ赴く。
健康に悪いだのなんだのボロクソ言われまくっているコンビニ飯が朝餉だ。
知るかそんなのうまいし手軽だからいいんだよ、なんて悪い思考に身を任せながらショッピングを堪能し、帰ってメシ食って寝る。
あぁ、今日も何も生み出さなかった。
後悔に後ろ指をさされる気持ちで布団の中をゴロゴロしながら改めて自分のことを思い返してみる。
タイガ。
性別は男で特技は特になく講義のない日はこの通り部屋で死んでいる典型的なダメ学生──うわ、俺ってしょうもなさすぎ……?
改めてまとめるとあまりにも情報量の少ない生命体だということが分かる。
「……そういや観ようと思ってたやつ、わすれてたな」
ゴロンとうつ伏せになってスマホを開き、アプリをタップして出てきたのはツイッターなんかで少し話題に挙がっていた百合アニメ。
あとから見よう、終わってから見よう、という見たいのか見たくないのか分からない曖昧な思考に翻弄された結果ついにリアルタイムでの視聴が叶わなかったアニメだ。最終回は二週間くらい前に終わっている。
だが、こういう見逃したアニメを後からでも追えるのが動画配信サービスの良いところだ。
暇だし見てみっかな、ということで枕元にあったイヤホンをスマホにぶっ刺し、カーテンを閉め切った真っ暗な部屋で視聴を開始した。
期待値は低めで観よう。
………………
…………
……
「ひん……面白いアニメだった、何で今まで観なかったんだ……」
最終回の感動と推しになったキャラが死亡した悲しみが混ざり合って情緒がぶっ壊れた俺は、視聴後に襲い掛かってきた空腹に急かされながらコンビニへ向かっていた。
輝く翼のアルレイド──俺の精神ぶっ壊しグランプリでついさっき見事優勝を手にしたアニメだ。
内容は王道のバトル系の百合アニメで、美少女たちが切磋琢磨しながら人類の敵と戦う物語なのだが、映像の美麗さや起承転結を堅実に抑えたストーリーも相まってかなり印象に残ったシーンが多かった。
中でも気に入ったのが中盤に出てくるサブキャラで、後半のストーリーはほとんど彼女を起点としてワチャワチャしていたため観ていて楽しかった。
特にカップリングが設定されていないフリーなキャラゆえにとっつきやすかった──のだがやはりそこは百合アニメ。
カップル相手がいないということは退場させやすいということでもあり、嫌な予感は的中し最終回の少し手前で彼女は死んでしまい、ものの見事に主役の既存カップルが絶望を乗り越えて仲を深めるための踏み台にされてしまったのだ。
百合アニメにおいて、イチャコラする相手が存在しないキャラには”カップル補正”というバリアが発生しない。
つまり普通なら誰であっても普通に人が死ぬ可能性があるはずの物語で、主役でもないのに『こいつ絶対死なないな?』と見て分かるキャラと『この子だいじょうぶかな……』となるキャラが混在するという作劇上の違和感が発生してしまうわけで。
その百合アニメあるあるに抗えず退場した推しキャラへの想いと、それはそれとしてかなり奇麗に終わった最終回のせいで俺の心はボコボコになっていた。
「いらっしゃ──おっ、柏木」
「バイト中にすいませんね」
客の少ない時間帯にコンビニを訪れた俺に声をかけたのは、バイト中の友人こと山田だ。
そういや今日は彼の出勤日だった。
「あと十分くらいでバイト終わんだ、待っててくれよ」
「えっ。ウチ来んの?」
「明日三限しかないけど休講になったから暇で。酒とか持ってくからさ」
「いらねぇ……この前おまえが置いてった缶のやつまだ残ってるぞ」
この山田がバイト終わる時間っつったらかなり遅い時間だけど……まぁ休憩挟みつつ二クール見てたらこれくらいの時間にもなるか。
「ツイッターみたぞ柏木。アニメ視聴で一日潰すおじさんじゃん」
「静かにしてください」
「あれ気になってたけど見てないんだよな。見して」
「それはいいけどレジ並んでるぞ」
「わっ、ヤベっ」
飲み物コーナーを整理していた山田が慌ててレジへ戻っていった。
慌ただしいのに加えてライブ感で生きてる適当野郎ではあるが、あれでも付き合って長い友人だ。
今夜泊めるとして……明日は二限あったな、めんどくせ。
十時前には追い出そう。
それから少し経ってバイトが終わり、山田と夜道を歩いて帰ることに。
「では柏木さん、ネタバレしない程度に感想をどうぞ」
「おもしろかったです」
「よかった~~」
「それでいいのか……まぁソシャゲも出るっぽいしキャラは多いよ」
「ゆるふわ系じゃないの?」
「普通に人死ぬ世界観だぜ。震えて待て」
「ひぇ……」
ネタバレにならない範囲で感想は伝えた。
視聴時のコイツのリアクションが楽しみだ。
「てか男は出てくんの?」
「いや百合アニメだぞ。……あー、まぁ、学園の理事長とか企業のお偉いさんとかは出てきてたな。男といってもオッサンだけど」
「若い男は」
「子供くらいしか……え、なんだよ。マジで普通の百合アニメだって」
何だコイツ急に、もしかして百合百合しいのは苦手か?
「いやさ、ちょっと思ったことがあって」
「はぁ。なんでしょう」
「大抵のラノベとかエロゲって女キャラの方が比率多いだろ?」
「ちょっと語弊があるような気がするけが……広い目で見ると確かにそうだな」
「じゃあエロゲってさ、もし男の主人公を抜いたら百合モノになりそうな気がしない?」
そう? そうかなぁ。
まぁ、言わんとしていることはなんとなく分かる。
エロゲだと物語の軸となる男キャラは主人公だけだし、それがいなくなったら確かに女キャラ同士の絡みが多くなりそうではあるな。百合になるかは置いといて。
「逆に考えるとさ、百合アニメの中に同年代の男キャラをぶち込んだらエロゲになりそうじゃね?」
「その発想はなかった」
「男っていう異端な存在がいることで”女のパートナーしか作れない”っていう状況がぶっ壊れるワケよ。モテるかどうかはこの際無視するとしてさ、そいつがいるだけで百合百合っとした雰囲気が三分の一くらいに減少すると思うんだよね」
「すっごい早口だ」
なるほど百合アニメに男をぶち込むとエロゲになる、か。
……ヤバい匂いがしてきた気がする。
「山田、それは危険な思想だ」
「なにっ」
「百合の間に挟まるなんて青信号の交差点に飛び込むようなモンじゃないか? たとえモテなくても男の存在しない百合空間を破壊した時点でそいつは許されない大罪を背負うことになると思うんだ」
「すごい早口だな」
どうやら俺たちは二人とも自分の感情を爆発させると早口になる人種だったらしい。
オタクって大抵早口だからしょうがないね。
というかエロゲの主人公はソイツが入ること前提の女子いっぱい空間に入るから許されるのであって、既に完成している百合の花園に足を踏み入れるのは自殺行為としか言いようがない。
まず物語が破綻しそう。
「女の子が当然のように女の子相手に”運命の人”なんて言っちゃう空間に男が入ってみろ? バグが起こってフリーズするぜ」
「……でもさ柏木。男がぶち込まれた百合アニメ、見たくない?」
「みたい!」
「急に元気になる人じゃん、こわ……」
情緒がおかしくなるのは一緒にいて楽しい証拠だから。
それに俺も百合キチというわけじゃないし男が入ってしまった百合アニメを見てみたいという気持ちは大いにある。
「それいいですね。私も気になります」
「だよな。そういう作品ないか探してみるか山田」
「え?」
「ん?」
なに?
「いや、まって柏木」
「何だよ」
急にどした。
「……今の誰?」
「は?」
二人して立ち止まる。
いま凄く自然な相槌が聞こえたのだが、言われてみれば今の誰だ。
甲高い声だった。
確実に男である山田ではない。
というか山田が気がついたんだから彼であるはずがない。
「あのー」
「……ぅ」
「後ろに……誰かいる……?」
マジかなんだこれホラーか。
他人に聞かれたら恥ずかしい会話を誰かに聞かれてたのか。
いや状況的には盗み聞きだ。
俺たちの後ろをだれかが付けてきていて、あろうことか会話に割って入ってきやがった。
こわいこわいこわい。
「もしもーし」
「……ど、どうする柏木、逃げる?」
「いやっ、走った瞬間に叫ばれたら怖い」
「後ろ向いたら首が取れるとか無いよな?」
「流石にないと信じたい……最悪こっちは二人だし勝てるから」
お互いになんとか心を落ち着かせながら結論を出し、振り向いて相手とコンタクトを取ることに決めた。
一応すぐに通報できるようにスマホの入ったポケットには手を伸ばしておく。
マジのヤベー奴だった場合は戦略的撤退からの即通報だ。
他人の会話に入ってくる時点でだいぶヤベーやつではあるが、少なくとも幽霊だの何だのといったホラー系ではないはず。
恐る恐る振り返る──と、そこには背の低い少女が立っていた。
「……えっ、小学生?」
「なんで子供がこんな時間に……」
「ムッ、わたし子供じゃありませんけど」
やばいやばいやばい。
本格的に関わっちゃいけないタイプの人間だってマジでやばい。
こんな夜道を一人で歩いてる時点で普通の子供じゃないし癇癪持ちだし、なんなら病院のドクターみたいにデカい白衣まで来てるし、何よりめちゃめちゃ馴れ馴れしいよ怖いよ誰だよ。
「たぶんキミたちと同じくらいですよ」
「は、はぁ……そうすか」
「どうする柏木どうするきみならどうする」
「落ち着けって……あの、何か?」
ガチビビりしてる山田を庇いつつ、明らかに警戒した態度で問いかけると、少女は怪しく笑いながら口を開いた。
「えっと、輝く翼のアルレイド──って、知ってます?」
「……は?」
あまりにも予想外の質問に面食らった。
どういうこと、なんて聞き返そうものなら『質問してるのはこっちなんですけど』とか言われそうな雰囲気を感じるし、ここは正直に答えるべきか。
……いや自分たちよりも二回りくらい小さい女の子にビビり散らかす男子大学生、なに?
「最近やってたアニメのことで合ってるなら、知ってる」
「どれくらい?」
「今日、全話見た程度……」
「お、俺は知らないっす!」
二人とも正直に答えると、少女が緩慢な足取りでこちらに向かって近づき始めた。
そして蛇に睨まれた蛙のように動けない俺たちの目の前まで来ると、彼女は俺の右手を握ってニコッと笑う。
釣られるように俺も引きつった笑みを浮かべた。
なんだかとてつもない圧力を感じる。
「では事情を知っている方のあなたにお願いがあります」
そして今まで感じたことのない程の悪寒が背筋を走った瞬間、彼女は大きな声でこう言った。
「世界を救ってください! オタクくんっ!」
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