第4話 一難去って
「とりあえず、ここなら一先ずは安全そうですね」
少し先に歩いたところにあった廃ビルへと入り、3階まで上がった少女は周囲を警戒しながら呟く。
そんな手慣れた様子で行動する少女を見ながらこの子は何者なのだろうかと善幸は考える。
パッと見る限りでは普通の女の子にしか見えないが、普通の女の子は日本刀なんて帯刀しないし、そもそもあんな怪力を持つ怪物を殺すこともできないだろう。
「……そんな目をしなくてもちゃんと質問には答えますよ、焦らないで下さい」
「あ、いや、そんなつもりじゃ……」
「いえ、大丈夫です。何も知らずにここに来たのなら当然の反応でしょう」
急かすつもりは無かったと謝罪しようとする善幸を制しながら少女は言う。
少女は表情こそ仏頂面なままではあるが、その言葉からはこちらを気遣おうとしていることが感じ取れた。
「まずは自己紹介からですね。私は
「俺は赤羽正彦。言いそびれたけど、さっきは助けてくれてありがとう」
「いえ、仕事ですから」
自己紹介と共に助けて貰った礼を述べる善幸に対して少女、伊織は当たり前のことだと言わんばかりに答える。そんな彼女の様子からしてやはりこの場所やあの怪物について詳しいのだろうと察することができた。
「ではまず最初にこの場所が何処かについて説明しましょう」
「さっきマカイ?って言ってたけど」
伊織の言葉を思い出しながら善幸が言うと彼女はその通りだと首を縦に振った。
「ええ、そうです。ここは魔界と呼ばれている場所です。私達が暮らす地球とは別次元の空間……異世界とでもいった方が分かりやすいでしょうか?」
「マジで異世界なのか……。え、てことは俺やっぱり死んでるの?」
半ばあり得ないと思っていた可能性が的中したことに善幸は愕然とし、直後にやっぱりあの時に頭を銃弾でぶち抜かれてこの物騒な世界に転生したんだろうかと頭を抱える。
「死んでませんよ。まぁ、確かに私の到着が後少し遅ければ死んでいたかも知れませんが…………」
「ほ、ホントに?でも俺、撃たれたよね?」
「…………どうやら赤羽さんは私を止めようとした時にこの銃で撃たれた死んだのだと思い込んでいるようですね」
未だに自身が生きていると実感を持てない善幸に対して伊織はどこか呆れた表情を浮かべると懐から銃を取り出す。それは善幸が出会った時に伊織が自身の頭部に突き付けていた銀色の拳銃だった。
「それは………」
「この銃に実弾は入っていません。この銃は武器では無く、あくまで移動の為の道具です」
「武器じゃ……ない?」
伊織の説明に善幸は何を言ってんだ、コイツと言わんばかりの表情を浮かべながら首を傾げる。銃は武器だろと善幸が視線で訴えると伊織はため息混じりに銃の説明を口にする。
「この銃は
「撃ち抜くことで移動って…………あっ」
随分と物騒な移動方法だなと思っていた善幸はそこで自身に起きたことを思い出し、ようやく彼女の言いたいことを理解する。
「つまり……朝山さんはあの時、自殺しようした訳じゃなく…………」
「ええ、私は自殺をしようとした訳ではなく、
「…………あー、なるほど」
どうやら自分は盛大な勘違いをしていたらしい。
つまり彼女の話を纏めると彼女が頭部に拳銃を突き付けていたのは自殺する為ではなく、ここに移動する為だったということのようだ。
なんて紛らわしいんだ。
知らん奴が見たら勘違いするに構っているだろう。いや、だから彼女は人気のない場所で
そう考えると伊織をストーキングした自分が悪いかなと結論付けた善幸は彼女に頭を下げる。
「その、邪魔してすまなかった」
「いえ、正常な人間が見たら当然の反応です。寧ろこちらこそ事故とはいえ、誤って貴方に
善幸の謝罪に対して伊織も同じく謝罪をもって返事をした。実際、彼女からすれば邪魔されたことに苛立ちこそしたが、決して怒ってはいなかった。そもそも善幸が自分の邪魔をしようとした理由も自殺を阻止する為の善意に溢れたものだ、それを怒るのは筋違いというものだろう。
「いや、それは朝山さんがこうして助けてくれた訳だし構わないけど……それよりを襲ったあの怪物は何なんだ?」
「……アレらはこの魔界で活動する生物。便宜上、私たちは悪魔と呼んでいます」
「悪魔って………聖書とかに出てくるサタンとか、そんな感じの……?」
「そこまで大層なものではありませんよ。まぁ、人類に害を与える怪物という程度の認識で構いません」
なるほど、と善幸は彼女の言葉に頷く。
あの怪物が悪魔と呼ばれている存在だということは分かった。そしてここが魔界と呼ばれる異世界であり、とても危険な場所であるということも。
どうやら一刻でも早くここから逃げた方が良さそうだ。
「とりあえず、今が危ない状況ってのは分かったけど、これからどうするんだ?」
「私が貴方に
「15分って…その間、朝山さんはどうするんだ?」
「勿論、装填されるまでここに残ります」
当たり前のように口にした伊織のその言葉を聞いた善幸は思わず息を呑む。
「………一緒には出れないのか?」
「一発で2人を同時に移動することはできないんです。ですから貴方が先に戻って下さい。どちらにしても私はもう少しこちらに残る必要があるので」
「けど………」
善幸は思わず口籠る。
この魔界と呼ばれる場所の知識や先程の怪物を難なく倒した彼女の強さを考えれば確かに一人でいても問題ないだろう。何なら自分の存在が彼女の邪魔になっている節さえある。
けれど、それでも善幸は自分よりも年下の少女をこんな危険な場所に置いて自分だけが逃げるということに強い抵抗感と罪悪感があった。
そんな善幸の様子から彼の心情を察したのか、伊織はそれまで仏頂面を僅かに崩して口元を緩めながら口を開いた。
「心配しなくても大丈夫ですよ。それに貴方たちを助けるのは私たち、祓魔師の役目ですから」
「祓魔師って……朝山さんは何も———ッ!?」
疑問を抱いた善幸が伊織が何者かを尋ねようとした次の瞬間、彼女から凄まじい力で腕を引っ張られる。善幸が伊織の行動に驚く間もなく、辺りに雷鳴のような轟音が響き渡り、次の瞬間には天井を突き破って先程まで自分がいた場所に何かが落ちてきた。
————落雷!?いや、けど空は晴れて———晴れて……るのか?
血の如く真っ赤な空を思い出しながら善幸は首を傾げる。あの空は晴れていると言えるのか、いやそもそもこの世界に天気という概念が存在するのだろうか?
「まだ装填が終わって無いのに……」
そんな呑気な善幸の思考を遮るように彼を後ろに庇った伊織から苦々しげな声が漏れていた。
その声に耳を傾けながら彼女と共に落下地点に視線を向ける。土煙の中から透けている落下してきた犯人のシルエットは二本の足と腕を持ち、一見するだけならば人間を彷彿とさせる姿をしていた。
けれども不自然に大きな身体付き、何よりも土煙の中からこちらをギロリと睨み付ける殺意の籠った巨大な一つ目を見た善幸は静かにその可能性を捨て去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます