第9話 内定承諾

 牢屋から出た善幸は内定や悪魔や祓魔師の機密に関する誓約書などの書類を書く為に途中で伊織と別れると 矢島の指示に従って個室で待機させられていた。


「いや〜、遅れてごめん。書類を探すのに手間取っちゃった」


「あ、いえ……全然大丈夫です」


 謝罪と共に部屋に入ってきた矢島の手元に視線を向ければ書類の束を手にしていた。


「それじゃ、早速だけどまずはこっちの悪魔と魔界に関しての機密に関する誓約書にサインをお願いして貰えるかな?」


「はい、分かりました」


 誓約書とペンを渡された善幸は一応、サインする前に変なことは書いて無いだろうかと書いてある文章に目を走らせるが、あまりの分量にすぐに内容を理解することを諦める。


「ははっ、心配しなくても赤羽くんの不利益になるようなことは書いてないよ。ただ悪魔関連のことを他人に言いふらしたり、ネットに流したりしないでって話だよ」


「……そう言えば今日まで悪魔とか魔界のことなんて全く知らなかったですけど、俺みたいに悪魔による被害ってどれくらいあるんですか?」


 矢島の話を聞きながら善幸は少し前から気になった疑問を口にした。自分の場合で言えば伊織が自殺していると勘違いした結果、魔界に飛び込んで悪魔に襲われてしまったが、自分のようなアホな人間が他にもいるのだろうかと。


「結構多いよ。一応、陰陽連の調査では年間行方不明内の約2万人ほどは悪魔の被害……魔害によるものだとされているね」


「約2万もの人が悪魔の被害に遭ってるんですか……」


 想像を遥かに超える被害件数に訝しげな表情を浮かべながら善幸は呟く。それほどの被害人数が出ているのならば情報統制をしていたとしても騒ぎになるのでは無いだろうか?


「信じられないかも知れないけど、それほどに悪魔による被害は多いんだよ。尤も赤羽くんみたいなケースは珍しいけどね」


 あくまで善幸のパターンは例外だと、そう前置きした上で矢島は魔害について語る。


「本来、魔界とこの世界の間には二つの世界を遮る為の境界線のような壁があるんだ。けれど、魔界で悪魔が大暴れするとその壁をぶち破ってこちらの世界に干渉してくるんだ」


「干渉…ですか?」


 矢島の話している内容の意味を完璧には理解できなかったが、それでも干渉という単語に善幸は不吉な予感を覚えた。


「神隠し……なんて現象を聞いたことはあるかい?」


「はい、聞いたことはありますけど……」


 有名な現象だ。

 人が突然、何の痕跡も残さずに忽然と行方不明になること。それを昔の人々が神に隠されたと解釈して生まれた言葉だというが……それが一体なんだと言うのだろうか。


「その現象が起きる原因が魔害なんだよ」


「どういうこと…ですか?」


「この世界と魔界と境界が割れた時、その周辺にいた人間を魔界に吸い込まれてしまうのさ。君が門銃ゲートガンで魔界に行ってしまったようにね」


 つまりそれは善幸が門銃ゲートガンの誤射によって起きたような事故が本人の意思や行動に関係なく起こるということであった。


 その言葉の意味を理解して絶句している善幸の表情を眺めながら矢島は更に続ける。


「加えて悪魔自身が魔界から境界の裂け目を通ってこっち側に乗り込んできて襲われるなんてケースもあるね」


「え、悪魔ってこっちに来るんですか?」


 冗談でしょ?と言わんばかりの表情で善幸は尋ねるが、矢島はそんな彼の淡い望みをバッサリと切り捨てるように淡々と答える。


「来るよ、普通に」


「こわっ…」


 思わず心の声が漏れる。

 あんな化物が魔界から乗り込んでくるという事実に美幸はゾッと背筋を凍らせる。


「ほら、よくテレビとかネット記事とかでUMAを見つけたとか色々な都市伝説があるでしょ?あれ、大体悪魔だよ」 


「……そうだったんですか」


 UMAの存在をずっと信じていた善幸としては想定もしない形でその正体をしれっと知ってしまい、何だかサンタクロースの正体が親だと知ってしまったかのようなショックを覚える。


「何かショック受けているみたいだけど、そこら辺の話はまた後でするとして……。今は先にこれを渡しておこうかな」


「これは……ッ!」


 そう言って矢島から次に渡された書類に目を向ければ、そこには善幸が夢にまで見た企業への内定を告げる証明書、内定承諾書が目の前にあった。


「けど、本当に良いのかい?正直に言うけど祓魔師は———」


 話している途中で矢島は言葉を止める。

 気付いたら机の上に置いていた内定承諾書に既にの善幸のサインが書かれていたからだ。


「…………誘っといて何だけど、躊躇い無さすぎない?」


「いえ、もし内定が取り消されたらと思ったら手が動いてました」


「本当に内定が欲しかったんだね……」


 どことなく切実さの交じった善幸の呟きに矢島は何とも言えない表情を浮かべながら言う。


「まぁ、祓魔師になってくれるなら僕としても有難いけどさ。怖くはないのかい?」


「怖い……?何がですか?」


「悪魔と戦うことさ。君、牛鬼と目一鬼に襲われたんだろ?祓魔師になったらアレと戦うことになるんだよ」


「…………」


 矢島の言葉を聞いた善幸の脳裏に自分を襲った悪魔たちの姿が過る。今更ながら祓魔師になったらあれと相対しなければいけないという事実を理解し、思わず身体を震わせる善幸に矢島は再度尋ねる。



「文字通り命懸けの仕事になるけど、覚悟はあるかい?」


「…………」


 矢島の問いに善幸は暫し考える素振りを見せながら沈黙する。


 そのまま数分間の間、じっくりと考えた後に善幸は今の素直な気持ちを口にした。



「分かりません」


「…………え?」


 予想外の返しに矢島がポカンとした表情で硬直する中、善幸は続けて言う。



「正直、あの悪魔と戦う覚悟があるかと聞かれてもあるとは答えられないです。普通にトラウマもんの怖さでしたし……」


「なら……」


「けど————」


 矢島が口が言葉を発する前に善幸は続けて話し続ける。


「監禁とか処刑は嫌ですし、首枷も外したいですし………何より、このまま先の見えない就活を続けたくないです。なので、どうかここで宜しくお願いします」


「…………」


 そう言い切って頭を下げる善幸に驚いた様子で黙り込む矢島。


 ————やべ、正直に言い過ぎた?


 今更ながら善幸は焦る。


 覚悟があると言う勇気は無かったので嘘を言うくらいなら素直に思ったことを言おうと開き直って思ったことを全部言ってしまったが、流石に失礼だったかと善幸は反省する。


 ———矢島さん何も言わないし、もしかしてキレてる?これ、ワンチャン内定取り消しもあるのか!?!?


 ダラダラと冷や汗を流しながら待ち構える善幸に黙り込んでいた矢島は肩を揺らし、やがて声を上げて笑い始めた。


「アハハハッ!そうか、そうだよね!就活大変だもんね!アハハハッ!!」 


 手を叩きながら爆笑する矢島に今度は善幸が驚きで硬直する。けれどそんな善幸の反応など知ったことでは無いと言わんばかりの様子で部屋に響き渡るほどの大声で矢島は笑い続ける。


「あの〜」


「あー、ごめんごめん。予想外の返答過ぎてツボっちゃった」


 ずっと笑われ続けて居た堪れなくなってきた善幸が恐る恐る声を掛けると矢島は腹を抑えながら謝罪の言葉を口にする。


「良いんじゃない?普通の企業なら即落ち待った無しな回答だと思うけど……フフ、ウチからすれば上等な回答だよ」


 矢島はそう言って若干の思い出し笑いをしながらも善幸へと手を伸ばす。


「改めてよろしく、赤羽善幸くん。これから一緒に頑張っていこう」


「……はい、宜しくお願いします」


 善幸は伸ばされた手を握りながらそう言って再び頭を下げた。



 赤羽善幸。

 陰陽連内定承諾。

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