第7話 内定

「………俺が…祓魔師に?」


 矢島から放たれた言葉の意味を理解することに善幸は数十秒ほどの時間を要した。


「そう、陰陽連の祓魔師として実力を付けて君に取り憑いた悪魔を封印無しでも制御できるようになること。これが現状で唯一、君が自由を勝ち取れる選択肢だ」


「悪魔の制御…」


 矢島の発言に善幸は訝しげに呟く。

 自由という言葉は確かに魅力的だ。けれど自分に憑いている八岐大蛇は悪魔の中でも特にヤバいと言っていたが、そんな悪魔を支配することなんて本当に可能なのだろうか。


 そんな善幸の心情を読み取りながら矢島は続けて言う。


「勿論、簡単なことじゃないよ。君に取り憑いたオロチは悪魔の中でも最上位であるに位置する強さを持つ悪魔だからね。分身でも並の悪魔なんかより遥かに凶悪だよ」


「………仮の話ですけど、さっきみたいに封印が解けたらどうなるんですか?」


 話を聞いていた善幸の中にそんな疑問が湧く。八岐大蛇が凄く危険なことは分かったが、実際に封印が解けたらどうなるのかを知っておきたかった。

 


「そうだね〜。暴走具合にもよるけど、封印が完全に解けたらここら半径100㎞くらいはとりあえず消し飛ぶんじゃないかな?」


「ひゃ…ッ」


 矢島がしれっと口にした封印が解けた際の被害規模の大きさに善幸は絶句する。


 そして次いで思う。

 封印が効いてるとはいえ、そんな生きた爆弾のような人間が本当に生きていて良いのか?今すぐに処刑されるべきなんじゃないのか……と。


「ま、暴走したら被害が拡大する前に僕がしっかり仕留めるからそこは安心して」


「……あ、ありがとうございます」   


 恐らく矢島は慰めてくれているつもりなのだろうが、仕留めるから安心してと言われても素直に喜ぶことはできず、善幸は何とも言えない表情を浮かべた。


「ただ、仮定とはいえ今の話は実際に起こり得るかも知れないことではある。だからこそ僕としては君自身で悪魔を制御できるようになってくれたら良いなと思ってるんだけど……」


「……あの、聞いてて思ったんですけど、矢島さんは俺を死刑にしようとは思わないんですか?」


 こんな危ない人間、封印が効いているにしても普通は生かそうと思わない気がするが……。少なくとも自分なら万が一のことを考えて処刑を推すだろう。


「いや、全然」


 けれどこちらの質問に対してバッサリ斬り裂くが如く矢島は即答で否定の言葉を口にした為、善幸は思わず口を噤んでしまう。


「逆に赤羽くんは死にたいと思ってるの?」


「いえ、そういう訳では無いですけど……」

 

 けれど、話を聞いていると善幸の今の心境的に殺されても仕方ないかと納得できなくはなかった。


「……寧ろ僕個人としては殺されたり監禁されるくらいなら祓魔師になって貰いたいと思ってるけどね。この業界、常に人手不足だから困ってるんだよ」


「そんなに人手不足なんですか?」


「うん、猫の手も借りたいくらいには」


「でもだからって、俺みたいなデカい爆弾を抱えた人間を入れなくても………」


 どうやら深刻な人手不足のようだが、だからと言って自分のような危険な悪魔憑きを祓魔師にしようと思うものだろうか?仮に何かの拍子に封印が解けて八岐大蛇が大暴れしたらどうするつもりなのだ。


「それは捉え方次第だよ」


 善幸の疑問に矢島は足を組みながら言う。


「確かに君の抱えてる爆弾は手元で爆発したら危ないけど、相手に投げ飛ばせれば強力な武器にもなる」


「武器…ですか」


「そう、立派な武器さ。取り扱いは中々難しいけどね」


 更に矢島は「それに———」と付け加えながら告げた。

 

「君のこと少し調べさせて貰ったけど、就活中なんでしょ?だったら丁度いいじゃん。このまま陰陽連に祓魔師として就職しちゃいなよ」 

 

「確かに俺は就職中ですけど…………えっ?」


 その単語を口にした善幸は今更ながら気付く。

 








 ———もしかして俺は今、企業から内定を出して貰っているのか?







「………それって、つまり………内定……ですか?」



「ん?まぁ、そうだね。内定だね」


「…………」




 それは就職活動をはじめて約1年あまり未だ内定を一つも所持していなかった善幸にとって衝撃的な事実だった。


 そして遅れてやってくる歓喜の感情。


 初内定ゲット、その喜びは今まで数多の企業に落とされまくった反動もあって快感の波となって善幸の脳を犯していき、気付けば口が勝手に「内定承諾します!ここで働かせて下さい!」とどこぞのジ〇リ作品の主人公の如き口調で叫んでいた。


「決まりだね」


 矢島は善幸の言葉を聞いて満足そうに頷くと言った。


「ようこそ、赤羽善幸くん。陰陽連は君を歓迎するよ」





*****


「で、何でこうなってるんですか?」


 善幸は今の自身の現状を確認しながら尋ねる。

 両腕を手錠のようなもので拘束され、更には札らしき紙が無数に貼り付けられた薄暗い牢屋に監禁させれていた。


 聞いていた話と実際に起きていることが全く違うのだが。


 祓魔師にならば自由の身になれるという話は一体どこに行った?銀河の彼方にでも消え去ったか?


「アハハハ、ごめんごめん。実は君の封印を無断で少し緩めたら今、上から呼び出し食らっちゃってさ」


「アンタのせいじゃないですか」


 牢屋の前、鉄格子越しに立っている矢島は頭を掻きながら悪戯に失敗した子供のような表情で呟いた。


 というか封印を緩めるの無断だったのか。

 いや、そりゃそうか。普通、危ないから封印しているのであって緩めちゃダメだよな。


「えっ、待って下さい。それじゃあもしかして俺はこのまま死刑か、一生ここで拘束されたままですか?」


「大丈夫大丈夫、そうならないように今からちゃんと僕が上に説明してくるから!問題ナッシング!」


 ぐっと親指を立てながら安心させるように矢島は呟くが全く信用ができない。今更ながらどうして俺はこの人の話を素直に信じ込んでいたのだろうかと善幸は少し前の自分自身を責め始める。


 少し前までは仕事ができるミステリアスなお兄さん的な雰囲気を漂わせていた矢島はあら不思議、今はただのポンコツお兄さんに早変わりである。


「まぁ、元々これから君を祓魔師として雇うことを提案しに行くつもりだったしね。丁度良いタイミングだから誤解を解くの一緒に少し上と話してくるよ。その間、不便だろうけどここで待ってて。多分、そんな時間掛からないと思うし」


「分かりました…」


 若干の不安はあるが、今の状況で頼れる人物が矢島しかいないのも事実である。仮に本当にポンコツだろうが、何だろうが自身の命運は矢島に託す他にない。


「それじゃ、吉報を期待してて」


 そう言って矢島はこちらにひらひらの手を振りながら別れを告げると奥にある階段を登って上の階へと消えていった。



「…………はぁ」


 矢島の姿が見えなくなったところで善幸は深い息を吐きながら壁に背中を預ける。同時に今まで張り詰めていたものが消えていく。


 考えてみれば魔界で悪魔に襲われて意識を失い、目を覚ましたと思ったら今度は悪魔憑きになったと言われて処刑やら監禁やらの可能性を伝えられ善幸は今の今までずっと気を張っていた。


「……疲れたぁ」


 故に意図しない形ではあるものの1人になったことで緊張の糸が切れた善幸はどこか気の抜けた表情を浮かべながら札に覆われた天井を見上げながら呟いた。


 肉体的な疲労感はそれほど無い。けれどもこの短時間の間に現実離れした様々な説明をずっと受け続けた為、精神的な疲労感は凄まじかった。


 どっと波のように押し寄せてく疲労感にこんな状況だと言うのに目を瞑れば一瞬で眠れてしまいそうだった。


「マジでどうなるんだろう、俺?」


 疲労であまり回っていない頭で善幸は自身の今後のことを考える。


 このままこの牢屋で一生を過ごすことになるのか、それとも死刑か、或いは祓魔師として働くことになるのか。仮に祓魔師として働くことになったとして、自分に悪魔を祓うことなどできるのか。


 なんか今まで就活に失敗し続けた反動で内定が手に入ったことが嬉しくてその場の勢いで受けてしまったが、もっと色々考えるべきだったのではないか。


「………」


 牢屋の薄暗さに釣られるように善幸の心も暗くなっていき、頭の中には暗い未来ばかりが浮かんでくる。


「……ん?」


 と暗い気分になっているとコツコツと誰かが階段を下ってくる足音が善幸の耳に入ってくる。


 ———誰だ?もしかして矢島さんが戻って来たのか?いや、流石に早すぎるか……。


 そんなことを思いながら善幸がジッと階段の方に視線を向けていると階段からスラっとした細い足が現れる。明らかに男のものでは無い女性の足に善幸が僅かに驚いていると次いで見覚えのある整った顔立ちが視界に入った。


「朝山さん……?」


「お久しぶり……と言うほどの時間は経っていませんね」


 善幸が困惑しながら声を掛けると少女、朝山伊織はそう言いながら牢屋の前まで歩いてきた。

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