第2話 異世界転生?
冷たく固い地面の感触を頬に感じながら目を覚ました善幸の視界に広がっていたのはこの世とは思えない不気味な世界だった。
空は何故か血のように赤く染まり、立ち並ぶ建築物はその全てが廃墟のようにボロボロになっていた。壁が一部崩れていたり、ひび割れがあったり、中には天井が丸々崩れて最早、建物としての機能を有していないものまである。
「…………えぇ?」
まさに世紀末を彷彿とさせるような光景を前に善幸は情けない声を漏らすことしかできなかった。
一体ここがどこなのか。なんでこの街はこんなに荒廃しているのか。というか、なぜ空が赤いのか。
この状況における全てが謎に包まれているが、正彦には一つ覚えていることがあった。
「そう言えば俺、撃たれたよな?」
銃弾を受けたであろう額を触ってみるが、特に傷が付いているような感触は無く、手足を動かしてみても違和感は特に無い。
「………痛ぇ」
ならこれは夢オチとかそういうパターンかと頬を抓ってみるが、普通に頰に痛みが走る。少なくとも感覚的に夢である可能性は少なそうだった。
ならここは一体、どこなのか?
少なくとも日本にこんな場所があるとは思えないが……というか、赤く染まった空を見ているとここが本当に地球なのかも疑わしい。地獄だと言われた方がまだ納得できる。
「………いや、待てよ」
そこで何かに気付いた表情で善幸はハッとする。
「まさか…これが、巷で噂の異世界転生ってやつか!?」
異世界転生。
所謂、小説やアニメなど出てくるジャンルの一つだ。
内容としては不慮の事故や病気で死んだ主人公が前世の記憶を持ち越したまま別の人物として転生する内容の物語のことを指すのだが、この展開はまさかに今の状況とピッタリ当てはまるでは無いだろうか?
「いや、けど身体付きに変化は無いな……」
少なくとも肉体を確認する限りは転生をしているようには思えない。加えて服装も自身が撃たれる前に着ていたリクルートスーツそのままだ。ただ手に持っていた鞄はどっかに消えており、そのため充電していたスマホや財布といった貴重品が全て消えていた。
お陰で連絡手段と現在地を確認する手段が無くなってしまった。尤もこんな場所に電波が届いているとは思えないし、スマホがあったところで役に立つ気はしないが………まぁ、いいだろう。
「………もしくは死後の世界?」
異世界転生で無いとすれば次に考えられるのはこの世界が死後……いわゆるあの世である可能性だ。あの時、銃に撃たれて死んでここは天国……には見えないから地獄とかそういうオチか………俺、生前に地獄に落とされるほど悪行してたっけ?
「……まぁ、とりあえず少し歩くか」
グルグルと様々な思考が善幸の脳内を駆け巡るが、結局何も分からないので少しでも情報を得る為に歩くことにした。
よく遭難の時はその場で待機して助けを待った方が良いと言うが今、手元に救助を呼ぶ為のスマホは無く、何ならこんな場所に救助が来るかさえ定かでは無い。
このままただ突っ立ているよりは歩いて情報収集をしていた方が建設的な行動と言えるだろう。
「とは言え、どこから見れば良いのか……」
足元には大小様々な瓦礫が散らばっていて非常に歩き辛く何度も態勢を崩しそうになりながらとりあえず近くにあったアパートの中へと入り込む。
「お、お邪魔しまーす」
アパートの2階にある一室、扉の鍵が掛かって無いことを確認した善幸は絶対に人は住んでないと思いながらも念の為にそう一言呟きながら扉を開ける。
「うわぁ…」
案の定、部屋の中には誰もおらず……というかここ数十年くらいは誰も使ってなかっただろうと思わせる程に荒れ果てていた。
机や椅子などの家具はその全てが足が折れていたり、真っ二つに割れたりして使い物にならず、壁にはデカい穴が空いて隣の部屋とこんにちはしてしまっている。
それでも何かしら現在地のことを把握できるものはないかと室内を漁ってみるが、あるのは建物と家具の残骸のみで特に情報らしきものを得られそうには無かった。
「参ったな……」
というか、そもそもこの部屋で誰かが暮らしていたような形跡すら見られない。家具こそ置いてあるが、衣服類や食器類、それに食料などがまるで無い。多分だが、このアパート一度も人が住んだことが無いんじゃないのだろうか?
「………はぁ、にしても今日は散々だな」
壁に空いている穴を潜って隣の部屋に入ると善幸はため息混じりに呟く。
選考を受けていた企業からお祈りメールは来るわ、目の前で少女がいきなり自殺しようとするし、止めようとしたら銃で撃たれて気付けばこんな訳分からん場所で迷子になるし、今日は厄日か何かだろうか……。
「……ん?」
と自身の不運を嘆きながら部屋を漁っていた善幸はそこで何かの物音を聞き取るとピタリと動きを止めて耳を澄ます。
すると外からだろうか、ガシャガシャと瓦礫を踏むような音が正彦に耳に入ってくる。恐らく誰かの足音だとは思うが……。
————人か?いやけど、こんな場所に?
一瞬、自分以外の誰かがいるのだろうかと喜ぶが、すぐに疑念へと変化する。同時に何か得体の知れない恐怖を抱いた善幸は音をたたない様に足元に注意しながら玄関の方へと向かうと音を立てないようにゆっくりと扉を開けて廊下に出る。
そしてそのまま身体を隠しながら音源の方へと視線を向け—————
「———ッ!?」
—————その音源の正体を目にした善幸は思わず驚愕の声を上げそうになるのを咄嗟に手で口を抑えることによって耐えた。
————な、何だ、あれッ!?
善幸の視界の先、瓦礫の山を踏み締めながら赤い空の下を闊歩するのは見たことのない不気味な姿をした生物だった。
どこか牛を彷彿とさせる頭部に蜘蛛を連想させる大型自動車ほどの巨大な身体にはどこか虎の様な模様が刻まれている。
まさに怪物という言葉に合うその生き物は赤く輝く瞳でギロリと周囲を見回しながら瓦礫の山の上を歩いていた。
「………ッ!」
ドクンドクンと心臓が激しく脈動し、呼吸が乱れる。善幸はその怪物の恐ろしい姿から隠れるように咄嗟にボロボロの壁に背を預ける。
「…………」
一目見て理解した。
あれは危険だ、関わってはいけない類の存在だと。
まるでホラーゲームで敵とエンカウントした時のように視界に入っただけで精神が荒ぶっている。第六感が今すぐあの怪物から少しでも距離を取れと警告をしているが、動悸も収まらず手足に力が入らない善幸はその場からまともに動くことができなかった。
「……ふぅ……ふぅ……」
故に善幸は何とか腕を動かして胸に手を当てると目を瞑り、必死に心を落ち着ける為にゆっくりと呼吸を行う。やがて数分ほど意識的に呼吸を調整した善幸はようやく落ち着きを取り戻すと目を開ける。
するとそこは先程の不可思議な世界では無く、元の世界に戻っていた—————なんてことは無く、ついさっき自分が出てきた部屋の玄関ドアが視界に入った。
「…………マジで何なんだよ、この状況」
冷静さを取り戻した善幸は改めて頭を押さえながら自身の置かれた現状を整理するべく頭を回す。
真っ赤な空、人気の無い廃墟となった幾つもの建物、得体の知れない怪物。加えて銃で撃たれてことも考慮すると…………やはり異世界転生した説が善幸の脳内で急浮上してくる。
というか考えれば考えるほど他のあらゆる可能性を善幸の偏ったオタク文化の知識が打ち消していき、異世界転生したのでないかと強く思い込んでしまう。
「……いやけど、チートスキルも武器も貰った覚えは無いぞ、俺」
この世界に神とやらがいるかは知らないが、少なからずアニメや漫画のように神のような存在から何かを得た記憶は無い。もしかして何か貰ったけど記憶でも消されたとかいうオチだろうか?
……分からない。
あまりにも非現実的な状況に置かれている為、普段なら絶対に考えないであろうぶっ飛んだ推測すら今や可能性を帯び始めている。
何となかして現状を把握したいが、あまりにも情報が足りていない。とにかく今は少しでも情報が欲しい。
「もう一回、部屋の中を漁っ————」
てみるか、と善幸の言葉は続くことは無かった。
どこからか放たれる殺気とも言うべき強くあまりにも不穏な気配を感じ取った為、善幸は恐怖から声を出すことができなかったのだ。
「…………」
落ち着いていた筈の脈が再び加速し始めるのを感じながら善幸はゆっくりと気配が放たれているであろう方向、怪物の方へと壁から顔だけを出して視線を向ける。
『——————』
「ッ!!」
瞬間、ギロリとこちらを睨み付ける化物の赤い瞳と目が合った善幸は半ば反射的に生存本能に従ってその場から駆け出したのだった。
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