20話

 元主人。いや、リニアは気絶の中で夢を見た。

見ているのは、アレスを買った日のことだ。


 その日は、リニアの妻が死んだ日だった。


 妻はリニアを恨むものたちによって殺された。

『愛してる』。それが受話器から聞いた最期の言葉だった。


 リニアだって、愛していた。

誰よりも、妻を愛していたのだ。


 だからこそ、抱いた喪失感は凄まじいものだった。

復讐は終えた。敵対勢力を壊滅させることができた。


 しかし、それは思った以上に簡単に終わらせてしまったのだ。


 足りない何かを欲して、足りない何かを求めている。

その足りないものは、もう分かりきっていた。


 だが、それはもう手に入らない。


 そんな放心したリニアはアレスと出会った。

アレスと出会ったのは、とある旅商人の市場だった。


 やけに目が止まった。


 それも当然だ。


 奴隷のくせしてやけに明るく笑っていたから。


 彼女を中心に、笑顔が広がっていく。


 不気味。

 普段ならそう思ったはずだ。


「そいつ。いくらだ?」


「買ってくださるのですか?」


 アレスは、笑顔で話しかけてきた。


 その笑顔は亡き妻によく似ていた。

膝から崩れ落ちたのを覚えている。


「嘘だろ・・・・・・。お前」


 妻との思い出がリニアに流れ込む。


『ねぇ、あなたはどうして野蛮に振る舞うの?』


____舐められないようにだ。サルベージハンターは舐められた瞬間、襲われ殺される。


『野蛮な貴方は苦手よ』


____そうかよ。


『でも、ありのままの貴方は好き』


____は?


 呆気に取られるリニアを見て笑う妻の笑顔が、アレスの笑顔と重なってしまったのだ。


「どうして、泣いておられるのですか?」


 無意識にアレスへと両手を伸ばしていた自分に気がつき、両手を納める。


「いや、すまねぇ。なんでもねぇ」


「そうなのですか?」


「ああ、ありがとな」


 旅商人が、リニアに歩み寄ってきた。


「お買い求めですかな?」


「いくらだ?」


 旅商人が、リニアを値踏みするように見つめる。


「・・・・・・ただでお譲りしましょう!」


「いいのか?」


「ええ、もちろん。ただ、条件があります」


「なんだ?」


 旅商人の指から出た光を、リニアが受ける。


『お帰りなさい。貴方』

 出迎えてくれた妻の顔が、薄っすらと消えていく。


「・・・・・・は?」


 どんどん、記憶が消えていくのがわかる。


「や、やめろ」


 彼女の好きなもの、彼女の誕生日、彼女の名前。

どんどん頭の中から消えていくのがわかる。


「へぇ、珍しいですね。記憶が消えていくのがわかるのですか。それ程、大事な思い出なんですねぇ」


「やめてくれ、頼む」


「わかりました。やめましょう」


 旅商人が下衆な笑みを浮かべながら指を鳴らすと、妻の記憶がはっきりと蘇ってくる。


「てめぇ」


「この奴隷をお譲りする条件は、この奴隷に絶望を与え続けること」


「なっ」


「この奴隷が一つ希望を覚えると、貴方の大事な大事な記憶が一つずつ消えていきます。これから頑張ってくださいねぇ」


 そう言い放った旅商人は笑い声と共に幻の様に消えて、残ったのはアレスだけだった。


「よろしくお願いしますね!」


 ただただ、不気味な少女はそう笑っていた。


 〜〜〜〜〜〜〜


 すぐにでも、殺すべきだった。

 だが、アレスの顔が妻の顔と重なってできなかった。


「あん? 俺に妻なんて居たか?」


 リニアが立ち上がった瞬間、妻との記憶が流れ込んでくる。


「そうだった。そうだった。思い出せた」


 この記憶だけは絶対に渡さない。


 リニアは野蛮の仮面を貼り付けた。


「絶望のお時間だ。クソガキ共」


 驚いた顔をした2人は、すぐにリニアから距離を取る。


「嘘だろ。起きあがんのかよ」


「最悪」


 2人の絶望が、リニアを幸福へと誘う。


「これからはフルスロットルだ」


 リニアはスキルを発動させた。

黄金のオーラを身に纏い、2人に近づく。


「スキルを、使った」


 ヒバナは、リニアのスキルを知っている。


【ラッキーカウンター】

 30%の確率で、受けた攻撃をオートで倍にして返す。


 そして、もう一つ。


【ゲットラッキー】

 幸運を掴み取れるスキルだ。


 このスキルは、リニアの『ラッキーカウンター』の30%の確率というデメリットを打ち消し、確定発動のオートカウンターを発動させることができる。


『無敵』


 それがリニアの二つ名だ。


 妻との記憶が一つ、消えたことを確認し、舌打ちをする。


 記憶が消えた理由はわかっている。


 2人はリニアの『無敵』が孕む弱点を知っているのだ。


 その弱点とはMPの関係上、1日に合計で5分しか発動できないことである。


 いつもは当たる寸前でのみ発動させて、スキルの長持ちをさせている。


 しかし、もう不意打ちを喰らうわけにはいかないのだ。


 あと一度でもリニアが攻撃をもろに喰らえば、完全に意識を失うだろう。


 アレスが逃げ切ってしまうことは、妻への記憶の完全忘却を意味する。


 そして、忘れた後のリニアはおそらくこう考える。


『次の奴隷を探すか』と。


 1番、大切な記憶を失っているのにも関わらず、取り戻そうとも考えずに簡単に諦め、のうのうと生きるのだろう。


 そんなのは許さない。


 だからこそ、リニアは負けない。


 だからこそ、リニアはスキルを止めないのだ。


「耐え抜けば俺らの勝ちだぞ! アレス」


「ん!」


 また一つ、妻との記憶が消える。

 リニアは真っ先にヒバナを狙い、大振りのパンチを繰り出した。


 ヒバナは避けようとしたが、足を滑らせた。


「なっ、まずっ」


 それ故に、リニアの渾身の一撃をモロに喰らってしまい、吹き飛ばされる。


(入った!)


 吹き飛ばされ気絶したヒバナを確認する。


 唖然とするアレスに笑いかけた。


「お前らは、【ゲットラッキー】を【ラッキーカウンター】の補佐としてしか見ていないんじゃないか?」


 どんどん妻との記憶が戻ってくる。


「幸運を掴み取る能力。俺のスキルはむしろこっちが本命だ。運命の神は俺の下僕なんだよ」


 唖然とするアレスに近づく。


(全部、返してもらうぞ)


 しかし、そう思った直後に妻の思い出がまた一つ消えた。


「なるほどなぁ。敵として対峙して初めてわかる効果だ」


 それはヒバナの声だった。


「・・・・・・なぜ、立ち上がれる」


 ヒバナが立ち上がっていた。


 おかしい。

いやずっと、おかしかった。


 なんで、こいつはまだ立ち上がれる?

 リニアが弱っているとはいえ、渾身の攻撃をモロに喰らっているのだ。


 想いが身体を奮い立たせてくれるフェーズはもう、とっくに昔に過ぎている。


 生物的に倒れていないと、おかしいのだ。


「なんなんだ。お前は」


「ただの元奴隷だよ」


 瞳が赤く染まったヒバナが立ち塞がった。

 

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