19話


 アレスが生きている一分一秒がヒバナの逃げ切る確率を上げる。


 だからこそ色んな所に擦り傷ができてしまおうが、痛みなど無視できた。


 少女は立ち上がり、再び駆け抜ける。

警備員たちは民間人に弾を当てたのがまずかったのかこれ以上、撃ってこない。


「待てーー!!」


 地響きのような音とともに主人の咆哮が聞こえて来る。


 少女は階段を必死に這って登り、甲板への扉にたどり着く。

扉を開くと、夜に咲く鮮やかな花が夜空を染め上げていた。


 青、黄色、緑、そして、赤。

無数に上がる花火を見て、少女は思わず手を伸ばす。


「・・・・・・やっぱり、届かない」


 花火は、振動でアレスの胸を高鳴らせ、何度も何度も優しく多種多様な色で暗いところにいるアレスを明るく照らし、そこにあるのに決して届かない。


 まるで誰かの様な風景に、思わず吐露してしまった。


「ヒバナと一緒に世界を廻ってみたかった・・・・・・」


 しかし、その呟きは花火の音でかき消され、天に届かない。

少女の後ろで銃弾の転がる音とリボルバーに銃弾を一つずつ入れていく音が聞こえた。


 アレスは緩んだ表情を引き締めて主人と対峙する。


「ここまでだ」


「そう、みたい。そっちは、ようやく頭が冷えた?」


「・・・・・・お前は賢い。立場を理解した上で、壊れることなく、従順だった。そんなお前がここまで動けるのはなぜだ?」


 主人から見たアレスは、ヒバナの後ろによくくっついているただの女の子だ。


 死を何よりも怖がり、こんな裏切るような真似はしない。


 そんな臆病者だと、主人は認識していた。


「そんなこともわからない貴方なんかに教えてあげない」


「はっ、そうかよ。結構、大事に扱ってやったのに飼い犬に手を噛まれるとはな」


 確かに他の奴隷と比べると少女は比較的にマシな方だった。

飯も食べさせてもらえ、ウェットスーツまで与えられ、かなり恵まれてはいただろう。


「根本から間違えてる」


「あ? なにが」


「私は飼い犬じゃない」


「ガハハハ! じゃあ、なんだってんだよ!!」


「私は! サルベージギルド【焔の花】の副ギルドマスター アレス!」


 主人がそれを聞くと青筋を立てて、銃を向ける。


「調子に乗るな」


 バンッ!!

鳴り響く音。

その正体は、銃声などではなかった。


「クソガキ共がぁ」


 元主人が持つ拳銃を殴り飛ばしているヒバナの姿がそこにはあった。


「え?」


 ヒバナは鉄パイプを振りかぶり、元主人の頭を殴り飛ばそうとするが、太い腕でそれを防がれる。


 咄嗟に腕を蹴り飛ばして、元主人から距離を取った。


「流石にやべぇな」


「なんで・・・・・・」


 ヒバナがここにいては、少女の頑張りが全て無駄になる。


「なんでって。あー・・・・・・、アレスも俺のことわかってないなぁ」


 ヒバナが少女に対して手を差し伸べ、笑みを照らす。


「俺がお前を見捨てて逃げるわけないだろうが」


「そんなの、そんなの理由になってない! このままじゃ、2人とも・・・・・・」


「じゃあ、アレスが逃げるんだ」


「そんなの、できるわけ・・・・・・」


 アレスがそう漏らすと、ヒバナは無理やりアレスの手を取った。


「アレスにできないことが俺にできるわけないだろ。少なくとも俺は自分の命なんかより、お前の方が大事だ」


 アレスは裏切られたような気持ちになりつつも、少し嬉しく思ってしまう。


「さぁ、アレス。覚悟を決めろ。あっちは準備万端みたいだぞ」


 ヒバナの視線の先には拳銃を回収した元主人の姿があった。


「別れの挨拶は済んだのか?」


「あと80年くらいかかりそうだから、待ってくれ」


「馬鹿いえ」


 ヒバナは元主人におちゃらけた態度をあらわにしつつも、アレスに鉄パイプを渡す。


「一応念のため言っとくが、俺たちはもう奴隷じゃない。殺せば、罪に問われるのはあんただぞ?」


「お前らの死体を海に流せば、証拠なんてなくなるさ」


「そうかよ。こんな世界で法に期待する方が馬鹿だったな」


 ヒバナとアレスは背中を合わせて、武器を元主人に向ける。


「ヒバナ」


「なんだ?」


「変なことしてごめんね」


「はん。そんな謝罪は、この戦いが終わった後にいくらでも聞いてやるよ」


「ん」


「行くぞ、アレス。下剋上と洒落込もうぜ!」


 元主人が拳銃を2人に向けた瞬間、2人は走り出す。


 元主人が迷わず撃ち放った1発目の銃弾はヒバナの顔に擦り傷をつけるだけで済んだ。


「ちっ」


 当たらなかったとわかった元主人は舌打ちする。


 ヒバナは元主人に蹴りを、アレスは鉄パイプを振るう。


 しかし、2人の攻撃は片腕だけで簡単に止められた。


「なっ」


 元主人は、タネも仕掛けもない腕力のみで2人をノックバックさせる。


「これは、・・・・・・やべぇなぁ。強い」


「そんなの、私たちが1番わかってる」


「ああ、そうだな! あいつは仮にも俺らが1番近くで見てきたサルベージハンターだ」


 今度は、ヒバナだけが走り出した。


 2発目はアレスの足元を貫通させる。

再び隙を狙ったヒバナは、拳銃に向かって鉄パイプを振るう。


「二度目はねぇよ」


 元主人は軽く避けた。

空を切ったヒバナに向かって蹴りを入れる。


 追撃を受けそうになるが、パンチを入れようとした元主人の後頭部をアレスが鉄パイプで殴りつける。


 良い攻撃が入った。


 そう思わされた。

その間違いがわかるのはすぐのことだった。


 元主人がニヤリと笑う。

追撃に入ろうとしたアレスの首を掴んで持ち上げた。


 アレスを撃ち殺そうと拳銃を向けた。


 しかし、ヒバナは腕にしがみついて射線をずらす。


 それによって、3発目がアレスの髪を貫くだけで済んだ。


 呆気に取られ元主人の握力が緩んだ瞬間に、アレスは手から抜け出した。


 しかし、休む暇などない。


 2人は拳銃を使わせず、尚且つ体術にも当たらないよう攻撃を入れつつも動き回る。


「ちょこまかとうっぜぇな」


 この台詞を引き出したのは、奇跡が塗り重なった結果だった。


 2人に銃弾を避ける技術はないし、簡単にねじ伏せられる力しか持っていない。


 近づけば力に潰され、遠のけば貫かれる。


 一点のミスも許されず、相手のミスを願い続けなければならない。


 乱戦の中、元主人は4発目を外す。


 2人の体からは冷や汗が出っ放しだ。


 やはり拳銃の存在が大きすぎる。


 元主人が使っているのは、コルト・パイソンという拳銃だ。


 その弾の上限は6発であり、元主人はもう4発使った。


「後2発だ、アレス! 気を引き締めるぞ!!」


「ん!!」


 ヒバナがそう叫んだのを聞き、元主人が不思議そうな顔をしてからニヤリと笑った。


「もしや拳銃さえ無ければ、俺に勝てるとでも思っているのか?」


 元主人は腕を大きく振るうと、突風が吹いた。

2人はその突風に吹き飛ばされる。


「しまっ」


 ヒバナが受け身を取り損ね、仰向けに倒れそうになる。


 拳銃をヒバナに向けた。


 アレスはそんな隙だらけのヒバナを抱きしめ転がり、ヒバナを拳銃の射線から外す。


 拳銃の音が鳴る。

2人は無傷で済んだが、元主人は不敵な笑みを浮かべた。


「なっ」


 元主人は、空中に向けて最後の弾を撃ち放ったのだ。


「お前ら如き、銃なしでも勝てるわ」


 嬉しい誤算だ。

遠距離攻撃を無くした今、主人を相手取る必要はもうない。


「逃げるぞ!」


 2人は走り去ろうとした。

本気で逃げれば、確実に逃げ切ることができる。


 2人の勝利が確定した。

そう思ったが、ヒバナには何かが思考に引っかかる。


 傲慢と言ってしまえばそれまでだが、そこまで考えないほど頭が悪くはない。


 ヒバナはふと追いかけてくるはずの元主人を見た。


 それによって、気づいてしまった。

弾がもう無いはずの拳銃の銃口をアレスに向けていた。


「アレス!!」


 ヒバナが気づいた頃には、もう遅かった。

しかし、アレスの肩から血の花が咲いたのだ。


「はぁ、つまらんな」


 ヒバナはアレスに駆け寄り、血を抑えた。


「失敗した失敗した失敗した失敗・・・・・・した。どうして気づかなかった。あいつは、5発しか撃っていなかった!」


 心当たりはただひとつだけ。


 アレスがヒバナを転がして躱した時のことだ。

 あの時、2人はどちらも元主人が銃を撃った姿を目視していない。


 2人は集中していた。

それこそ、弾を1発も当たらないように、全集中を使っていた。


 だから、花火の音と銃声を勘違いしてしまった。


 いや、勘違いさせられた。


 元主人はブラフを張ったのだ。

弾を確実に当てるために。


 長年、サルベージハンターとして生き残ってきた主人の経験を舐め過ぎていた。


「まずいまずいまずいまずい」


 唯一、勝っていた手数が消滅し、アレスは撃ち抜かれてしまったからもう逃げることもできない。


 震えるヒバナの手をアレスは握る。


「ヒバナだけなら逃げられる。でしょ?」


 しかし、アレスは思ったよりも冷静で、むしろ撃たれたのが自分でよかったとすら思っていた。


「ほら行って」


 どんどん元主人が2人に近づいてくる。


「くっそ」


 ヒバナは逃げ出した。

そんなヒバナの後ろ姿を見つめながら、微笑む。


「どういう気分だ?」


「気分も何も、元からこういうシナリオだったし、ヒバナが逃げ切れればそれでいい」


「はん、まぁいい。ヒバナは見逃してやるよ」


 アレスは少し驚いた顔をしたが、すぐに微笑みへと変わる。


「ありがと」


「・・・・・・笑うな」


「え?」


「まぁいい。死ね」


 元主人が腕を振り上げた。


 鈍い音が鳴った。












 しかし、腕は振り上がったままだ。


 ヒバナはアレスを抱えて、元主人から距離を取る。


「うん。まぁ、知ってた」


「はは! だろうな」


「でもいいの? 私は足を引っ張る。やるなら1人だよ?」


「安心しろ、1人で倒してやる。俺の勇姿に惚れるなよ?」


「・・・・・・ふふ、惚れないよ。頑張って」


「ああ!」


 ヒバナは、元主人の前に立ちはだかる。


「じゃ、第二ラウンドと行こうか」


 ヒバナは再び、走り出す。

ヒバナに向かって喰らわせようとしたパンチを、はらりと躱した。


「お前のパンチは、見飽きてんだよ!」


 元主人には長年に渡り、何度も殴られてきた。何度も蹴飛ばされた。


 元主人が1番多く攻撃した相手は、間違いなくヒバナだ。


 そんなヒバナだからこそ、元主人がどの様な動きをするか。しようとしているのかが、手に取るようにわかる。


「おらぁ!」


 ヒバナは一瞬の隙をついて頭に鉄パイプを喰らわせる。


 その衝撃で元主人が足元をおぼつかせ、倒れそうになる。


「チャンス!」


 追撃を入れようとしたが、その行動が致命的なミスとなる。


 ヒバナの身体は、吹っ飛ばされていた。


「ガキ相手に使うのは忍びねぇが、そうも言ってられなくなった。すまんな」


 吹っ飛ばされたヒバナを、元主人は嘲笑う。

 何をされたのかが全くわからなかった。


「スキル・・・・・・か」


「正解だ」


 ヒバナは立ち上がる。


「寝ておけばいいものを」


「なぁ、一つ聞いてもいいか?」


「あ?」


「お前はなぜ、俺たちの前で。いや、アレスの前で野蛮を演じる?」


 元主人はニヤける顔が嘘のように収まった。


「・・・・・・それ、今関係あるか?」


「いや、な? アレスは今どこにいるんだろうなぁって思ってな」


 元主人はアレスの方を慌てて見ると、そこにはアレスがいなかった。


「なっ、どこに。・・・・・・危な!」


 元主人は、ヒバナが投げた鉄パイプを寸前で躱す。


「あー、畜生。なんで、避けれんだよ」


 元主人がヒバナを睨みつける。

ヒバナは元主人の方向へと指を差した。


「やっちまえ! アレス!!」


 投げられた鉄パイプを握りしめたアレスが、元主人の背後を舞っていた。


「はぁあああ!!!」


 振り返ろうとする元主人の頭を殴り飛ばす。


「く・・・・・・そ・・・・・・・・・・・・が」


 元主人が、倒れ込んだ。


「「よっしゃあ!!!!!!!」」


 2人の勝利の遠吠えが鳴り響いた。

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