17話

 花火の音で目が覚めた。


「そういえば、今日だった」


 外からはたくさんの人の声が聞こえてくる。

瞼をこすりつつ、周りを見渡すとヒバナがいない。


「……」

 

ドンドンドンドン


 脆い扉が壊れそうなくらいに叩かれる。

アレスは扉の向こうにいる人物が誰か察し、扉を開けた。


「来い」


 やはり、主人が心底いやそうな顔で出迎えてきた。

 アレスは扉に頭をぶつけないように慎重に外に出る。


「飯だ」


 アレスは鎖のついた首輪をつけられて引っ張られる。


 痛いのは嫌なので、黙って主人についていく。


 ほとんど、いつも通り。


 ヒバナは夜食が与えられないため、自由行動が与えられている。


 ただ、いつもは食卓まで着いてきてくれるヒバナがいないことだけだ。


(ヒバナに嫌われちゃったのかな)


 当然だ。友人の死を止めようとしたヒバナを邪魔したのだから。


「お母さん! 今日はたこ焼きがいい!」


「いいわよぉ〜。どんどん食べなさい」


「うん!」


 アレスは立ち止まってその親子を見ていると、主人に首輪を引っ張られる。


『花火大会は19時ごろ、予定通り開催されます。皆さん存分に楽しんでいってください』


 その放送を聞きながら、アレスは主人の隣の地面に座る。


 アレスの首には首輪が付けられており、そこから延びる鎖が机のフックに繋がれていた。


 まるで、犬のように扱われているが周りにも同じように奴隷を扱っている人々がいて、特別ひどい待遇を受けているのではないことがわかる。


 これが常識なのだ。


「ほら、餌だ」


 魚のいらない部分を潰してできたような残飯が犬用の皿に入れてあった。


 アレスは、表情を変えずに手で食べる。


 主人は魚のステーキにタレをふんだんに使って見せつけるように食べてくるが、アレスは見ないようにして手で残飯を食べる。


 牛の肉は貴重だ。何時でも獲れる魚と違い牧場でなければ牛を育てられない。

この船には一つの階層が農場となっていて、そこで農奴が毎日働き、作物を作っている。


 端から端までかなりの広さをもつ大型船の一層丸々、農場になっており奴隷が、重い作物をフラフラとしながら、持ち運ぶ。


 水も他の奴隷と同じくらいの量しか与えられず、脱水症状になる者が大勢出る。


 そのため、作物用のスプリンクラーの水を隠れて飲み、毎日を耐える。


 農奴はそんな生活をしていた。


 人間にとっては天国。奴隷にとっては地獄。この地獄に住むアレスは、


(まだマシな方)


 そう考えると、残飯の握る力が強くなった。食べる勢いを早くして飲み込み出そうな涙を堪える。


(でも、私だって…………)


 そんな強欲な考えが主人の声によって打ち消されてしまう


「それが食い終わったら、俺の部屋に来い」


 アレスは手に持った魚の何かを落としてしまった。


「返事は!!」


「……はい」


 普段は頑なにアレスを部屋に入れようとしない。それは奴隷で汚い身分だからだ。


 それなのに部屋に来るように伝えるということは。


 アレスは子供の体からずいぶんと成長した。そういうことができる体に……。


 アレスの手が震える。自分は手を出されないと心のどこかで思っていた。


 油断していたのだ。


 主人が食べ終わると、アレスの首輪の鎖が引っ張られる。


「行くぞ」


 頭の中が白く染め上げられる。

すべてを奪われ転がっていた奴隷部屋の同僚たちを思い出す。


 あれはもはや、生きているとは言えない。自分も今からそうなること。


 頭にその想像がよぎった瞬間、逃げようと主人が持つ自分につながれている鎖を引っ張った。


「いや!」


「歯向かうな! このガキが!」


 主人に抵抗した。体の震えが止まらない。

よぎるのは一人の少年の顔ばかり。


 ポーカーフェイスを保ってきたそのアレスの表情がどうなっていたのか自分ではわからない。


 アレスは、引っ張られ体が引き摺られる。


「やめて!!」


「暴れるな! おとなしくしろ」


 主人が拳を振り上げた瞬間、目の前に人影が現れた。


 前から鈍い音がする。

アレスは恐る恐る、反射的に瞑ってしまった目を開くと、目の前に少年がいた。


「ひ、ヒバナ」


「アレス。懐中時計、返すの忘れてたわ」


「え?」


「ほれ、あとこれ土産な」


 ヒバナはそういって、懐中時計と狐のぬいぐるみをアレスに渡す。


「プレゼントだ」


 危機的状況だというのに素敵な笑顔で、アレスに話しかける。


「今、お前に要はねぇんだよ!」


 ヒバナは主人を睨みつける。

 

「嫌がってるだろ。アレスを離せ」


「あ? お前、何やってんのかわかってるのか?」


「離せって言ってんだろ!!」


「奴隷が生意気な口聞いてんじゃねぇよ!!」


 主人がヒバナを殴り飛ばし、机にぶつかる。


「ぐっ。俺らはもう奴隷じゃねぇ」


「なに?」 


「身代金は払い終わったからな」


 奴隷でないことを証明する書類を主人。いや、主人だったリニアに向ける。


「な! お前らまさか、俺らの遺物をちょろまかして」


「あんたらの遺物には手を出してない。これは、死んだ俺の仲間からの贈り物だ」


 リニアは、額に筋を入れていた。

再び、ヒバナを殴り飛ばす。


「ヒバナ!」


「関係ねぇ。お前らは俺のものだ」


「ハッ」


 その唸るような声に、ヒバナは鼻で笑った。


「あ?」


「あんたはハンターとして二流だ。全然、拳に力が入ってないぜ。一流のハンターと

比べてな」


 主人が殺しそうな勢いでヒバナのことを睨む。しかし、ヒバナは物ともせずにアレスの前に立ちはだかる。


「アレスを解放しろ」


「てめぇ」


 ヒバナは再びリニアに殴られる。


「!!!」


それでも尚、立ち上がるヒバナにリニアは若干、動揺する。


「ハ、ハハハ、丁度いい。俺の仲間からお前らを殺してくれと頼まれたばかりだ。楽しんでから殺すつもりだったが、気が変わった。死ね」


 そうして、銃を向けられてから、アレスはようやく気づいた。


 ヒバナはさっきアレスのできなかったこと、止めたことをやっている。

仲間のために、叶うはずのない相手に立ちはだかっているんだ。


(やっぱり、カッコいいなぁ)


 少女は、少年の肩を叩く。


「安心しろ、絶対に守る」


 これが英雄の器なのだろうか。人のために自分の命を簡単に賭ける。


 難しいことを簡単に言い、簡単に実行へと移してしまう。


 さっきの言葉が、リニアの耳に入ってしまったのか、顔が真っ赤になった。


「この、ガキいいいいい」


 リニアは銃取り出して、銃口をヒバナに向けた。


「ヒバナッ!」


 アレスがそう叫んで、ヒバナを押し倒す。

背中を掠る銃弾。そこでアレスは全てを察する。


(本気で殺す気……)


 じゃあ、やることは一つ。


「……ヒバナ」


「アレスッ! 大丈夫か!」


 ヒバナが立たせてくれる。

そんなヒバナの頬にアレスは短くキスをした。


「え」


「(昨日のサルベージハンターのフェリーがここに来てたでしょ? そこに身を潜めて。後で合流しよ?)」


 ヒバナは信じられないとでも言いたげな顔をしていたが、アレスは反対に満足げな顔をしていた。


「びっくりしすぎだよ、ヒバナ。あとこれあげる」


 決意を決めた少女は、ヒバナに懐中時計を握らせ、銃声から逃げ惑う群衆に押し込んだ。


「【絶対、船内で待ってて!】」


「お、おい!! アレス!!! おぃ!!! ぉぃ……」


「……ばいばい、ヒバナ。……そして、臆病な私」


 ヒバナの戸惑いの声はすぐに群衆の海へと揉み消されてしまい、アレスは自分の顔を触る。


(変じゃなかったかな。ヒバナに向ける最後の笑顔……)


 力を振り絞り、自分についている鎖をアレスの予想外の行動に呆気取られているリニアから奪い取る。


 ヒバナを守ると覚悟を決めたおかげか、体に縛る物はなく、体が自由に動いた。


 昼間に殴られた跡が痛み、追いつかれそうになるかもしれないという恐怖に蝕まれる。


 アレスは大きく息を吸い込んだ。


(私の命、すべて使って時間を稼ぐ!!!)


 さっきまでの絶望が嘘のように、力が湧いてくる。むしろ、絶望すらも心地が良い。


死にたくないという思いが、ヒバナを助けられる可能性を増やす。


「今なら何でもできる気がする」


 リニアがヒバナを追うか、少女を追うか迷っているのが目に入り、少女は立ち止まってリニアに向かって振り返った。


少女は深く息を吐き、テーブルの上に立つ。


(セーナ。私に奇跡を頂戴……)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「え? 男の子が重傷を負いそうな言葉が知りたい?」


「ん」


「ヒバナに言いたいんでしょぉ?」


「最近、背が小さいことでいじってきて腹が立つ」


「そうねぇ。……いい言葉があるわ」


 セーナは、私に悪い顔でそう私に教えてくれた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ご主人の……粗◯ーーーン!!!!」


 少女は男なら誰でも傷つくという言葉を叫んだ。すると、周囲はざわめき主人に嘲笑を向けられる。


「くす、粗◯ンってあんな小さい子に言われる大きさって」


「あれって、結構有名なサルベージハンターだよな。うわー、あんな小さい子に手を出してたのか。なんか、がっかり」


 周りの嘲笑がリニアの耳に入るたび、主人の顔の赤が深まっていく。


『あははははははは! 頑張れ。アレスちゃん』


 セーナの笑い声が聞こえた気がして、後ろを振り返るが、そこには誰もいなかった。


だが、その声は幻聴だろうが関係なかった。アレスを勇気づけるにはには十分過ぎた。


 アレスはもう花火を打ち上げてしまった。

打ちあがった今、花を咲かせるか不発で堕ちるかの、2択のみ。


「見ててね、セーナ。私の一世一代の大立ち回り」


 足の震えも収まった。今夜、少女は勇者となる。


 アレスは、リニアに向かって下瞼を引っ張り、舌を出す。


 その瞬間、リニアの額から血管が浮き出た。


「食いついた!」


 途中の道にいたサルベージハンターたちの間をかき分けて走る。


(この言葉を教えてくれてありがとう、セーナ。私もすぐ行くからね)


 これで、リニアの標的はアレスに絞られた。


「待てクソガキーーー!!!」


 振り返ってはいけない。振り返ってしまったら、おそらく少女は腰を抜かしてしまう。


 再び震えが体を蝕み動けなくなってしまう。


 鬼のような声が聞こえないよう耳を塞いで走る。


(ほかの奴隷には虐められ、リニアには痛みつけられ、親には捨てられた。そんな私をヒバナはいつも守ってくれた)


 色んな人にぶつかり、騒ぎが大きくなっていく。


 船の甲板まであと少しのところで騒ぎを聞きつけたのか警備員が立ち塞がってきた。


 少女は本能的にスライディングでその警備員達の股の間をくぐり抜けた。


(私は甘えていたんだ。あまりにも優しい彼に)


 少女は両手を地面につかせて、ジャラジャラと少女の邪魔をする鎖を抱きしめて立ち上がり、再び走る。


(彼は勇敢だった。首輪を嵌められても尚、自由だった)


 警備員たちはこれ以上、騒ぎを起こしてはいけないと判断したのか、銃を取り出し少女に向けた。


 少女の足はその恐怖につまずいてしまう。

すると銃弾が少女の上を運良く通り過ぎた。


(これは、命がけの恩返し)

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