15話

 二人は立てるぐらいまで回復したため、自分たちも自室に戻ろうとすると、女性の悲鳴が聞こえた。


「死ねぇ!!」


 男の声。誰かが襲われているようだ。周りに人はいるが、誰も見向きはしない。


 奴隷にとっては日常茶飯事なことだから、もう誰も驚かない。


 それにみんな自分のことで精一杯なのだ。他人を助けて、自分を貶めるくらいなら、誰でも他人を見捨てる。


 そう。見知った者の声でなければ、


「なぁ、今のって」


「セーナの声」


二人は走ってその悲鳴元に向かい、悲鳴のあった部屋を覗いた。


 アレスは恐る恐る、扉の隙間に目をやると乱雑に服が置かれて片付けられていない汚部屋と化していた。


 セーナが何かに向かって、服を投げる。


(なぜ、セーナの主人が、セーナの部屋に?)


 そんな考えはすぐに消えた。

彼女の主人が興奮した顔でナイフを持ち、セーナに近づいている。


「っ! くっ」


 アレスは鎖に縛られたように足が動かなかった。今助けても、次の標準が自分になる。


 声を出しそうになったけれど、ヒバナが口を押さえてくれていた。


 ヒバナが助けに向かおうとするのを引っ張って止める。


「(絶対ダメ)」


「(今行かなきゃ、殺される!)」


「(今行ったらヒバナが殺される! セーナなら何とかな……)」


 そう二人が悶着していると、ぐさりと抉るような音が聞こえた


「え」


 彼女の主人がセーナに跨り、光悦そうな顔をして何度も何度もナイフで刺していた。


「ひっ」


 アレスは声を出してしまい本能的にまずいと、感じ取った。


「誰だ?」


 その男の声から二人は咄嗟に口を押さえ、隠れる。

男は血を垂らすナイフを片手で持ち、さっきまで2人がいたドアを開く。


 アレスはその男の顔を見てしまった。

快楽に満ち、飢えた目をギラつかせた獣の顔に血が付着している。


 アレスにはそれが人間とはとても見えず、どんな化け物よりも恐ろく感じられた。


 叫びそうになる口をヒバナが抑えてくれる。


「どこだー?」


 そいつがドアを開けると同時に、ドアの陰へと隠れる。


「あん?」


 そいつは返り血を垂らしながら、辺りを見渡す。

2択。そいつが右に行くか、左に行くか。


 神に祈っていると、2人の反対方向から微かに足音がした。


「そっちか!!」


 そいつは反対方向へと走っていく。


「行ったか。……セーナ!」


 ヒバナはセーナの傷口を抑える。


「ヒバナ? っ痛」


「くそ、アレス! そっちの傷口を……」


 そうヒバナが振り向くと、アレスは息を早くしながら座り込んでしまっていた。


「ア、アレス? って、セーナ!?」


 セーナはズタボロの体を起こして、立った。


「セーナ!! だめだ!!! 今はまだ寝てなきゃ」


「いいえ、私はどっち道死ぬわ。だから、最期の時を貴方達に使わせて頂戴」


 セーナはもう動かないはずの体をふらつかせながら、アレスの元へと向かう。


「はっはぁははっははっ」


「アレスちゃん。大丈夫よ、落ち着いて」


「わた、私、セーナを、、、セーナを」


 セーナはアレスを優しく抱きしめた。

セーナの体温はいつもより温かく、いつもよりアレスを目一杯包み込んだ。


「はっはっ、ぁはぁ」


「そう、その調子でゆっくり呼吸して」


「はぁはぁはぁ、……セーナ?」


「うん。そうだよ」


「私、セーナを……」


「大丈夫よ。その代わりにヒバナが死んだとしたら、私は一生後悔することになっていたわ。ヒバナを止めてくれてありがとね」


 自分の血で塗り尽くされたセーナの姿を見て、もう助からないことを悟ってしまった。


「そこの引き出しに、カードが入ってるわ。そこには100万以上、振り込んである。暗証番号は0817よ。……それを使って、ここから逃げ出しなさい」


「セーナも一緒に……」


 セーナが霞む瞳を、ヒバナに向ける。


「っ」


「ヒバナも来て」


「……ああ」


 黙ってセーナに体を預け、抱擁される。


「ヒバナ」


「なんだ?」


「貴方は強くなりなさい。アレスちゃんのこと守れる様に」


「ああ」


 ヒバナの頭を撫でる。


「アレスちゃん」


「ん?」


「貴女は知恵を磨きなさい。ヒバナのことを支えられる様に」


「ん」


 アレスの頭を撫でる。


「うん、言いたいことは全部言った」


 そういうと、セーナは2人を強く抱きしめる。


「あっ! 一つやること忘れてた」


 セーナは2人を離して、その両手を2人の額に押し付ける。


「はぁあーーーー。っと」


「なにしたんだ?」


「魔法をかけたわ」


「なんの?」


「ふふ、幸せになる魔法」


「いい魔法だな」


「お母さんにかけて、もらった、の。効果は、期待、して、、いいわ」


 セーナは再び、抱きしめる。

弱く、儚く、最期の力を振り絞って、抱きしめる。


「2人とも、……大好き」


「俺も、セーナのこと大好きだ」


「私も、セーナのこと大好き」


 そんな三人の間に水を差すようにコツコツと足音が聞こえた。


「さぁ、行って。2人とも」


「でも!」


「私の最期のお願い」


 アレスとヒバナは、少し迷った末に駆け出した。


「ごめんね。ヒバナ……。ごめんね。アレスちゃん」


 二人がいなくなった後、セーナは全身の力を抜いて天井を見る。

もう痛みは感じない。それでも力が入らなく、落ちる様な感覚に襲われる。


「これが死ぬってこと、かぁ」


 そうつぶやくと、足音の主が現れた。

その姿はセーナの主人ではなく、セーナのよく見知った人物だった。


「まさか、最期にあなたと会えるとはね」


 もう耳が麻痺していて何も聞こえない。ちゃんと喋れているかもわからない。

しかし、その人物の慌てふためくような顔が面白くて、そんなことはどうでもよかった。


「あの子達を、よろしくね」


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