9話
二人はいつの間にか乾いたスーツと桶を抱きしめて持ち、階段をゆっくりと一段一段降りる。
「それにしても、懐中時計見つかんなかったな」
「多分、海に落ちちゃったんだと思う」
「残念だったな」
懐中時計は、アレスが家族にもらった唯一の物だ。
ヒバナもそれを知っているため、少し気まずい空気が流れる。
別に、無くなったら無くなったで、意外とどうでもよかったな。とか考えていたアレスは申し訳なく感じ、無理やり話題を変えることにした。
「それにしても、初めて見た。サルベージハンターの戦い」
「ああ」
「あれが、ヒバナのなりたいものなんだよね」
「……」
「ヒバナ?」
いつもなら、夢に関連した話をすると、空気何て吹っ飛ばして聞いてもない範囲まで語ってくるはずだったので、回答が沈黙と言うパターンは初めてだった。
「あのさ、……いや、なんでもない」
アレスは、首を傾げるがそれ以上は問わない。
「聞かないんだな」
「言いずらいなら、待つ。ヒバナもそうするはず」
「そうだな」
ヒバナの瞼の裏には英雄の姿が焼き付いて離れない。
目を擦ろうとしても、絶対に落ちない憧れ。
アレスに理解してもらえば、それは洗い落とせるんじゃないだろうか。
いや、落とせる自信がある。諦める決心をつけられる。
だからこそ、アレスにはいいずらかった。
しかし、セーナは準備を進めてくれている。
言わなければならない。
「やっぱり、ちゃんと言うわ」
「もしかして、告白?」
いつも通りのアレスを見て、ヒバナは少し安心してしまった。
「違うわ!! って、いや、合ってるか」
「え?」
「俺さ、サルベージハンターになるの、辞めようと思う」
「…………は? え?」
いつもクールなアレスの狼狽える姿は、かなり久しぶりだった。
もともとは、かなり陽気で色々な人と仲良くなりたいタイプの、極々普通の女の子だった。
そんな性格が変わったのは、ヒバナが夢を語ってからだった。
環境のせいでもあるが、彼女なりに考えて変わったのだ。
少しでも、ヒバナを支えられるように、と。
「辞めたんだ。サルベージハンターを目指すのは」
「え、え?? なぜ?」
「身代金も就職先もなんとかしてくれる人がいるんだ。サルベージハンターになる夢を諦めるだけでいいんだ。こんな生活を抜け出して、わざわざ危険な目にあう必要はないんだ。今日みたいなことにはならない安全に生きようぜ」
アレスは、目を逸らし続けるヒバナを見つめる。
「だからなに? ヒバナの目標はサルベージハンターだったはず。奴隷の身分から抜け出すのはただの前提条件。最終目標は、間違っちゃいけない」
「それに……」
「我慢するとき、諦める理由をこじつけるのはヒバナの悪い癖」
「だけどな」
「ヒバナは、頑張ってた。訓練も理不尽も耐えて、夢を掴むためにお金もそれなりに貯めることだってできた」
「だけど、安全に生きれる方が絶対いいだろ」
「じゃあさ、いつも私に語ってくれた夢は全部、嘘だったの?」
「それは……」
「いつもの我慢とはわけが違う。その夢は、ヒバナにとっての希望なんだよ」
「違う。俺の希望はたった一つ。アレスだけだ。アレス、頼む。……わかってくれ」
そうヒバナが漏らすように言ったら、アレスとヒバナの間に沈黙が流れる。
「ッ」
ヒバナはそこで初めてアレスの顔を見た。
「……もしかして、私のせい?」
「違う!!」
声を荒げて否定するヒバナを見て、アレスは答えを察してしまった。
「本当に、嘘つき」
「アレス……」
「バカ」
瞳に涙を溜めたアレスが、そう呟いた。
ヒバナはいつもと違うアレスの姿に、体が固まってしまう。
「どうすりゃ、いいんだ」
アレスは、昔はよく涙を零していた。
しかし、奴隷の歴が長くなれば長くなるほど、その涙は枯れていった。
最後に見たアレスの涙は、思い出せないほど前のことになる。
そんなアレスを泣かせてしまった。
「何やってんだ。俺」
「お悩みかな。色男」
その声の元には、リヴァイアサンを圧倒していた男がそこに立っていた。
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アレスはヒバナと別れた後、真っ先にセーナのところに向かった。
「修行をつけてほしい?」
「ん。お願い」
「また急ね」
「強くなりたい」
「……そう」
セーナは少し困った顔をしたが、すぐにアレスへ笑顔を向けた。
「サルベージハンターは、海の中での活動がほとんどよ。海の外で動くのとはわけが違うわ。だから、体力を鍛えましょう。まずは、100kmのランニングをしましょう……なーんて」
言い終わる前に、アレスの姿は消えていた。
「あ、あれ? 嘘でしょ、本当に行ったの?!」
セーナは、アレスを探しに走る。
いつも走りなれている者ならともかく、ランニング初心者がいきなり100kmを走りぬくのは無理だ。
奴隷なんて、ほとんどの者が借金が返せなくなったか、犯罪に手を染め、堕ちたクズばかりだ。
もしも、顔の整った少女が道端で倒れているところを目撃すれば…………。
「考えたくもない。……変なこというんじゃなかったわね」
アレスも馬鹿ではない。普段なら、倒れる前に諦めるだろう。
いや、そもそも走ることすらしなかったはずだ。
セーナは普段と違うアレスの様子に気が付くべきだった。
アレスたちをサルベージハンターにするつもりなど、一切ない。
だから、絶対に無理とわかるトレーニングを提示することによって諦めさせる。
そういうつもりだった。
しかし、アレスの意思は固かった。
「もしかして……。ああ、もうどこにいるのよ」
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