8話

「いつも、ありがと」


「いいって、いいって。まーだ、子供なんだからそんなこと気にしないの」


「ん」


「手伝おっか?」


「ううん。大丈夫」


 スーツを洗うと傷が染みて痛むが、自分の仕事までやらせるわけにはいかないとスーツを揉む。


「……最近物騒だからさ、なんかあったら私のこと呼んでね」


 アレスは思わず、手を止めた。


「なんで、そこまで私たちに良くしてくれるの?」


 セーナと初めて出会ったのは、セーナがサルベージハンターだった頃だ。

 セーナと一度、サルベージを共にしただけの関係だ。


 よく気にしてはくれたが、これ以降会うことは二度とないと思っていた。

だけど数日後、「借金が嵩んで奴隷として売られたー」と笑顔で2人の目の前に現れたのだ。


 しかし、ある程度セーナを知った今ならセーナが借金するタイプではないことがわかる。


 セーナは2人の母親のような役割をするために奴隷に身を堕としたのだと推測できてしまう。


 人生を捨ててまで、なぜ私達の前に現れてくれたのか

そう興味本意で聞いた。


 しかし、


「……」


 セーナは少し俯いてしまう。

アレスはそこで失言に気がついた。


「失言だった。他人行儀みたいな聞き方」


「ああ、いいのいいの。私ね、サルベージハンターになる前も奴隷だったのよ」


 やらなくていいと言ったはずなのに、洗濯を始める。

アレスはセーナの顔を見ると、寂しさと後悔が混ざり合った儚さが浮かんでいた。


「私もアレスちゃんとヒバナみたいな関係のパートナーがいたのよ」


 セーナが持っていたペンダントを開くと、そこには三人組の写真があった。

 満面の笑みを浮かべるセーナであろう女の子と少し拗ねたような表情をしている黒髪の男の子、二人の保護者感が強い大人っぽい男の子がそこに写っていた。


 その写真を眺めると、セーナの顔が緩んだ。


「似てたんだ、ヒバナとアレスちゃんが私たちに」


 セーナが写真に縋るように、額を押し付ける。


「あの頃の私ができなかったこと、してあげられなかったことを、2人にやらせてあげたい、やってあげたいって思ったんだ」


 セーナが困ったような顔をしながら、こっちを見る。


「迷惑かな?」


「いつも感謝してるし、大人の中じゃ一番、信頼してる」


「ありがと」


 アレスが、写真の人物を見て首を傾げる。


「あれ、この人、ショウ・ウィング?」


「え! 知ってるの!?」


「なんか、ヒバナが見てた本に載ってた。今、一番にノリにノってるギルドのマスターだって」


「私たちは別々の道を行くことになったけど、あなたはヒバナとずっと一緒にいるのよ? じゃないと一生、後悔するわ」


 セーナはペンダントを握りしめてそういった。


「……わかった」


「よし。じゃあ、私いくね。実はご主人様に呼ばれてるんだ」


「忙しい中ありがと」


 セーナが奥へと消えていくのを見送ってからスーツを洗う手を再び動かした。


 しばらく経つとようやく洗い終わり、スーツについた泡を今月分の水を全部使って洗い落とし、スーツを持つと、重さでよろけてしまう。


 アレスは甲板へと上がる。

 扉を開けると、雲一つない空がアレスの白い肌を照らし、薄く発光させた。


 近くからは笑い声と水が跳ねる音が聞こえた。おそらくプールだろう。

 楽しそうな声を聞きながら甲板にある手頃な場所を見つけ、紐を括り付けて、スーツを干す。


「あっ、いたいた。手伝うぞー」


「……なんで、寝てない?」


 キッとアレスがヒバナを睨むと、ヒバナの足が止まった。


「ご、ごめんって。それよりも、ほれ」


 ヒバナが水で濡らしたタオルでアレスの背中を冷やす。


「なにやってるの?」


「……意外と大丈夫そうだな」


 怒るアレスを余所に、ヒバナは隣に座る。


「疲れたなぁ。今日」


「ん」


 二人は息をつき、空を見上げる。


「……」


「……」


 青空には船と共に飛ぶカモメが船から逃げるように去っていき、一定のリズムの波が船を揺らす。


 少女はそんな中、カモメを眺めて、それに向かって手を掲げた。

そんなアレスを見てヒバナの鼓動が大きくなり、ヒバナは自分の胸を不思議そうに触る。


「なぁ、アレス」


「ん?」


「絶対ここから抜け出そうな」


 例え、アレス達がこの船から逃げれたとしても、海が二人を逃さない。

 波が二人を攫い、水中生物が二人を襲い、流れる時間が二人を飢えさせるのだ。


 海からは逃げることなど不可能。

 子供にはこの広い海が、どうしても監獄にしか見えない。


 だから、身代金が必要だ。


 制度上、自分の分を買い戻すことができれば可能だが、奴隷は稼ぐことの不可能だ。

だから、大半の奴隷は、『死』による解放しかできない。


 それを承知でアレスは頷く。


「ん。ヒバナは抜け出せたら、自分のギルド作るんだもんね」


「……ああ。そういえば、アレスの夢ってなんだ?」


「お嫁さん」


「は?」


 ビシャーーーン


 唐突に水が地面にたたきつけられる音が鳴り響いた。

その水は2人を包み込み、服を濡らす。


「冷たっ」


 目を擦り、水をかけた犯人を確認すると先ほど声をかけてきた二人の姿があった。


「あらあら、自分達用のスーツまで買ってもらっちゃってぇ。いいゴミ分ね」


「イントネーション違う……」


「アレス。多分わざとだから」


 後ろからついてきた奴隷2人がそれを見ると詰め寄ってくる。


「私はダイビングのお供として買われた身。スーツは必要。これはご主人様のお古」


「だからなに?」


「……」


 2人の雰囲気が変わった。


「それを寄こしなさい」


「できない」


「なんでお前らなんかに渡さなきゃいけねぇんだよ」


「じゃあ、死ね!!」


 ヒバナは飛び上がり臨戦体勢を取るが、アレスは立ち上がれなかった。


(背中が痛い?)


 アレスは背骨を触ると少し膨らんでいることに気がついた。


(折れてはないけど……)


「やっぱ、怪我してんじゃねぇか。動きがいつもより鈍かったからすぐわかったぜ」


 そういってヒバナはアレスを支えた。


「だめ、逃げて」


「バカが。船長は船員を置いて逃げない」


「だめ」


「イチャコラしてんじゃねぇぞ!!」


 女の人とはいえヒバナの体の3倍の大きさはある奴隷二人にヒバナは立ちはだかる。


 到底勝てるようには思えない。


 しかし、その小さな体はとても頼もしかった。


「名はヒバナ、妹分を守る為、お前らをボコすことを宣言する!!」


 ヒバナが憧れているといっていたサルベージハンターの台詞文句。

 ヒバナは2人に飛びかかり、蹴りをいれようとしたが、所詮は子供の力。


 受け止められ、もう一人がその隙にヒバナを殴り飛ばす。


「あははは、あんなにイキってたのにダッサぁ」


 そういって、倒れるヒバナに蹴りを入れる。


「やめて!」


 そんな言葉は届かず、低い音を鳴らしながらヒバナに蹴りを入れる。


「【やめて】!!」


 アレスが再びそう叫んだ瞬間だった。


 グォオオオオオオオオオオオオオォオ


 その唸り声の持ち主は化け物だった。

 その顔は、竜のような見た目をしており、空中を大きく舞う。


「海獣……?」


 その姿はとても美しい。

 圧倒的捕食者の生物的威圧。体が逃げようとするも、それを上回る生物の完成形ともいえる海洋生物の美しさに魅入られてしまう。


「リヴァイアサンだと……なんでこんなところに」


「き、きゃあああああ!!」


 ヒバナを袋叩きにした奴隷二人は、走って逃げだす。


 リヴァイアサンは大きく口開け、迫ってくるもいまだに二人は万全には動けない。

 その口には、岩のような歯がぞろりと並んでいた。


 こいつを前に、生きていられる未来など見えない。


「あ、死ぬ……」


 脳がマヒしたような感覚に横やりを入れられる。


「アレスちゃん! ヒバナ!」


 その声の正体はセーナだった。

セーナの首元のネックレスが緑に光るとセーナ自身が加速し、閉じる前のリヴァイアサンの口から二人を助け出した。


「「きゃあああああああああああ」」


 同じく甲板にいた奴隷二人はリヴァイアサンの胃の中へと消えていった。


「ごめんね。二人助けるのが限界だったの」


 悲しそうな顔でセーナが呟く。


「あ、ありがとう。セーナ」


「ありがと」


「まだ安心するのは早いわ」


 リヴァイアサンの体長は、この30階層ある大船を超えているため、エサは人間2人だけで済むはずはない。


 リヴァイアサンは口を開くと、そこから光線のようなブレスが発せられた。

セーナはぎりぎりで避けるが、ブレスが過ぎ去った場所に穴が空く。


「やばいなあれっ!」


「ヒバナ! 舌噛むよ」


「あ、わりい」


 船に傷がついたことで、船全体に警報が鳴る。


『緊急事態。緊急事態。リヴァイアサンが出現。ハンターは甲板に集まってください』


 その警報が鳴ると同時に銃声が鳴る。

そこには、ギルドフェリーがあった。


「大将!! 何やってんねん。この船を守る義理何てあらへんぞ!」


「いいから応戦しろ」


 リヴァイアサンの視線がセーナから鬼の面をかぶった男に移る。

 鬼の面をかぶった男はセーナの姿を見ると、少し寂しそうなうれしそうな顔をしていたが、それにセーナは気づかなかったようだ。


「もう大丈夫だよ」


「ありがと。セーナ」


「ありがとう。セーナ……」


 セーナは二人の頭を撫でると、微笑む。


「そのペンダント、魔法宝具だったんだな」


 この世界では数多の時代で数多の技術が栄え、滅んでいる。

インターネット文明もその一つだ。


 再現不可能と言われる技術、宝具と言われるものが海底に潜んでいる。

 世界中のサルベージハンターが求める物であり、それに見合った価値がある。

 これだけでもセーナ自身の人権をも買い戻せるだろう。


「うん。大切な人からもらったものなの」


 そういうと、セーナは二人を抱きしめ頭を撫でる。


「セーナには助けられっぱなし」


「いいのよ気にしないで。好きでやってるからいいのよ」


 セーナは、ヒバナの顔を見てにやりと笑う。


「な、なんだよ」


「私に抱きしめられるぐらいでドキドキしちゃだめ。アレスちゃんが嫉妬しちゃうわよ」


「は?」


「……」


 ヒバナはアレスの方を振り向くとそっぽを向かれた。

焦って、セーナから抜け出す。


「ち、ちげぇよ?」


「冗談よ。……ん。私、用事あるから行くわね」


「なにかあんのか?」


「ご主人様に呼ばれちゃてねぇ。二人はすぐに帰るのよ。それで今日は寝てなさい」


「ん。ほんとにありがと」


「いいーえー」


 そういって、セーナは走って帰って行った。


「いやな? リヴァイアサンに向かってドキドキしただけでな? 別にセーナに対してってわけじゃ」


 セーナの後姿を眺めながら、アレスはヒバナの服を掴む。


「……ねぇ、ヒバナ?」


「なんだ? 土下座すればいいのか?」


「何そのさも当然みたいな言い方。しなくていい。それよりも怪我大丈夫?」


「ああ、大丈夫そうだ。って、お前、いつも首にかけてる時計どうしたんだ?」


 アレスが自分の胸を見るとそこにはいつもあるはずの時計がなくなっていた。


「ない」


「逃げてるとき落としたんだろ。取りに行くか」


「今は危ない。……諦める」


「諦めるって、あれ家族からもらった大切なものなんだろ?」


 顔も覚えていない家族の形見なんかよりヒバナの方が大切だ。

そう割り切ろうとしていたら、ヒバナがアレスの顔を覗き込んでいた。


 すると次の瞬間、手を引かれる。


「探しに行こうぜ!」


「でも」


「実は俺さ、ハンターの戦闘が見たくてうずうずしてんだよ。ついでに、懐中時計探しに行こうぜ」


「……でも危ない。さっきも、セーナがいなかったら死んでた」


「ちょっと覗いて探すだけだって。だから大丈夫だ」


「それぐらいなら」


「じゃあ、行こうぜ」


「……うん」


 二人は、甲板のドアの隙間から様子を覗くと、リヴァイアサンに剣を二本持った一人の鬼の面をかぶった男が対峙しているという訳の分からない状況が見えた。


「ほかのハンターたちは何をやってんだ?」


 他のハンターは後ろでリヴァイアサンに銃口を向けているだけだった。


「クソ蛇。俺と躍ろうぜ」


『ギャアアアアアアアアアアア』


 戦闘が始まる。

リヴァイアサンが男に食らいつこうと突き進む。


 周囲を破壊しつつ、迫りくる巨体の影響は船全体を揺らしていた。


「危ねぇ!」


 思わずヒバナが声を上げた。

すかさずアレスがヒバナの口をふさぎ、息をのんで見続ける。

男は二人に気づいたのか、手を振ってくる。


「前! 前!」


 敵に背中を見せるその姿は、誰がどう見ても自殺行為にしか映らない。

しかし、当の本人は、かなり余裕そうでイヤホンで聞いてる音楽に乗っているのか足でリズムを刻んでいた。


「ダメ、もう無理」


男をひき殺そうとするリヴァイアサンの質量を前に、誰もがダメだと思われた。


しかし、その刹那。彼は、動いた。


二人の瞳に映った男の行動は、シンプル。


 ただの回し蹴り。


それぐらいなら、誰でもできる行動だ。


 特質するべき点は、圧倒的な力の強さ。

ロケットを蹴り飛ばすよりも難しいことを、男はやらかした。


 リヴァイアサンの質量が物語る二次被害の怒号が鳴り響くのを、ただ茫然と聞くしかできなかった。


「すげぇ」


 ヒバナの拳を固く握らせ、瞳を星のように輝かす一方で、男はつまらなそうな顔をしていた。


「こんなもんか」


 リヴァイアサンは腐っても龍種。

倒せば、ドラゴンスレイヤーの称号という一国の王から正式に授与される大変名誉なこととされている。


 弱いわけがない。


「化け物か」


 リヴァイアサンは自分の巨体が自分より小さきものに蹴り飛ばされたことがまだ認識できず、混乱していた。


「終わらせっか」


そう呟いた男の姿は先ほどまでいた場所にはなかった。

男は、リヴァイアサンの目の前へと姿が移動している。


 リヴァイアサンは、ようやく事態を理解したのか、口内に何かのエネルギーを溜め始めた。


「遅いわ」


 男はリヴァイアサンの顎に、アッパーを喰らわした。

その蛇のような体は、仰け反り海に水飛沫を作って倒れた。


「もう、この船に近づくんじゃねぇぞ。クソ蛇」


 男は、海に向かって中指を立てて悪態をついた。


「う、うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」


 一瞬の静寂の後、万一に備えて待機していた他のハンターたちから、勝利の歓声が沸く。


「すごい」


「ああ。すごいな」


「……ヒバナ?」


 若干、苦しそうな顔をしていたヒバナに首をかしげる。


「ん? 何でもない。とりあえず、置いてきた洗濯物を先に回収しようぜ」


「あ、忘れてた」


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