6話
「……」
「あ、起きたか」
ヒバナはアレスの顔を覗き込む。
ヒバナの膝で寝ていたようだ。
揺れる船の上、あんなにいた奴隷の人数がもう私たち3人だけとなっている。
当然、ムジの姿もなかった。
「ムジは? ムジはどうなったの?」
「……ああ、今は船で集中治療を受けてる。無事だ」
「……ほんと?」
アレスはヒバナの顔をまじまじと見て、もう一度聞いた。
「……ああ、本当さ」
その言葉とは裏腹に、ヒバナの顔が全てを物語っていた。
アレスは無言でヒバナを抱きしめる。
「ど、どうした? ムジは無事だぞ?」
「……ん。ありがと」
「……今はもうちょい寝てろ。着いたら起こしてやるから」
「ん」
アレスはヒバナにもたれ掛かり、再び意識を手放した。
「バレバレじゃない」
「……ああ」
「過保護すぎない? アレスちゃんはヒバナが思うより」
「子供じゃないって言いたいんだろ?」
セーナは少し意外そうな顔をして、海へと逸らしていた視線をヒバナに戻す。
「本当にアレスちゃんのことを思うなら打ち明けるべきよ」
「そうなのかな」
「ええ」
「……そうか」
今回の探索に成功したのか、主人の方から乾杯の音頭が聞こえたが、こちらの空気は最悪だった。
気まずい沈黙がヒバナとセーナの間に流れる。
それも、当然だ。
連れてかれてきた奴隷の中で、生きていたのはアレス、ヒバナ、セーナ三人以外ではたった二人だけだ。《警報》作戦に便乗して逃げてきたらしい。
他の者達は、海の藻屑となって消え去った。
何人か、顔を覚えてる者達までもが死んでいる。
ヒバナは、こんな負の感情ばかりの空気を絶対にアレスには見せたくなかった。
俯くヒバナをみて、セーナは大きく深呼吸した。
「……この際だから、はっきり言うわ。サルベージハンターになるのは諦めなさい」
「は……?」
「今回のことではっきりしたわ。貴方達が成るには危険すぎる。今回は、海に入るなって言ったわよね?」
「それは、……」
「私を助けるために動いてくれたのは嬉しいわ。でも、貴方は無茶な作戦でアレスちゃんを危険にさらした」
「……」
「仲間を危険にさらすような行動するサルベージハンターは、すぐに死ぬわ。仲間諸共ね」
セーナを助けるために、何も考えずに海へと入ってしまい、結局、死ななくてもよかったムジを死なせてしまった。
ヒバナが殺したも同然なのだ。
「目標金額の100万は、現実的じゃない。ヒバナもわかっているはず」
ヒバナは、目をそらし口を固く結んで頷く。
「でもね、この奴隷生活で2万を貯めることはかなりの偉業よ。よく頑張ったわね」
「一生、こんな奴隷生活を続けろって言いたいのか?」
「違うわ。身代金のあと、38万までなら、私が出せるわ。それに、私はスイレンカンパニーの伝手も持っている。そこに就職しなさい」
「スイレンカンパニーって、あの超一流企業の?」
「そう」
セーナは、ヒバナの肩を優しくつかむ。
「この先、サルベージハンターになったら、沢山の理不尽や仲間の死とか色んな嫌なことが起こるわ。サルベージハンタ―の夢を諦めるだけでいいの。そうすれば、貴方たちは幸せになれるのよ」
本当はもっと強い言葉で責め立てるつもりだった。
しかし、厳しくなりきれないセーナはヒバナを諭すように言った。
2人の成りたいサルベージハンターは、セーナの前職だ。
2人の目指す先を、未来を大体予想がついてしまう。サルベージハンターは本当に危険な職業だ。セーナはいろいろな仲間の死を眺めてきた。
海獣に飲み込まれ死んだ者。海賊に襲われて無残に殺された者。借金を返せなくなり売り払われた者。事故が起こって溺死した者。何人も何人も、それも数多の訓練を耐えてきた者達の死を見てきた。
サルベージハンターの世界は、どれだけの時間を使って努力しようが、命が消え去るかどうかは運次第。消え去るのは、ほんの一瞬だ。
二人が成り上がろうと頑張っているのを間近で見てきた。故に知っている。
この子たちの抱く夢がサルベージハンターなのは勿体なすぎる。
いくら花形と呼ばれている職業だとしても、他の仕事を得て命の危険とは無縁の幸せな人生を送ってほしいのだ。
「サルベージハンターになったら、今日みたいなことばかり起きるのか?」
ヒバナは弱々しく大きな音が鳴れば掻き消されてしまう声で答えた。
そのアレスの前では絶対に見せない弱々しいヒバナの態度に、セーナは思わず目を逸らしてしまう。
「……ええ。そうよ。二人で安全なところで幸せになって欲しいのよ。アレスちゃんのためにも」
「セーナは、ずるいな」
セーナも、自分で理解している。
アレスのために、ヒバナに夢を捨てさせようとしているのだ。
そして、ヒバナがアレスを選ぶのも理解している。
「俺さ、アレスに会うまでは死んでたんだ」
ヒバナは1人だった時、廃人と化していた。
幸せを知らず、物心つく前から幾度となく理不尽を味わい続けていた。
その壊れた心を直してくれたのがアレスだった。
それのおかげで、夢を持てた。
「この夢は、生き返った後に抱いたものなんだ」
忘れもしない。
クラーケンが出没したとき、自分たちの身とたった二丁の銃だけですべての足を吹き飛ばし、倒す二人の女英雄の姿。
それを、戦いに誤って巻き込まれたヒバナは最前席で見ていた。
アレスは、その英雄が気に食わなかったようだが、ヒバナの瞼の裏に張り付いて離れなかった。
いつか、自分たちもああなりたい。
コンビネーションと信頼関係だけなら、あの英雄たちにも負けていない。
アレスと肩を並べて、怪物たちと渡り合いたい。
そう思った。
しかし、所詮はサルベージハンタ―になりたいという夢は、アレスとずっと一緒にいたいという願いのピースなのかもしれない。
アレスを失うくらいなら、
「俺は、アレスを取る。その代わり、アレスにはこのこと内緒にしてくれ。俺から言う」
「わかったわ」
どこかに感じる子供のような物言いかつ自虐的な声に、セーナは思わずヒバナを抱きしめていた。
「ごめんなさい」
セーナはヒバナを1人の大人としてみる傾向にある。
世の中の受け流し方をよく知っていて、主人に作戦説明を任せられるほど認められているからだ。
だけど、ヒバナはまだの子供なんだと言うことを体の大きさが物語っていた。
本来、希望で満ち溢れていなければいけない、この今でも壊れそうな子を離してはいけない気がしたのだ。
「いいんだ。だけど今は、少しだけ一人にしてくれ」
そう言って、ヒバナは船内と入って行った。
「……子供の夢を潰すことほどつらいことはないわね」
セーナは、そんな泣きそうな声を誰にも聞こえないように漏らすのだった。
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