3話


 数十分間そんな雑談をしていると、目標の遺跡が見えてきた。


「着いたぞ、野郎共」


 水平線に見えたのは海に浸かった『中学校』だった。


 苔が垂れ、中央に飾ってある時計は止まり、学校の名前が書いてあったであろう文字は霞れて読めない。


 綺麗な海には似つかない小汚さだ。


 まさに異質。それが海に浮かんでいた。


「なんか寂しそう」


「……確かにな。大昔にはこの建物を俺らぐらいの子供が沢山、出入りしてたんだよな」


 2人がそう呟くと、急に主人の仲間に肩をつかまれる。

勝手にしゃべったことについて叱られるのかと思ったが、何かを差し出してきた。


「奴隷共、お前らもこれを飲め」


 そう言われて渡されたのは、人数分の謎の錠剤だった。

これがなにか聞こうと思ったが、もう主人の姿はなかった。


「へぇ、珍しいわね」


「セーナ、これなに?」


「これは第一次超科学文明で発見された『人魚の涙』っていう海で呼吸できる薬の模倣品よ。海中を動き回るサルベージハンターには必須のアイテムね。だけど、安くはない代物よ」


 この薬のおかげでサルベージハンターは活動が愕然にしやすくなった。

 この薬ができる前までは重くて大きい酸素ボンベを担ぎ、海を泳ぐ怪物共と戦っていたが、これのおかげでサルベージハンターの死亡率が4割も減らすことができたという歴史を持っている。


 そんな薬が安いわけがなく、ハンター達からクレームが来ない程度の高さで売られている。


 この中にこの薬より安い奴隷だっているはずだ。

 それを1人だけではなく、みんなに配ると言うことは何か裏がある。


「子供と大人で2チームに別れろ」


「セーナと別れた……」


「な、今回は一緒に潜れると思ってたんだけどな」


「残念ね。それよりアレスちゃん、ヒバナ。約束は守ってね」


「ああ、わかった」


「ん」


「うふふ。じゃ、絶対生き残ってね」


「そっちもな」


 セーナが違うチームへと移ったのを見ていると、視界の端にスキル持ちの男の子が来るのがわかった。


「保護者がいなくなって不安だろうけど、この俺、ムジ様が来たから安心しな」


 耳元で言われるものだからアレスの背筋に寒気が迸る。

急いでヒバナの後ろへと隠れた。


「はん。それがいつまでも続くと思うなよ」


「お前に言われる筋合いはない」


「おい! ヒバナ! 早く来い。作戦を伝える」


 2人の睨み合いを終わらせたのは主人の声だった。


「え、いや、でも」


「私は大丈夫。ヒバナは行ってきて。主人の機嫌を損ねる方がよっぽどまずい」


「いや、でもなぁ」


「私のこと、信用できない?」


「……行ってくる」


「ん。いってらっしゃい」


 ヒバナはアレスの後押しのおかげで、チラチラとこちらを見ながらだが、主人の方へと向かう。


「これで邪魔者はいなくなったわけだ」


 ムジがアレスに伸ばした手を迷わずはたき落とす。


「触らないで」


「ふっ、おもしれぇな。スキル持ちの俺に歯向かうのか」


「私、結構鍛えてるから。それにこんなところでスキルつかったら主人たちに何されるかわからない」


 アレスが戦闘の構えを取ると、ムジは諦めたようで両手をあげている。


「確かに、やるとしてもスキルは使えない。素手でも海に何度も潜ってる奴にはかなわねぇかもな」


 ムジの眼光が鋭くなったため、アレスは身構えるが、ムジは両手を上げたままだ。


「だが、それは今の時点での話だ。絶対に、いつかお前を俺のものにして見せる」


「そこまで手に入れる価値は私にない」


「いや、あるね。容姿だけじゃない、お前は……」


「終わったぞ」


 何か言おうとしたムジを遮り、ヒバナが帰ってきた。


「おかえり」


「おう、ただいま」


「ちっ」


「作戦内容を伝えるぞ」


 ムジにターンを渡さまいと、いつもよりヒバナは早口だった。


「今回のサルベージで、俺らの潜りは無しだ。海に浸かっていないところの探索で、隠し部屋がないか探しつつ、遺物の回収だとよ」


「大人組は?」


「化け物どもの囮になりながら、遺物の回収らしい」


「……そう」


 危険すぎる。

この『中学校』は存在の発表からあまり時間が経っていない。


 だから、未知の化け物が潜んでいたとしても何ら不思議じゃない。

 化け物の囮なんて、アレスなら3秒でひき肉になる自信がある。


「何事もありませんように」


 アレスはそう小さな声で呟くと、主人の大きな声が聞こえた。


「サルベージ開始!!!」


 船にいる子供と船番以外の全員がこの号令と共に、海へと入った。

 たくさんの水飛沫が上がり、波を起こす。


「俺たちもいくぞ」


「楽しみだな! アレスちゃん」


「ムジ、気を引き締めろ。インターネット文明の日本は比較的安全とは言っても遺跡は遺跡だ」


「はん、臆病者がよ」


「言ってろ」


 ヒバナは窓を壊して、中へと入る。


「ガラスの破片に気をつけろよ」


「ん」


「おっ、鉄パイプ残ってるじゃん。結構高く売れるぞ。集めようぜ」


 二人の慎重を無視して、ムジはずかずかと遺跡の奥へと向かう。


「まあ、いい。まずはこいつらを集めるぞ」


「仕切ってんじゃねぇよ」


 鉄パイプを解体し、集め終わると、ヒバナが地図を広げる。


「俺らは、まずこの階の探索からだな」


「意外と広い……」


「1人ずつでいくのはどうだ?」


 一応、ムジも遺跡の危険性はある程度、理解できているようで、話し合いに参加してくれている。


「いや、ダメだ。危険すぎる。遺跡を子供1人で探索するのは自殺行為もいいところだ」


「だけど時間がかかり過ぎると、怒られる」


「そうなんだよなぁ」


「モンスターと遭遇したら船に逃げ込んで船番さんに倒して貰えばいい。それに遺跡とはいえ、所詮はインターネット文明。危険はほぼない」


「それもそうか、ムジの案を採用で。じゃあ、アレスは右から、ムジは左から、俺は真っすぐ進む感じでいいか。奥で合流しよう」


「おっけ」


「ん」


 方針が決まり、解散した。

アレスは一人、南を目指して苔の生えた廊下を歩き始める。


「静か」


 一人になって、しゃべり声が消えたせいか、波の音しか聞こえない。

昔はもっと賑わってて、いろんな人がこの静かな廊下を歩いて、いろんな人生を紡いできたんだろう。


 それがこんな姿になった今は、見る影もない。


「元に戻る未来は永遠に来ないんだろうなぁ」


 アレスがそう呟くと、鉄パイプと鉄パイプがぶつかり合う音が廊下に鳴り響いた。


「?」

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