第3話 給食係にしてください! 1
簡易野営地があり、彼らはここで寝泊まりをしているのがわかる。
ルースと呼ばれるとんがり耳の幼女は、手際よく薪をくみ、火をつけていく。
定位置なのか、エレナは柏の木に似た根本に腰を下ろし、僕に手を差し出した。
「まず、ちゃんと自己紹介するね」
向いに座ってという動作だとわかり、僕は素直に地面に腰を下ろした。
ただ、エレナと目を合わせられないので、彼女の座るすぐそばの地面に視線をおいておく。
「私はイストゥード国のエレナ。2年前、魔王が復活したの。それで国王から勇者に任命されて、今日で10日目。超新人の勇者だけどよろしくね。今は収集クエストをこなしながら、魔王を倒すための仲間集めをしているところ。そっちの小さい子はルース。エルフの魔法剣士。私の護衛役なの」
「よろしくな、男。あ、わしはこれでも73歳だ! 覚えておけよ!」
何を言っているんだろ、この幼女は。
いくらエルフでも見た目が幼女で73歳はありえない。おばあちゃんとほぼ同い年じゃないか。
とはいえ、僕は改めて身を正した。
名前を伝えなければと、息を整える。
「僕はお……えっと、拓人です。タクトって呼んでください」
「タクトね。素敵なリズムの名前ね」
エレナは微笑んで僕の前へ手を差し出す。
「よろしくね、タクト」
「あ、はい……」
握ったエレナの手は見た目よりも固かった。
物腰の柔らかさはあるが、それ以上に経験してきている重さを手から感じる。
すぐに薪が燃える香りと、内臓など取り除かれた肉になったウサギが、火の上で炙られ始める。
「30分ぐらいでできるだろ。もう少し我慢しろよ? タクト、だったよな」
「は、はい」
幼女に呼び捨てされるのは、少し、奇妙な感覚がする。一人称もわしだし。
焚き火にあたりながら、木に刺さったウサギを眺める。
まるで鮎の塩焼きでも焼いているかのよう。
走ってきたウサギは犬ほどにみえたけど、肉だけだと意外と小さい。
テラテラと脂が浮きはじめた。
肉が焼けてきたようだ。
肉汁のいい香りがする。
ウサギは初めて食べるけれど、きっと美味しいに違いない。
だが、見る限り、肉だけで焼いている。
塩もハーブも使っていないのだ。
生臭くないのだろうか。
いや、ここのウサギは僕が知っているウサギとは少し違うのかもしれない……
じっと眺めていると、エレナが笑いだした。
「お肉に穴があきそう。よっぽどお腹が空いているのね」
僕は気恥ずかしくなり俯くが、ルースは鼻で笑う。
「こんなガリガリ、食ってねーの当たり前だろ」
「それならたくさん食べてもらわないとね」
「でも、さっきので3羽しか獲れてねーからなぁ。とりあえず、腹はしのげると思うが……」
腕時計で30分後。
僕はルースからウサギを手渡される。
食事にもありつけたが、時間の概念、単位が同じであることが確認もできた。
それにしても、焼き加減が絶妙すぎる。
香ばしさと肉の旨みが、匂いから感じられる。
「あんま、がっつくなよ?」
僕は耐えきれず、かじりついた。
かじりつく!
……かじる。
…………かじる。
………………かじる。
僕の眉間には皺がよる。
エレナとルースは、「肉が柔らかいからいいね」と言いながら食べている。
だが、彼女たちの眉間にも皺がよっている。
「あの……塩とか、胡椒って、ないんですか……?」
ルースから小さな小袋がポイっと渡された。
僕はウサギを一度葉っぱのお皿に置いてから、中身を覗くが……
「こんなに調味料、あるじゃないですか!」
つい叫んでしまうが、彼女たちの表情が暗い。暗すぎる!
「そのな、その……」
あれだけハキハキとしゃべっていたルースが口どもる。
「ルースが悪いわけじゃないもの」
「それでもだな……」
ルースは指を絡ませ、俯いたままで言った。
「わしは、料理が全くできんくてな。塩と砂糖の区別はもちろん、異世界から流れてくる簡易調味料すら、使いこなせないんだ……」
どうせわしなんて……
と、死にそうな口ぶりで繰り返すルースに、僕はどう慰めればいいかわからない。
焚き火の近くで拗ねるように横になって身を丸めてしまった。
だが、エレナも同じだ。
「私はひと通り習ったんだけど、全部が焦げるの。なんでも炭になるの。まだルースは焼くことはできるから……」
どうせ私なんて……
と、エレナもルースと同じように焚き火のそばで身を丸めて、地面に円を描いている。
「この世界って、女性が料理をするもの、なんですか?」
エレナは寝転がりながら、違うというように手を振った。
「言葉遣い、気にしないで。勇者っていうのは、建前みたいなものだから。……そうね」
エレナは横に向いていた体を仰向けにし、ふうと息をつく。
「女性、男性、って性別より、この野営をしているのに料理能力が皆無なのがマズいのよ」
ルースが地面に頬をつけたまま、ぼやくように続ける。
「まだ町までは半日も歩けば辿り着くが、これが深い森になったら、死に直結だ。食えないってのは、一番マズい。だが、わしとエレナは10日、ここで暮らして、理解した」
「「全く料理のセンスがないってことに」」
なんて悲しい現実なんだろう……
だが、これで僕がここにきた理由がわかる。
料理だ。
僕は料理ができる。
この2人を料理で助けるために、僕はここへ呼ばれたんだ……!
僕は確信を持つ。
彼らの手助けのため、僕はきたのだから、きっと2人も僕を助けてくれる!
「じゃあ、その、えっと、仲間にしてよ。給食係になるから」
「無理だ」
ルースが即答した。
絶句する僕をおいて、ルースは説明を続ける。
「タクトが住む世界は繋がりやすいみたいでな、人や物が定期的に現れる。お前もその一人だ。この国のルールで、異世界人がいても構ってはいけないルールがある。今回はエレナが助けたいと言ったから、お前はここにいるだけだ」
「ルース!」
「はっきり言わなきゃわかんねーだろ、こういうもんは。肉、食ったら、町は西の方だ。そっちに向かえばいい」
「ルースってば!」
エレナはがばりと起き上がり、他の布袋を取り出した。
どうもここの小袋や大きめの布袋は四次元ポケットなのか、袋の大きさに似合わない量がしまいこまれているようだ。
「私は温かいスープが食べたい。タクトは作れるかしら? もし作れたら、町まで安全に連れていってあげる」
僕は並べられた野菜の中に、玉ねぎ、マッシュルーム、セロリ、にんじんを見つけ、うんと頷いた。
「ウサギ肉が美味しいスープ、作ってあげるよ」
言い切ったけれど、できるだろうか……?
ウサギなんて、使うの初めてだ。
だけど、弱音は吐いてられない。
焼いた鶏肉と思って、使ってみよう!
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