カラフル
青年には夢がある。
プロの画家になりたいのだ。
彼は幼い頃より絵を描き続けてきた。
風景画を得意としていた。
彼は、いくつものコンクールに作品を応募してきた。
しかし、どうしても受賞には至らない。あと一歩のところで落選する。
「いったい、俺の絵には何が足りないのだ。何が……」
青年は悩んだ。
ひたすら一人で悩んだ。
悩みながら、黙々と絵を描き続けた。
彼は孤独だった。幼い頃に家族を亡くしているし、恋人も友達もいない。
いや、数年前までは、一人だけ友達がいた。Jという男だ。
ある時、青年はJに、絵のアドバイスを求めた。するとJは答えた。「色がマズい」と。
それを聞いて、青年は激怒した。彼は、自らの色彩センスに多大な自信を抱いていたからである。
その出来事があって、二人の間には亀裂が生じた。こうして、青年は本当に独りぼっちになってしまった。
「構わないさ」
青年は呟く。
「友人なんて不要だ。俺は絵を描くことだけに集中すればいいのだから」
さて、青年が住んでいる国は現在、大きな変革の時を迎えていた。
指導者が国内の民族浄化を推し進め、気に入らない連中を次々と強制収容所へ送りこんでいた。最終的に、ガス室で処刑されるのだ。
国民は、いつ自分が処刑の対象になるのか、戦々恐々とする毎日を送っていた。
先日も、肌が灰色の「グレー」と呼ばれる人々が、強制収容の対象になることが発表された。グリーン、ピンク、パープルに続いて、これで四番目だ。
そのニュースを聞いて、青年はホッとした。
「よかった。今度の対象はグレーの連中か。俺には関係ない」
青年は、他人に関心がなかった。自分以外の誰が何人死のうが、知ったことではない。
彼の関心事はただひとつ。絵のみだ。
素晴らしい絵を描いて、俺の才能を世間に認めさせてやるんだ。
青年は一層、絵に没頭していった。
ある日。
青年のアパートに、三人の男が押しかけてきた。彼らは軍服を着て、手には自動小銃を携えていた。兵士だった。
兵士たちはドアを蹴破り、ずかずかと部屋にあがりこんできた。
「なんだお前らは!」
キャンバスと向き合って絵を描いていた青年は、椅子から飛び上がって叫んだ。
「我々と一緒に来てもらおう」
リーダー格の男が言った。
「なぜだ?」
「無駄口を叩くな。我々はさっさと仕事を済ませて、次の現場に向かわなくてはならないのだ」
そう言ったあと、リーダー格の男は、部下二人に青年の拘束を命じた。
青年は二人がかりで取り押さえられてしまう。
「ま、待ってくれ!」
青年は叫んだ。
「事情はさっぱり分からないが、とにかく俺は絵を完成させないといけない! それまで待ってくれ! コンクールの締め切りが近いんだ!」
リーダー格の男は部屋を見渡した。
そこかしこに、青年の絵が散らばっている。
「私にも、多少の絵の心得がある。描くほうではなくて、見るほうだがね」
リーダー格の男は言った。
「ゆえに、言わせてもらおう。お前には、絵の才能がない」
「……! な、なんだと!」
青年は激怒した。
自分を取り押さえる兵士たちを振り払おうと、体をめちゃくちゃによじる。
しかし、非力な彼ではどうにもならなかった。
「色がマズいのだ」
リーダー格の男は続けた。
「お前には、致命的に色彩のセンスがない。いや、センス以前の問題だ。お前は、色というものを根本的に理解していないようだ」
「ふざけるな! 俺がどれだけ色彩の勉強をしてきたと思っているんだ!」
「連れていけ」
リーダー格の男が命じると、兵士二人は力づくで、青年を部屋から連れ出そうとする。
「俺はどこに連れて行かれるんだ!?」
「強制収容所に決まっているだろう」
強制収容所……?
は……?
なぜだ……?
「な、なぜだ!? 今回の収容の対象は、グレーの連中のはずだろ? 俺はホワイトだぞ!」
それを聞くと、リーダー格の男は肩をすくめた。そして言った。
「ほらみたことか。お前は、自分の肌の色すら正しく見分けられていないではないか」
<終>
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