第36話




「やられた」


『……どういう事だ。何があった』


「目標地点に標的がいない。違和感の正体もわかったよ。こいつらはなんだ」


『……なるほど』



 こいつらはこの狙撃地点を守る為に居るのではなく、狙撃地点に配置することで、に配置されていた。


もしかしたらこいつらはPMC側の人間ではあるものの、調なのかもしれない。だから装備も立ち振舞いも拙かった。いや、むしろ拙い方が丁度いい。


 配置した人間が何者かに殺され、その後定時報告がなかった段階で、本命のPMCがこの場に駆けつけ、暗殺者を始末するという段取りなんだろう。この作戦を考えた奴は頭がキレるだけじゃなくて、相当にだ。




「PMCの人間がクスリをやっているのが違和感の始まりだったんだ。そういうろくでなしの集まりだったとしても、自分の身を守らせる人間に『商品』を使わせるかってね」


『……オマエの具合が良ければ、依頼は続行する。しかし、その場に立ち止まって居られる時間は、もう12分を切るだろう』


「それまでに、標的を見つけられるの?」


『そこは賭けだ。目安……3分以内に見つけられなければ、狙撃には間に合わない』


『では……』


『あぁ、依頼は失敗だ。現実的じゃない』


「……くそっ」



 この場における障害は排除し切った。けれど、標的の姿は確認できず、狙撃も当然行えない。そうなると、依頼は失敗だ。


私の命が失われていないから良いというわけでは当然ない。依頼失敗は私たちの稼業にとっては大きな傷跡になる。次の依頼が来なくなるなんて事も不思議ではないし、失敗の責を問われて、最悪の場合命を狙われることにも繋がりかねない。




「……師匠、私、まだやれるよ。どうにかなんない?」


『今、懸案している。しかし手かがりが薄い』


『……わたし』




 焦燥が思考を支配しようとし始めた私の耳に飛び込んできたのは、やっぱりあの鈴の音色の様な、彼女の声だった。




『わたし、まだ頑張れます。頑張らせてください』


『気持ちはわかるが、どうしようもない。あの子を帰還させた方が安全だ』


『わたしが、標的の場所を割り出します。あなたも、どうでしょうか。わたしに、任せてくれませんか』


 


 それまで感じたことのないほど、強い意志が、イヤホン越しにすら伝わってきた。エリツィナは、この絶望的な状況で諦めず、まだその身を奮わせ、抗おうとしてるんだ。


その声色は……ずっと聴いていたくなるほどのあつい熱がこもっていて、気持ちよく感じられた。




「いいじゃん師匠、姫に任せよう。私なら問題ない」


『……無理はさせない。姫、出来るか?』


『はい、取り掛かっています。彼らが配置されていた現在地はここで、当初の目標地点はここ……師匠、標的は今日になって商談場所を変えましたか?』


『間違いない。しかも恐らくは、この一時間の間に、バイヤー側からの差配で変更することになったんだろう』


『囮の彼らに異変があった時、ここへ向かってくるのは、PMCの本隊ですか?』


『あぁ。小隊規模の人員を5から7の分隊に分割、2つ以上を差し向けてくるはずだ』




 イヤホンの向こうで、次々と姫は情報を集め、即座に分析し、組み上げていく。その速度は師匠ですら追いつくのがやっとで、私に至っては単語を拾うのが精一杯だ。


 その中で『ドローンを飛ばします』と一声あって、私の手元から親機が窓を抜けて空へと舞い上がっていった。


それを見送った私は、また仕事道具を引っ掴んで、階段を3段飛ばしで駆け上がって、屋上へと辿り着く。周りの建物の中ではこのビルが1番高いけれど、ほどほどにマンションやなんかが道なりにあって、




『囮はここ以外の場所にも配置されています、プランBの地点にも。分隊は、囮に対して1:2の関係だと思いますか?』


『いや、違うな。分隊側は、いくつか配置された囮に対し、それらを複数賄う形で配置されているだろうな』


『であれば、駆けつける距離、駆けつけられる場所……PMCの人間は当然、囮にかかった人間を始末するだけではありませんね』


『当然、奴らの最重要対象はバイヤー本人だ。奴に何かあった際に最もカバーしやすく、かつ囮がある場所に待機してるだろう』


『一時間圏内で——』




 向こうではさらに話し合いが加速していて、もう私が追いつくことができない。この意志が、この熱量が、あんたなんだね。伶奈・エリツィナ。




『待たせた。目標の位置予測を割り出した』


「……おつかれ、早かったね」


『あぁ、本当、凄い子だよ……目標はその狙撃地点から北東に1980m。黄泉川の橋、その下の河川敷だろう』


『さまざまな要素の位置関係、かかる時間、付近で商談に用いることのできそうな場所など……精査し、計算しました』


「北東……ここからじゃ無理だね。北へ向かうよ」


『あぁ、狙撃地点は……あのボウリング場の屋上だ。その屋上から距離1000、行けるな?』


「あそこか、了解」


『待ってください、まずはドローンを……あっ』


『姫?! おい、大丈夫か』




 イヤホンの向こうで、何かが崩れ落ちる、そんな音が鳴り響いた。

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