第35話
『4階を索敵中です……完了、人影はありません』
「ありがと。ところでさ、師匠」
『なんだ?』
2階から侵入し、この地点を見張る3人を排除した。残るは2人、ソイツらも排除して、5階から目標の頭を撃ち抜けば、今日の依頼は終了。
私は一晩で6人を殺めた大殺人者となり、世の中には違法薬物の蔓延が少しだけ減る。これはそういう仕事だ。相手が『手広く』やっている傭兵崩れだったり、薬物を違法に精製する輩である事だけが救いだ。
けど、そんな中でこの建物の動きが怪しい。配置されている人数、質、装備。彼らがこの場所を守っているのはわかる。
「なんか……クサい」
『……あぁ、アタシも感じてるものはある』
『クサい、ですか。ARグラスには、嗅覚感知機能はついていなかったはずですが』
姫の天然な発言がちょっと面白くて、思わずフッと笑ってしまう。
「違う、違う。なんというか、相手方の動きに違和感がある」
『……それは、オマエの直感が言っているのか?』
「うん。ここ自体には守るものなんかないのにこんなに人を置いて……って、変じゃない?」
『それもそうだ。向こうにある程度出来るやつが居るのはわかっているが……ドローンを飛ばすか?』
「んー……充電が勿体無いし、時間もない。先に上の二人を片付けて、それからまた考えたい」
『了解、準備はしておく。どちらにしろ依頼は既に始まっていて、定時報告まであと……20分を切っている。焦らず、急げよ』
「了解。目標は既に現場に入ってるかな?」
『恐らくな』
ここから1045m西にある廃工場の2階。私がこのビルの5階に上がり、そこから目標の顔が見る事ができれば問題ない。けど、なんだか胸騒ぎがする。
基本的に今日に限っては、目標地点をスポッタードローンで偵察もさせられない。
勘がいい奴がいるときは不審な浮遊物を察知される可能性もあるし、相手がジャミングの類の技術を有していたら、ドローンをこの場に置いて行かなきゃいけなくなる。後者は滅多にないけど、とにかく私たちの存在を知らしめる様な事は出来ない。
『5階、確認完了です。このフロアはホール……開けた空間になっていて、その中央に2人陣取っています』
『目標地点を狙う為の西側の窓は、問題なく開け放たれてるな。しかし……』
「時間ないし、速攻で行くよ。それしかないでしょ」
『気をつけろよ』
「ん。師匠って本当、心配性だな」
ささっと4階までをクリアリングして、5階へつながる階段、その出口の陰へと身を潜める。
ARグラスに、ドローンのカメラを経由したこの階の映像が映し出された。こうやって映像を送るには気付かれずにこの階に入り込み、気付かれずに位置どりをする技量が必要なはず。
操作を覚えてまだほんの少ししか経っていないだろうに、彼女に
今回は下の階と違って時間はかけず、シンプルに行く。飛び出して、1人は撃ち抜き、1人は飛びかかってへし折る。それを行う為の力は、私の身体に宿っているんだ。
タイミングを少しだけ待つ。フロアの中央に陣取る2人は座り込んで、何やらお喋りに興じており、あまり周囲への警戒ができていない様だ。出来れば階段と反対方向に意識を逸らしたかったんだけど、難しいだろうか。
『ドローンで、反対側へ意識を向けます。タイミングは、あなたに任せます』
「……!……ありがと、助かる……ふー……行くよ」
『はい……いまです』
部屋の奥から、かしゃり、とカメラのシャッターの様な音が響いた。それに気づいた男たちが、顔をそちらへ向けて、1人は立ち上がる。その動きと同時に私は階段の陰を抜け出し、フラッグを構える。
走りながら、座ったままでいる男の頭へ狙いをつけ、引き金を絞る。フラッグの引き金は軽い。
密やかな銃声が鳴り、座っていた男が音を立てて崩れ落ちて、立ち上がったもう一方がこちらに気付いた。
しかし私はもう目の前。全力で床板を踏み抜くと、そこにヒビが浮かぶのが目の端に映る。
天井近くまで跳び上がり、私のすぐ下にいる男が短く雄叫びを挙げた。
私が両脚で男の首を挟むと、ようやく男はロッドを振り上げるけど、それじゃあ遅い。
私の身体全体を独楽の様に捻り上げ、男が情けない、空気を放り出すような音を喉から鳴らした後、そのまま地面へ蹴りつける様に頭を叩きつけた。
即死。男は呻き声もあげず、首をあり得ない角度に捻じ曲げ、絶命していた。
「ふぅ……状況終了。狙撃に移行するよ」
『……あなたは、一体……』
「なに、姫。気になる事でも?」
『は、い。あなたの身体能力には、凄まじいものが宿ってるとは思いましたが、ここまで、とは』
『それはまぁ、そのうちな。それより弟子よ。確認を急げ』
「あぁ、うん。……まぁなんて事はない、結局姫と私は、間違いなく同類って話だけどね」
目標地点を確認できる窓へと駆け寄り、単眼鏡を取り出して覗く。まだ狙撃の準備は出来ない。確認すべきことがあると、嫌な予感がしたからだ。そして1045m先のその場所には。
「やっぱりか……くそっ」
誰も居なかった。
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