第34話
私が愛用し、制服の中に重ね着しているパーカーは、ハーフジップデザインのもので、お腹に大きなポケットがついている。
見た目はよくあるデザインだけど、耐刃繊維を編み込んであり、ちょっと切られたくらいじゃ肌まで届くことはない。
今は目的の為に、ファスナーを胸まで下げて、中のシャツも適度にはだけさせた。そしてフラッグを握った手は、お腹の前でポケットにしまっておく。このやり方も、もうあと1年もすれば使えなくなると思うと、妙な気分になる。
そして準備を整えた私は、2階と3階の間の踊り場で、連絡要員が降りてくるのを待っていた。
『本当に、やるのですか。……弟子がいくら自信があっても、危険だと思います』
「このやり方なら余計な音も立たないし、近接戦になった際のマギレも生まれない。よっぽど確実だよ」
『これが若さ故のなんたらって奴か……アタシも後10歳若かったら、おんなじ事ができたかねぇ?』
『師匠は今でも、若いと思います。ですが、この方法にはわたしは反対です。あまりにもセオリーを無視している』
『姫がデレた……今日はお祝いだな』
「スピーカー越しにいちゃいちゃしようとしないでくれる? ……すみませーん。だれかいますかー?」
上の階から足音が近づいて来たのを確認して、ARグラスを外してからそれっぽい声を上げる。
今の私は、『近くのライブハウスを目指して迷子になった、かわいいかわいい17歳の女子高生』だ。年齢と女子高生の部分は本当だよ。
そして上から黒い短髪の男が現れた。アジア風の見た目だけど、私の言葉を理解できている様で、おそらくは日系だろう。
護衛として雇う際に、おそらく現地に明るい人間を選んだと思われる。手にはロッドを持っていて、この場所じゃなかったら1発でお縄な装いだ。
「……おい、ここは立ち入り禁止だ」
「あっ、すみませーん。ちょっと迷子になっちゃってぇ」
秘技、話が通じるようで通じない演技。クラスメイトを観察して見つけた私の技だ。技かな? 技だ。
自分の言いたい事だけを言って、相手の言う事は右から左へと受け流す、女子高生の必殺技だ。この技を私が最初に受けた時は、私は宇宙人と話してるのかな、なんて思ったりした。けれど当人はそれが当たり前の様で、さらに言えばそういった人間が学年に何人もいたから驚いた。
「だから、立ち入り禁止だって言ってるだろ」
「この近くのライブハウスに行きたくってぇ、光が見えたから誰かいるかなーって」
男に睨みつけられて、ちょっと怯えた風を装い、私は自分の胸元を見る。それからちょっとだけ前屈みになって胸を寄せる。
他意はないよ、殺すって事しか考えてないもん。
「ライブハウスなんて知らん、他所を当たれ」
「ちょっと道だけ教えてほしいんですよぉ」
「……」
お、間が生まれた。この場合は、この階に居たはずの仲間がいないことに気づいたパターンか、もしくは。
「チッ……しょうがないな。そこの部屋でおしえてやるよ」
「えっ本当ですかぁ? ありがとうございますぅ!」
食いついたパターンか。ハニートラップ成功。クラスで1番の胸(ひまり調べ)とクラスで1番の太もも(ひまり調べ)は伊達じゃないんだ。
以前、私とひまりが街を歩いているときに、彼女が看板に掲げられたキャラクターの女の子を見て、『とおるとおんなじくらいの体つきだねぇ! あれはもう凶器だよ、うっはー!』とか吐かしてた時は、こいつ本当どうしてくれようかと考えたけど、これも私の武器なんだなと考えを改める事にした。
これも一応使う為にはいくつかの条件がある。
一つは相手の目線が私より高い位置にある事。臍の辺りに添えたフラッグは、階段の上からなら私の胸に隠れて、そこまで怪しまれない。
二つ目は着ている服。今回のケースの様に制服姿でなければいけない。マジでJKのブランド力って偉大だなって思う。
最後に大前提。相手が私と同じくらいのヒトデナシで、今回の様に下世話な奴らである事だ。
そしてゆっくり男が階段を降りて来て、私の隣に立った。目線はまだ私の顔や胸だけを見ていて、私の左側から手を肩に回そうとしている。その手が触れるか触れないかの瞬間に。
フラッグをポケットから抜いて、レバーを撃ち抜く。
男の顔が苦痛に歪む。
私は両手を体の前で合掌させて、そのまま照準を男の額へ。
撃つ。
男が頭から血を流しながら、また一人、ゆっくりと崩れ落ちた。
それを確認してからARグラスをかけ直して、男の死体を確認。やっぱり装備は、他二人と変わらない。
「
『……は、はい。3階を確認します』
『……これで腕前は本当に一流だから、手に負えないんだよなぁ』
『最初、通信が誤った回線と繋がってしまったかと、錯覚しました』
『実は演技派なんだよ。憎まれ口ばっかり叩いてるけど、ああみえて頭の中では色々考えてるんだ』
『なるほど、演技派……興味深いです』
「二人とも、聞こえてるからね。帰ったら覚えとけよ」
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