第33話

 廃ビルらしくガラスのない窓越しに、茶色の短髪を有した男が見える。


 私の手の中にあるフラッグ拳銃の銃口がその姿を捉えた後、間抜けで、でも、耳にした事がある人物ならはっきりと『あぁサプレッサーを使った音だな』と分かる様な音が響いて、そして向こうの男は崩れ落ちた。


 気づかれただろうか、気付くような奴らなら、こんな間抜けな立ち振る舞いはしないと思うけど。




『ドローン子機、先行させます』




 私のそばからまた一つ、小さい影がふわりと屋内に侵入して、崩れた男の影へとそばに寄った。迷いのない動きだ。




『対象、沈黙。相手の定時報告まで後30分だ。それまでに5階に上がり、狙撃を行え』


「忙しいな……」


『焦るなよ。ほら、次が来るぞ』


『……っ……こちらの動きにはまだ気づいていないようです。今は反対側の角にて、立ち止まっています』


「了解、中に入って対象を確認する」


『気をつけろよ』



 続けて私も屋内へと身を滑らせる。レミゼラを格納したマルチギターケースが大きくて、どう持ち込んだら良いものか悩んだけど、自分が中に入ってから、非常扉を普通に開けて回収した。


 そして、扉がない倒れた男の部屋へとそばより、頭に1発撃ち込んで、その後弾けた薬莢を回収する。それにしても。




「……くさっ……」




 。何をしていたかは言うまでもないだろう。側には雑誌のピンナップと、多分クスリに用いた注射器が転がっている。何もなければ暇だからって、こんな事するなよ。まぁ、何かあったから、今こいつは死んだんだけど。


 女子高生の私はだったら色んな意味で絶対に触らないけど、今の私は『弟子』なので、テキパキと死体の装備を確認していく。




「うん……特に、銃器の類は持ってないな。情報どおりロッドとベスト、シーバー……あ、スタンガンも持ってる。あぶねー」


『もう一方の男が寄ってきます。部屋まで予測時間2分』




 思いのほか時間がなかった。死体を陰に移した方が動きやすいかと思ったけど、こうなれば仕方がない。


 死体を少しだけ扉から見て右側へ動かして、私はその反対側に身を潜める。ごつ、ごつというブーツの音が聞こえてきた。ここはジャングルじゃないんだぞ、スニーカーのが優れてる。




「オイオイ、そろそろ交代の時間だぞぉ。まだマス掻いてやがんのかぁ?」




 男の呑気な声が聞こえる。立ち振る舞いや装備から、こいつらの役割は、この狙撃地点へきた存在を上へ報告する事だろう。……排除してから考えるか。


 足音が近くなってきた。反射音から、入り口の向こう2m。3秒後に接敵。




「俺の分残しておけよ……聞いてんのかぁ! って、おい、おま」




 胸へ1発。


 男が突然走った衝撃、痛み、熱さに驚いて、自分の胸へと目線を下げた。


 こめかみへ1発。


 男の体は糸の切れた人形のように崩れ落ちる。


 男の身体が倒れたことを確認した後、また薬莢を拾ってポケットへ。痕跡は可能な限り残さないのは、最早暗殺者としてのマナーだ。




「対象沈黙。姫、連絡要員の動きは?」


『……』


「姫? もっしもーし」


『対象は今ちょうど上へと昇っていったようだ。降りてくるまでには、7分目安のインターバルがある』


「了解、師匠。……あのさ、姫」


『……はい』


「無理しなくて良いから。元々私と師匠の仕事だし」




 エリツィナが無理をすれば、死ぬのは私だ。というのは、まぁ、言わないでおく。死ぬつもりはないから。




『……無理、ではありません。言葉に詰まってごめんなさい』


「……そ」


『対象は残り3人。連絡要員は常に階層を変化させているわけではなく、上階に留まったり、他の階を確認したりもしている様、です』


「共有ありがと。しかし……んー、上がっていって鉢合わせってのが、面倒だね」


『面倒、ですか? こちらから能動的に仕掛けた方が、勝算は高まると思います。相手は火器を有していないようですし』


「銃を持っていないとわかるのは、だけだよ。上にいる奴は持ってるかもしんない」




 死体を確認したのは、相手がどんな武器を持ってるかを確認するだけではない。そこで銃を持っていない相手に安心する様では、私は既に死んでいる。


万が一相手が凶器を持っていた際、それを死体から離れた所に隠す事で、相手の中での僅かな補給線すら断つことが狙いなんだ。




「まぁいいや、こいつらの程度はわかった。師匠、アレをやるよ」


『オマエ……そういうところで手を抜こうとするの、やめた方がいいぞ』


「手抜きじゃなくて、作業の効率化だよ。私が使えるもん全部使って何が悪い」


『心配して言ってるんだが?』


『師匠、アレとはなんですか?』


『あぁ、アレっていうのは……』


「師匠直伝、はにー、とらーっぷ」


『アレだけは教えた事を今でも後悔してるよ』




 後悔したってもう遅い。宣言どおり、私は使えるものはなんでも使う主義なのだ。

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