第32話

 思わず、舌打ちが出る。これで依頼は僅かながらとは言え、複雑さを増した。この複雑さがなければ窮極きゅうきょく、『狙って撃って終わり』といったところだけど、こうなってしまうと選択が迫られてくる。




「武装は確認できる? ここ、不可触地帯のそばだから、『流し』とか持っててもおかしくないよね」


『子機を飛ばして確認します』




 手元で待機していたピンポン玉が音もなく飛び上がり、外から2階の窓へと張り付く様に浮遊した。




『……師匠、これは』


『拡大。……うん、ロッドは持っているがPDWの類はないな。格好も、いくらなんでもデニムにシャツ、防刃ベストは嘗めすぎだ』


「流石に持ち込めるほどの集団じゃなかったってこと」


『とはいえ、イワン密輸拳銃ぐらいなら腰に差していてもおかしくはないが……行けるか』


「やるよ。調子いいし」


『あぁ。姫、ルートを頼む』




 今日はなんだか感覚が冴えている。何処までも走っていけそうで、何処までも高く跳べそうな気がするんだ。




『了解です。外に備え付けられた非常階段を使う事が推奨されます』


「は? 流石にあいつらも警戒してるんじゃないの?」


『子機で確認を継続していますが、そちらを見ている様子はありません。センサーの様なものも、見受けられないです」


「……まーじで、ナメてんな……トップが有能でも、現場がバカなら意味ないね」


『決まりだな。非常階段を使って2階へまず侵入。その場にいる2人を排除。降りてきたもうひとりも排除して、5階へ向かえ』


「そこで2人もノックアウトだね。了解」




 待機していた路地を抜けてケースを担いで、狙撃地点の廃ビル、その左手側にある非常階段へ向かう。


鉄製の階段は、一階へ降りる部分のみ収納されてしまっていて、普通では上がる事ができない様になっている。普通ならね。




「よい、しょっと」




 その場でいつもより力を込めて跳び上がり、傍の配管を掴んで壁を蹴りさらに跳躍。あっという間に2階部分に着地した。


 その音と衝撃は、今日履いてきたスニーカーが解消してくれている。


吸音、反発、衝撃吸収性。それぞれのテスト数値で、市販のものが霞むほどの数値を叩き出した新世代素材をソールに採用したこれは、ジョセフ謹製の逸品で、更なる機能も備えている。


これがなかったらこれまでの依頼はもっと大変だったと思うし、使う火器の仕入れも彼が担当しているのだから、割と足を向けて寝られない。まぁ、2階まで跳べたのは、靴のおかげではないんだけど。




『本当に、弟子の身体能力は凄いです』


『だろー? ってあれ、体動かしてる所を見たことあるのか?』


『はい。サンドバッグを爆発させてました』


『何やってんだ、オマエ……』


「古くなってたんだよ、いいでしょ。それより中の様子は?」


『二階ではコの字型に通路が展開され、一人は非常階段脇の部屋、一人は通路を警邏けいらしています。これは……部屋で何をしているのでしょうか』


『見なくて良い、目が腐る。どうしても知りたいなら、後で弟子に聞け』


『……はい。階段側にある窓から、部屋にいる男は確認できると思います』


「……なんかやな予感すんだけど」




 サブバッグからフラッグ19拳銃、サプレッサー、マガジンを取り出して、手早く組み上げる。


大ベストセラーのハンドガン、フラッグ17を小型化した19は私の手によく馴染む。職業柄、そう易々と破損させるわけにもいかないので、特徴的なフレームは金属製のものへと変えている。


組み上げが終わったら、スライドを引いて初弾を装填。準備は、出来た。

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