第23話




「今までの話から推察するに、わたしはトオルと目的を同じくした施設で育ちました」


「それは……うん。多分、そうなんだ、ね」


「施設の目的は端的に、。わたしもその目的を持って産み出されました」


「その話は、誰から聞いたの?」


「わたしに、自身のことを『父』と呼ばせようとした白衣の男性からです。年齢は30代半ば程だと、思われます」


「……なんだそれ、ムカつく……」




 産み出されなかったら生きてはいない。けど、勝手な目的を持っておいて、その上自身を、親愛の対象である父と呼ばせようとするなんて、私からすると吐き気を催す程の邪悪さだ。




「彼がわたしの血統上の父でない事は認識していましたから、そう呼ぶ事は躊躇ためらわれました。そして彼は、わたしが理解している事を知ってか知らずか、実験内容を語っていました。」


「その、内容って」


「……これも、伝わりやすいように情報を咀嚼そしゃくすると、脳機能の強化です」




 そこまで話を聞いて、エリツィナに対して感じていた違和感が全て腑に落ち込んだ。


 授業を聞き、黒板を眺めただけで済ませる


 私の顔色や言葉、記憶にある情報から推察を行なう


 記憶した事を正確に再現し、母国語以外の言葉も流暢に話す


 これらは全て、彼女がその目的を持って産み出された事で、与えられた能力なんだ。




「一応聞いておきたいんだけど、施設では何語を使っていたの?」


「英語……日本では米国英語と呼ばれる言語でした。トオルの言いたい事はわかります。日本語は、高校に向かう前にカオルコから学びました」


「なるほどね……あれ、でも、ロシア生まれとか言ってなかった?」


「わたしの遺伝子には、ロシア人のものと日本人のものが使われたようです。……その、『父と呼ばせようとした男性』が、強く望んでそうしたと。、だったそうです」


「……なにそれ。ほんと……」

 



 気持ち悪い。度し難い。私たちが生を受けたのは、お前らの欲求を満たす為なんかじゃ、決してないはずだ。思わず握り込んだグラスにヒビが入った。中に少しだけ残っていたオレンジジュースが、テーブルを濡らしていく。




「あっ……ごめん」


「いい、気にするな。伶奈れなも説明をありがとう」


「わたしが、したかったことですから」




 伶奈・エリツィナという少女については、これでかなり理解が進んだ。その境遇にも、思うところがないわけではない。けど、ここからは私にとって重要な話だ。




「この子のことはわかった。けど、親戚とか、同じ学校に通わせるとかは、何なの?」


「透と同じだよ。そういう年齢なんだから、学校に通って然るべきだ」


「それなら、別の学校でもいいじゃん! 私が、こんなに苦労して学校に馴染んでるってのに!」


「伶奈は透と違って、人間関係の構築に難があると判断した。生活も、落ち着くまでは誰かと共に行うべきだ……誰かが守ってやる必要がある」




 わかってる。だ。薫子さんに環境を与えてもらったくせに、自分でそれを作り上げた気になって、そしてその環境に他者が踏み入る事を認められない。すごく子供じみた癇癪かんしゃくだ。けど、一方方向のやりとりは、そう理解していても呑み込むには




「守るって、それなら学校に行かせなくたって!!」


「頼む、透。守れとは強くは言わない。しかし、傍にいてやってくれないか」




 目の前の薫子さんを睨みつける。殺気も漏れ出てしまってるかもしれない。けど、彼女は怒るでも悲しむでもない、真剣な緑色の眼差しで、私を見ていた。




「それは、命令なの」




 こういう時には、決まってこう聞く事にしている。私は彼女の庇護のもとで生きる事を許された存在で、彼女が死ねというのなら、それに従って死ぬつもりだ。


 これは、薫子さんに教わった事でもなければ、そう言われた事もない。私がそうすべきだと思っている事だ。




「……命令だ、と言ったら?」


「黙って、従うよ」




 私がそう願っているから。


 だから私が『従う』と言葉にすると、薫子さんは少しだけ瞳を揺らした後に顔を伏せて、長いため息をついた。




「……じゃあ、今のところは、命令だ」


「……そ、わかった。でも、どう従うかは私に任せてもらうから」


「あぁ、それでいい。伶奈も、それでいいか?」


「……はい。トオル、よろしくお願いします」


「よろしく、なんて言わなくていいよ。あんたと私は生まれが似ているだけの、まだ他人なんだ」


「それでも、よろしくお願いします。わたしはあなたに会えて、とても嬉しいから」


「……変なの」




 理解はできた、思うところもある。けど、エリツィナと私には、致命的に隔たったものがある。


彼女のその白い手は、見た目だけではなくその内側までまだ真っ白で、私のこの手は、圧倒的に血に塗れている。それが例え、私自身が望んだ事であったとしても、私達の間に無視する事ができない壁を生み出すには、充分だろう。


 少しだけ、この空間に沈黙が流れる。理由はわかってる。私のせい。けど、だからこそ、私がその沈黙を破ることは許されない。



「……ふぅ……少し小腹が空かないか? 透の具合が良いなら、何か摘もう」


「……うん。でも、この子の事が知れたから、もう帰っても良いんじゃない?」


「いや、実はまだ話がある。その前に、何かしら腹に入れても良いんじゃないか?」


「それは、ありがたいけど……話?」


「……だ」

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