第22話
私たちがリビングに戻ると、
「
「いえ。トオルが落ち着いてくれて、良かったです」
「ごめん、薫子さん。お手洗い、汚しちゃった」
「謝らなくていい。悪いのは……いや……やはり私だな。すまなかった」
「そっちこそ、気にしなくていいよ。……でも、そういう話なんだね」
「あぁ……どうする。話すべきだとは思うが、また後日にしてもいいだろう。今日のところは」
「いや、大丈夫。どっちにしろ聞いた方がいいと思うし、覚悟はしたよ」
「そうか……強く、育ったな」
「……育てたのは薫子さんでしょ。話、聞かせてくれる?」
先程は不意の発言に、私の身体は拒否反応を起こしたみたいだ。けど、予めそういう話だと理解していれば、幾分マシだ。
そういう精神構造を作り上げるには、10余年という歳月は充分なものだった。今はとにかく、伶奈・エリツィナの話を聞いた方がいい。どちらにしろ聞いておかなければ、今後にも影響が波及しかねない。
「伶菜は……透と同じ、施設の出身者だ。だからさっきは、ああいった」
私は、何処かに私を産んでくれた父母の両親がいるわけではない。私が自我を得て最初に目にしたのは白で覆われた壁と天井。そして、白衣を見に纏った大人の姿。そういう施設、後から薫子さんに聞いたところ、『望まれた子供たちの家』と呼ばれた場所で生まれ育った。
エリツィナも、施設の場所こそ違えど、同じような環境で育ってきたんだろう。それは薄々、理解し始めてはいた。となると、聞いておきたい事はいくつかある。
話が始まって、また少し眩暈がする。けど大丈夫。まだ、耐えられる。お腹の中、空っぽにしたからだろうか。
「……っ……施設って言っても、私が生まれたところは」
「ああ、アタシたちが潰した。けど結局、あの場所もまた数ある中の一つに過ぎなかったんだろう」
私は、私が一人で歩ける程に成長した頃、薫子さんを含む特殊部隊によって施設から連れ出された。
薫子さんが当時何処の国に所属していたのかは知らない。けど、その部隊が『望まれた子供たちの家』に急襲をかけ、その後私の扱いをどうしようかとなった際に、薫子さんは私の手を引いて外の世界へ連れ出してくれた。
例えそれで日陰を歩む事になっても、それまで白く悍ましい内側の世界で生きてきた私にとっては、望んでいた外だった。
「そういう事……施設の管理者は?」
「調べている。だが、伶奈は託された子なんだ。少しかかりそうだ」
「託された? 私みたいに、師匠が連れ出したってわけじゃないってこと?」
「ああ、アタシの知人が最近になって連れてきた」
「その人は」
「死んだよ……死んでいたよ。アタシと同類の、馬鹿なやつだったようだ」
「そう……」
エリツィナは別の施設で生まれ育ち、薫子さんのように連れ出してくれた人がいた。しかし連れ出したその人は薫子さんほどに強く在れなかった為に、エリツィナを託して、命を落とした。……理解すればするほど、残酷な話だと思う。
「……あらましは理解したよ、いくつか聞きたいんだけど」
「あぁ、答えられる事なら」
「うん……まず、私と同じ施設出身者って事なら、この子も私と同じ……デザイナーベイビーなの?」
『望まれた子供たちの家』はつまるところ、秘密裏にして、現状の人類を超える能力を有する子供たちを研究、『開発』する施設だった。
私も当然、そういった経緯で以って産み出され、体の中に隠されたものを宿している。エリツィナも同様の施設で育ったと言うのであれば、間違いなく私と同じく身体に秘密を宿しているはずだ。
薫子さんは新しいタバコに火をつけて、一度煙を吐いた後に、私たちに向き直った。
「そうとも言えるし、また違うとも言える」
「……どういうこと?」
「隠すつもりはないんだが、何と説明するのがわかりやすいのか……」
「わたしから、説明をしても構わないでしょうか」
「……伶奈、いいのか。無理しなくてもいいんだ」
「トオルにはわたしの事を知ってもらいたいです。その為には、わたしから説明する事が最適だと思われます。トオル、いいですか?」
そして彼女は、自分の出生を聞かせてくれる。その事について、エリツィナ自身がどう思っているのかは、その青い瞳をみて感じとる事はまだ出来ない。
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