第21話 ふたりの生まれた場所




「妹?」


「妹」




 薫子かおるこさんに対して、私は意味がわからなくて、聞き返すように言葉を繰り返す。


同じタイミングで言葉を発したエリツィナは、どちらかと言えば、その言葉を確かめるようにして口を開いていた。


 そんな筈はないんだ。妹なんているはずがないんだ。なんだか胸が苦しい、背中に嫌な汗が流れている。


 エリツィナはどうなんだと目線を向けると、またあの青い眼と視線が混じり合った。




「トオルが、『⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎』、ですか?」




 視界が白く染まる。




「私は、『⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎』なんかじゃないっ!!!!」

 



 遠くで大きな声が聞こえた。


 呼吸がしずらい。視界は白くて何も見えない。胸が苦しい。寒い、寒い、寒い。


 私は⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎なんかじゃない。⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎じゃない。⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎とは違う。私を優しそうに見つめる瞳。私の頭を優しく撫でてくれる大好きだった手の平。わたしのそばに居ると約束してくれた⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎。寝台に横たわる姿。枯れたように細く⬛︎⬛︎始めていた⬛︎。濁った⬛︎。次々とみんなが⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎。そして次は。わたしは⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎じゃない。違う。違う。違う違う違うちがう。











「——る!——透! おい、大丈夫か!!」




 身体が大きく揺すぶられて、私がいま意識を失っていた事を知る。




「……し、しょお……?」


「っ……すまなかった。アタシの配慮が欠けていた」


「わ、たし……あれ? いま、なにが……」


「あれからもう12年経って、普段は何事もなく、学校にも通えているから問題ないと思ったが……いや、言い訳だ。すまない」




 テーブルの向こうにいた師匠がいつの間にか私を抱きしめていた。私もまたいつの間にか、自分の身体を抱き締めるようにして、そして意識を失っていたみたいだ。


あまりに自分の身体を強く抱きすぎたのか、ワイシャツ越しに指の爪が腕の肉を抉っていて、今更鈍い痛みを感じる。




「……トオル、これを飲んでください。落ち着くには水分を取るのがいいと、学びました」


「……あ……あり、がと……」




 気付けばエリツィナも私のすぐ隣へと身体を寄せていて、その手にしたグラスを私へ差し出してくれていた。受け取って、一息に飲み干す。一体どれほどそうなっていたのかはわからないけど、喉も乾いてしまっていた。




「トオル、ごめんなさい。大丈夫、ですか」


「……あんたが、謝る事じゃないよ……」




 私の過去、『家』の話。聞く分、語る分には我慢ができる。けど、自分の中でを関連づけてしまうだけで。




「うぐっ」


「トオルっ」




 急いでトイレへ駆け込んで、食べたばかりの食べ物を胃液と共に吐き出す。こんな事なら食べ過ぎるんじゃなかった。何度もぶちまけて、何度も水で流して。流れていくのは、ついさっきまで感じていた、楽しかったという感情みたいだ。


 二、三度、水洗レバーを操作した頃、誰かが背中をさすってくれている事に気づいた。小さな手だ。私の呪われて生まれ、汚してしまった手とは違うとも思っていた。けど、彼女もきっと、なんだろう。



「トオル、落ち着いて。我慢せずに吐き切ってください。残したままでは、喉に詰まる恐れがあります」


「……はっ……あんたって、そんな事まで理詰めなの? ……っ……少しは心配だとか、言えば?」


「……心配です。心配だから、そばに居ます」

 



 あぁ、優しい子なんだなって、さっきまでの自分を棚に上げて、そんな事を思ってしまう言葉と声色だった。申し訳なくなって、泣きそうになって、謝ろうかと思ったけど、私のうちで暴れ回る吐き気がそうさせることを拒んだ。


 そして少しの間そうして、薫子さんのところに戻る事ができたのは、時計の長針が数十分経過した事を示した頃だった。

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