第20話
エリツィナは私の必死の説明を受けて、傍目には素直に話を聞いてくれた。これで鈴乃宮高校にモンスターが生まれない事を祈るしかない。
「なるほど……性的な話は公の場で口にするものではなく……なるほど、興味深いです」
「まったく……余計な話ばっかり……」
「アタシは二人のどっちがタチでどっちがネコなのかとか関心があるがなぁ、アハハっ」
「タチ、ネコ。それは一体なんのお話ですか」
「それはもちろん、どっちがリードするのかって話だ。アタシの予想としては、透が断然ネ」
「話すな、バカ。あんたも聞かないで」
「ですが、トオル」
「聞くな」
「……はい」
話をこれ以上横道に逸らさない為に、圧をかけて二人を黙らせる。私はこんな話をする為に、ささやかでもリスクを冒して師匠の家に来たわけではない。
「それで薫子さん。もう一回だけ聞くけど、この子は何者なの」
「……話したくないといったら?」
「ボッコボコにして、話したくさせてあげる」
「おっかねー。そんな子に育てた覚えはないんだけどなぁ……ん? どうした伶奈」
薫子さんに話を振られたエリツィナは、またさっきと同じようにおろおろしている。別に、本気で命のやり取りをする間柄ではないと言うのは、さすがに理解したと思ったんだけど。
「あの、二人は」
エリツィナはそこまで言葉にして、不自然に口を閉ざした。言葉を選ぶ事に迷っている風ではなくて、話していいのかどうかを迷っているようだ。
「いいぞ、話して。ここなら余程のことがない限りは問題ない」
「だってさ、気になるなら話しなよ。てかさっきも、そんな話してたし」
「……ふたりは、暗殺者という仕事において師匠と弟子と言う間柄だと認識しています。師匠とは弟子に教えを与えるもの、つまりその道の先達者で、多くの場合実力として上回っている筈です」
「んー? まぁそうだな?」
「ですが、トオルはカオルコに対して、命のやり取りをしても問題がない。余裕をもって退けられると認識している……そういう態度であると、わたしは思いました」
エリツィナの言いたい事がなんとなく理解できた。どうして実力者である師匠に対して、劣る弟子である筈の透がそこまで強気でいられるのか。そんな所を考えて、不思議に思ったんだろう。
実際のところ、師匠には殆どの場合で敵うことは無い。銃撃戦による銃殺、毒殺、謀殺……多岐にわたる暗殺手段において、師匠は万能と言っていいほどの才覚を有している。
教えを受けたとはいえ、私がそれらを用いて彼女と競った際、翌日の朝日を眺めることは不可能だろう。けど。
「伶菜の言う事はわかるよ、実際アタシはスーパー凄腕の暗殺者だからな」
「自分で言うなよ。……まぁそこは、認めてやらんでもないけど」
「お、デレた? 透がデレた?」
「うっさい」
「……ではどうして、トオルはそのような態度を取れるのですか? 目上は敬うべきで、その態度は粛々としてあるべきだと認識しています」
「別に敬ってないワケじゃ」
「デレた?!」
「敬ってないわ、うん」
不思議そうに尋ねるエリツィナに対して、師匠はくつくつと笑うとワイングラスを傾け、そしてそれに答えるように口を開いた。
「まぁアタシがスーパー暗殺者である事を踏まえた上でー……その上で透はアタシを上回る点が二つある」
「上回る点が二つ、ですか?」
「あぁ。『半径5m圏内での格闘戦』、それから、『長距離からの狙撃』。今この場で透がその気になれば、私の頭はこのテーブルの上に、バースデーケーキみたいに飾られるだろうさ」
「ケーキ食べた後に、嫌な例えしないでよ」
「本当のことだろ? ま、アタシは透の、はずかしーい話を知ってるから、そんな事にはならないだろうけどなー」
薫子さんが言う『透の恥ずかしい話』という言葉を受けて、私は思わず顔が熱くなるし、隣のエリツィナは目を輝かせた。表情の変化が弱い彼女にしては、ずいぶんハッキリとした意思表示だったと思う。
「その話はしないでよ、バカ!」
「トオルの恥ずかしい話……? 詳しく、聞かせてもらえますか」
「どこに興味を示してるんだよ、無視しとけ!」
「あれは透がまだ……12の頃だったかなぁ」
「話を続けるなぁ!!」
思わず息を乱しながら、話を続けたようとする薫子さんの言葉を遮って、ぜーぜーと息を吐きながら話を戻す。もう、さっきから話が横道に逸れまくりだ。
「ふぅ……もういいでしょ、話を戻そう」
「トオルがカオルコを上回る二つの点について、理由も聞きたいのですが」
「その話は今度でいいでしょ、今日はあんたの話をしにきたんだから」
「恥ずかしい話も今度ですか?」
「その話は一生しない! 二度と聞くなっ!」
「そう、ですか」
「……ふーっ……それで、薫子さん、話してくれる?」
いい加減話を進めようと三度薫子さんを促すと、彼女は息を一つ吐いて、『しょうがないか』などと言いつつ、タバコに火をつけた。
私がタバコを吸わないでと言ったにも関わらず、火をつけた。その事が意味する事を私は知っている。だからその事を私から今咎める事はしない。難民キャンプの子供の行方、他所の傭兵部隊の男達が夜な夜な何処に向かうのか、私がどう言う『家』で育ったのか、私が手にかけた男の家族がニュースに取り上げられた時の事。
それらについて語る時、薫子さんは決まってタバコを燻らせて、その紫煙と共に言葉を吐き出してきた。今回もそういう、煙に紛れさせなければ言葉にしがたい話なのだ。
「伶奈は……オマエの妹だよ、透」
そして吐き出された煙は、その見た目にそぐわない充分な衝撃を持って、私の視界を大きく歪ませた。
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