第19話

 確かにさっきは、薫子かおるこさんの飄々ひょうひょうとした態度と、学校での出来事でイライラしていたのもあって、『迷惑した』なんて口をついて出てしまった。


けどよくよく考えれば、それはエリツィナに原因があるとも言い切れないし、まして、こんな笑ってしまいそうになる程、困った表情を浮かべる彼女に向けるのはちがう気がする。


 ここははっきり伝えておかないといけない。


 多分エリツィナがこんな表情を浮かべたということは、私が彼女の事を疎ましく思っていると勘違いしたからだと思う。


けど、正確には、私は現状エリツィナに対してプラスもマイナスの感情も抱いていない。いや、顔が良いと認めている所はプラスかもしれないけど。


 関係性を勘違いした結果が、致命的なものを産みかねないという事は、不覚にも学生生活で学んだ。


 前日まで仲の良かったクラスの女子2人が、ある日突然と言って良いタイミングで会話をする事がなくなった。


耳にした話によれば、一方が一方の恋人を寝取り、結果2人の関係性に不和が生じたのだとか。けどそれも、噂を辿れば、『そもそも恋人関係にはなかった』だとか、『寝取ったという事実は存在しない』などという真実が明らかになって、二人は様々な食い違いの果て、学生生活における安息の関係を失う事になったんだ。


 私はそんなリスクは負えない。それになにより、私個人の気分が良くない。だからハッキリと告げてやる。




「あー……学校では恥ずかしかったけどさ、あんたは悪くないよ」


「……ですが、恥ずかしい思いをさせてしまったのは、事実なのでしょう」


「いや、あれも……元はといえば、私がボーッとしていたのが悪いしさ。もっと言えば」




 ずびしっ、とオノマトペが見えそうなほど明確に、はっきりとした態度で、正面の女を指差してやる。




「薫子さんが悪い。あんたが学校に来る事を知らせてなかったんだから、かなり悪質」


「アタシぃ? アタシとしては、サプライズのつもりだったんだけどなぁ」


「サプライズは受け取り手が喜ぶ事が大前提だよ。薫子さんのは悪ふざけって言うんだ、反省して」


「辛辣ぅ……」


「……では、トオルはわたしのこと、嫌いではないのですね?」


「まぁ、うん」



 好きでもないけど。顔がいいのだけは認めてやる。


 とりあえずのところ、エリツィナは嫌いじゃないよと告げてやると、彼女はまた自分の掌を抱きしめる様な仕草をして、目を伏せた。これも彼女の癖なんだとは思う。


その仕草が何を示すのかはわからない。けど、そのお姫様の様な容姿とあいまって、物語の中のお祈りを捧げる乙女のように私の目には映ってみえた。


 その姿を見ていると、また何だか胸が苦しくなってきたので目を逸らすと、私、というより私たちを、不思議な目で眺める薫子さんと目があった。




「……なにさ」


「……ん、いや……たった一日とはいえ、仲良くなってくれたみたいだな」


「仲良く? ……別にそんなつもり、ないけど」


「天邪鬼なのは相変わらずだな。ま、そういうののは、後からついてくるものか」


「変なこと言わないで」




 薫子さんがなにかワケ知り顔で語った言葉は、よくわからない。私にとって仲良くするというのは……まぁ、ひまりと過ごしている時のような事を示している気がする。それに比べるとエリツィナとは、まだ言葉を交わしたくらいのもので、仲良くしているという状態には程遠いと思う。


 エリツィナも薫子さんの言うことが気になったのか、顔を上げて、改めて3人で向かい合う事になった。これからが本題だろう。話をする前に喉を潤そうと、手元のオレンジジュースをひと口あおる。



「仲良く……というのは、まだ達成されていないと思います」


「おや、そうなのか? 伶奈がそういうなら……うーん?」


「だってまだ、から」


「んんぇっふ、ごほっ」




 咽せた。盛大に私は咽せた。




「え! なんだその話、聞かせてくれ!」


「ちが……あんた余計な……ゲホッ」


「仲良く、と言う言葉が多面的な性質を有している事は知っています。しかし、先ほどの話から推察するに、ふたりの共通認識として仲良くするということは『性行為を行う』というものであるとわたしの認識も更新しました」


「なるほど! 私の女癖の話をしていたからな、それでそれで!」


「いやもう……ゴホッ、それ違うから……薫子さんも食いついてくんな、バカ……コホッ」




 それから、やたらに興奮し始めた薫子さんをたしなめつつ、エリツィナの誤解を解いたり、そういう話をする事についてなど、小一時間ほど時間を取られることになった。

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