第14話 私の師匠、薫子という人

 程なくして私とエリツィナは、下校路からまた少し離れた住宅街、その中に紛れるようにして佇むマンションへと到着した。


8階建、外装を黒で固めたこのデザイナーズマンションは、師匠ので、7階の角部屋が私たちの目的地となる。


相変わらず二人とも無言のままエレベーターへ乗り込み、そしてたどり着いた部屋のインターホンを鳴らす。私の気分としては連打してやりたいくらいだけど、平常心、平常心……。




『お、ちょっと待ってくれー』




 インターホンの向こうから、私の気など何も知らないかのようなお気楽な声が聞こえてくる。まずい、このままだと、師匠の顔を見た瞬間に手が出てしまいそうだ。平常心……平常心!


 ワインレッドの玄関扉を前にして、思わず足をぱたぱたと鳴らしながら待つ。そうして向こうから、慌てたような音が聞こえた後ゆっくりと玄関扉が開き、見慣れた顔がその隙間から現れる。


 師匠のセーフハウスに行くと稀によくある、ほとんど全裸みたいなネグリジェ姿だったらどうしようかと思っていたけれど、今日は真っ白なブラウスに黒のスキニージーンズというまともな格好だったから安心できた。


この格好に、アップにした赤茶の髪、緑の瞳を覆うアンダーリムの眼鏡、咥えタバコと合わされば、いかにも仕事の出来る大人の女といった佇まいなのに、実情を知る私からすると、残念でならないように思えて仕方がない。




「おー、おかえり透、伶奈」


「……ただいま、薫子かおるこさん。ってか迎えるのにタバコはやめて、制服と髪に匂いがつく」


「悪い悪い、料理してたら、つい興が乗ってしまってな。ほら、早く入りな」


「ただいま、です。カオルコ」




 薫子さんが玄関横に備えられた灰皿でタバコの火を消して、それから私たちもようやく家へとあがる。


最早手遅れな気がしないでもないけど、私は玄関で靴を脱いでから空間消臭剤をせっせと振り撒いた。エリツィナは黙々と脱いだ靴を揃えてから、また私の後をついてくる。




「薫子さん、言いたい事と聞きたい事が山ほどあるんだけど、どっちから責めたらいい?」


「待て待て、まずは飯にしよう。お楽しみはそれからだ」


「ご飯の用意はありがとうだけど、先に話してからでも」


「今日はパーティだから、豪華にしたぞー? メインは透の大好きなスペアリブだっ」


「……!……いや、そんなんじゃ誤魔化されないから」


「オマケに伶奈の入学祝いでケーキもホールで用意した!」




 あまりに師匠の話の逸らし方がわざとらしいので、しょうがないから今はこれ以上の追求をやめることにする。


決してケーキに釣られたわけじゃない。


玄関先ではタバコの煙たさで気づけなかったけれど、キッチンから様々な料理の良い匂いがする。


 思えば、私は昔から薫子さんの料理の腕前に黙らされていたような気がして、そう気がついてしまうとちょっと腹が立つ。私とエリツィナの荷物と制服のブレザーをリビングのソファへ預けてから、改めてダイニングへ戻ると、テーブルには既に様々な料理が並んでいた。




「一通りは並べたけど、煮込みはまだキッチンなんだ。配膳手伝ってくれるか? 伶奈も頼むよ」


「はい。お皿を用意すれば良いですか?」


「あぁ、白い、深めのやつを用意してくれ」


「深め。深め……」


「……一応聞くけどさ、これ、何のパーティーなの?」




 薫子さんの浮かれっぷりが気になって、つい尋ねてしまう。すると彼女は、それはまぁ見事なドヤ顔を披露してくれて、それを見た私は聞かなきゃ良かったと後悔した。




「決まってるだろ? 『伶奈よ、ようこそ我が家へ記念』だ!」




 いつは、家族という間柄になったのか。意味不明で乾いた笑いが出てくるけど、これ以上はもう聞かない。面倒、だから。ほんとに聞かなきゃ良かったかもしれない。

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