第12話
赤っ恥をかくことになった授業も、安穏としたLHRも終わって、放課後。既にクラスメイトのほとんどが部活へ向かったり、塾へ向かったりという用事で教室を後にしており、残っているのは私を含めて数名だ。
帰宅部の私は、平時であればまっすぐ自宅へ帰るところなのだけれど、今日は師匠に聞かなければいけないことがある。
だからさっさと帰ろうとしたところ、朝と同じ様にひまりは私のところへと猫の様な素早さで歩み寄り、そして朝と同じ様に私の太ももの上でゴロゴロし始めた。
エリツィナは何をするでもなく、そんな私とひまりの様子を見ている。見ているというか、瞳に収めていると言った方が様子としては正い。
「いやぁ今日は大変だったね、とおるぅ。れなちゃんの事が気になっちゃったぁ?」
「は、別にそんな事ないし。ってかひまり、あんたが爆笑してた事、私わかってるんだからね」
「えぇー、なんのことかなぁ。ひまりちゃんはぁ、とおると違って美少女に目を奪われない、節度のある生徒なのでぇ……ぷふふっ!」
人が恥ずかしい目にあったというのに、それを煽る様にして小馬鹿にしてくる。やっぱりムカつくので、膝の上のひまりの顔をこれでもかと揉み込んでやる。
「やめろー、やめろー。ひまりちゃんがこれ以上可愛くなったら責任取れんのかー。むしろ、責任取れよぉ」
「何の責任で、どこからその自信が出てくるのさ……それよりごめん、そろそろ帰るから、退いてよ」
「えっ?!」
私のお願いを聞いたひまりは跳ねる様にして起き上がり、私へと身体の真正面を向けた。起きた時に彼女の頭が私の顎を掠めて、ちょっと痛い。
「っつつ……何にそんな驚いてるの。別にいつものことでしょ」
「そうじゃなくて、実はさー。かえでたちとカラオケ行こって話になってて、れなちゃんの歓迎会も兼ねられたらなぁって思ってて……とおるとも一緒に行きたいんだよぉ」
「何それ初耳……でもごめん、今日はこの後外せない用事があるんだ」
「そんなぁ……どうしても?」
「どうしても。ごめんね」
今日ばかりは、ひまりとの仲を深める以上に優先しなきゃいけないことがある。それを思うとひまりには本当に申し訳ない気持ちになるけれど、これも伶奈・エリツィナってやつが悪いんだ。
私が『どうしても』という時は何をどうしても不可能だって事を、ひまりは短くはない付き合いの中で理解してくれている。だからいまも、シュンとした表情で力なく頷いた。埋め合わせはそのうちするから、今日のところは許して欲しい。
「……れなちゃんはどう? 来れそうかな?」
「歓迎会の主役をまだ誘ってなかったの……?」
「だからいまあたしが誘いに来てたんじゃあん。ちょっととおるに甘えて、だらだらしちゃったけどさぁ。それでそれで、どうかなぁ」
水を向けられたエリツィナは……相変わらず変わり映えのしない表情で、私とひまりをジッと見ている。話は聞いていたと思うんだけど、あんまりにも反応がないその姿は、ほんとうにホテルとかに飾られているアンティークドールの様だ。
「れなちゃん、カラオケ、どう?」
「……お誘い、嬉しいです」
「えっ! じゃあ!」
「でも、申し訳ありません。今日はトオルのお家の方から、まっすぐ帰る様にと言われています」
「そんなぁ……二人は親戚なんだもんねぇ、これからの事とか話さないといけないのかなぁ」
「まぁ、そんな感じじゃない? それよりひまり、これからカラオケなんでしょ。時間は大丈夫なの?」
「時間……やば、もうこんな時間! 何で教えてくれなかったのさ、とおるめ!」
「いや、あんたの方から構いに来たんじゃん……」
「この埋め合わせは必ずしてもらうよ! それじゃ、れなちゃんもまた来週ねー!」
そう言って、子猫の様な彼女は未練がましくも、ぱたぱたと慌ただしく教室を走り去っていった。この場に残されたのは、私とエリツィナの二人だけ。気まずいかもしれない。
「……それじゃ、私は行くけど、あんたは?」
「わたしも帰ります。ご一緒、しますね?」
「そう、りょーかい」
どうやらついてくるみたいだ。師匠には先に連絡していたから問題はないけど、帰り道、この子と一緒かぁと思うと、登校の時と同じくらい憂鬱だ。
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