第11話
『2023年より各国間での開発競争が激化した核融合炉。その開発にていち早く革新的技術の開発に成功した我が国は次世代のイニシアチブを握る。これが、2031年の第三次エネルギー革命だな』
朝のLHRでは、私の親戚だと紹介されていた。言葉通りに親戚である事はまず考えられない。私が生まれ、4歳ごろまで過ごした『家』は、当時の師匠を含む『部隊』の手によって壊滅させられているからだ。
これについて考えられる事はふたつ。ひとつは、私に害意を向ける敵対者。
どうやってかは知らないが私が暗殺者である事を探りあてた存在が、これまたなんの理由があってか私を消そうとしている。公の場にエリツィナを送り込んだという事は、彼女の背後にいる誰かは彼女もろとも私を消すつもりだ。
けど正直、これは考えとしては弱い。まず私の事を知る人間はごく少数で、私、師匠を除けば、私の身体面で助力してくれる『ドクター』と、兵器開発を担当する『ジョセフ』、情報提供に協力してくれる『佐藤』のみ。
ジョセフと佐藤に至っては、私の身長、体重、利き手、得意な戦術などを師匠越しに伝え聞いているだけで、私の顔を見たことすらないはずだ。
そして、現場で私の姿を目撃することができた人間は、残らず私のこの手で消し去ってきた。
界隈では、師匠は子飼いの暗殺者が何人かいて、そのうちの一人が私であるという様に捉えられているはずだし、師匠の安全は彼女自身の手で確保されている。だから、罷り間違っても外部の人間が私にたどり着く事は考えられない。
『エネルギー革命で他国に対してリードを得た日本はその後、工学のみならず、医療、薬学、生命科学など様々な方面で、当時の天才達による技術発展が行われ世界に様々な恩恵をもたらした。これについて、何かパッと思いつくものはあるかー? なんでもいいぞー』
『はい。培養肉の安定供給、それに伴う食糧問題の緩和、でしょうか』
『いいぞ井之上、その通りだ。そうして確固たる地位を築いた日本国内には、それぞれの技術を主導した企業が新たな財閥を作った。それが今では七柱と呼ばれるものだ』
ふたつ目、どちらかといえばこっちが本命。エリツィナを送り込んだのは、師匠だ。何の理由があってかはわからないけれど、師匠が送り込んできたのであれば、私の親戚というゆかちゃん先生の説明にも納得はいく。
正体に関しては不明のままだから、どちらにしろ早々に師匠を問いただしてみる必要があるだろう。
『先生、培養肉といえば、七柱ってクローンを作ってたりするって本当ですかー?』
『おいおい長岡、それはオカルトの領域に入るぞ……詳しい事は別の先生に質問して欲しいが、まぁそういった事に七柱が関わっているとは考えられないだろう』
『なんでですかー?』
『クローンや人間を科学的に一から作る事には幾つか問題がある。最も大事なのは倫理的問題だが、さらに重要なのは完成させることが出来ないって事だな』
『完成させられない?』
『遺伝子レベルの問題で、身体に問題があったり、寿命が短くなってしまう。その問題を解決する事が未だできていないんだ。だから七柱のような大財閥たちであっても、短命な人間を生み出すような神に叛く所業には手を出す事はしていないだろう……多分』
『多分って、先生』
横道に逸れた授業が盛り上がり、少しの笑いが生まれる。けど私の意識はやっぱり隣のエリツィナに向けられていて、その姿だけが視界を埋め尽くす。
窓から差し込む光を反射して、長い白金の髪がキラキラ艶めいている。大きくつぶらな二重の目は、彼女が日本人離れした存在である事を否応なく示し、私が彼女を『お姫様の様だ』と思ってしまったのも仕方のない事だと思う。
不意に、エリツィナがこちらを向いて、その瞳が私の視線とぶつかった。陽に照らされた海の様に、鮮やかなライトブルーの瞳。その目と見つめ合っている事実が、私の胸をどこか苦しくさせる。
伶菜・エリツィナ。あんたはその瞳の向こうに、一体何を隠している?
「——おい、おい氷高!」
「っ! はい、はい! なに?!」
「なに、じゃない! 転校生のことが気になるのはわかるが、授業はちゃんと聞け!」
「っ……は、はい。すみません……」
「可愛らしい女子が隣になって嬉しいのはわかるが、節度は守るんだぞ!」
「き、気をつけ、ます」
それはセクハラになるんじゃないかというヒラセンのお叱りの後、教室中で起こる笑い声。それを向けられた私は、もうみるみる顔が熱くなっていってる感じがする。
遠くの席のひまりは、目に涙を浮かべそうな程に大爆笑していて、それが一層腹立たせるし、恥ずかしくてしょうがない。八つ当たりの様にエリツィナに目を向ければ、彼女は相変わらず薄い表情で、こてん、と首を傾げた。
ちくしょう、伶奈・エリツィナめ。覚えてろよ。
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