第3話 『女子高生の氷高透』の一日
冷たい水で顔を洗って、寝ぼけた頭を一気に覚ます。鏡越しに寝癖が見えたので、いそいそと寝癖直しで手入れする。
ふと、鏡に映る髪色が気になってきた。
ブルーアッシュの髪色に似合うと思って、インナーカラーをライトブルーにしてからしばらく経つし、そろそろ違う色を試してみてもいいかもしれない。長さは今と同じ肩までのボブで。
「カード、どこやったっけ……次でスタンプ溜まるはず」
行きつけの美容室のお姉さんは、私があんまり喋りたがらないのを察してか、それとも元々そういう人なのか、静かに施術してくれる。
だからこの街に引っ越してくる時には、『美容室探さなきゃいけないのかなぁ』なんて考えていたけれど、最初に引き当てたそのお店に通い続けることにしていた。
さぁどこへやったかなとタオルで顔を拭って寝室へ戻り、これまた使い慣れた学生鞄を漁る。紺色のそれも、最初は抱えるのが鬱陶しく感じられたけど、今ではすっかり馴染んできた。
「あれ、財布に入ってない……あれ?」
別にお金に苦労しているわけじゃないけど、割引が効くか効かないかはそこそこ大事だ。割り引いた分、ハンバーガーショップでポテトのサイズをSからLに気兼ねなく変更できる。
最後にカード入れを触った時は……この間の師匠の家だ。その時にでも落としただろうか、だとしたら最悪だ。
師匠のセーフハウスには行けないわけではないけど、必要がない時は可能な限り寄らない様にしている。たかが数百円のために、命を落とす可能性は極力抑えるべきだし。
「はぁ、もう……この間も最悪だったし」
春休み中にあった依頼を終え、報告の為にセーフハウスへと帰ると、師匠は宣言通りカレーを用意してくれていた。
彼女としては珍しく辛口ではなく、聞けばコーヒー牛乳を隠し味に使ってマイルドに仕上げたんだそう。味も良くて、おかわりを3杯もしてしまった。そこまではいい。
けど、師匠がビールの4缶目を空にしてからが酷かった。脱ぐわ脱がすわ、抱きつくわ。最終的に酒臭い女に抱きつかれたまま、翌日の朝を迎える羽目になってしまった。
その朝に鏡で見た私の黒い目はやや濁っている様に見えて、酒好きと結婚したりするとこういう苦労があるんだろうなと思わされた。
「黙ってれば美人なのに……あぁは成れないな」
美容室のカードのことは、もうしょうがない。どうせ遠くない内に、また依頼があるんだからその時に回収しよう。師匠のセーフハウスが前回と同じであれば、だけど。
スマホで時計を確認すると、そろそろいい時間だった。ぱっぱと着替えないと、学校へ遅刻しそう。
寝間着にしているオーバーサイズのシャツを脱いで、この一年で慣れた制服姿へと着替えて行く。ネイビーのブレザーはこの間みたいに夜の依頼の時には、姿を夜闇に暗ませるのには便利だと思う。
反面、同じ色をしたスカートの丈が短くて太ももがむき出しなのは、寒い時にはしんどい。動き易いのはいいんだけど、周りの女子がそうしているからそれに倣わなければいけないというのはクソッタレだ。
そこに一応薄手のパーカーとショートのスクールソックスを合わせて『らしさ』を演出するのを忘れない。パーカーはダークグレーの最新式デシタルカモだけど。
とにもかくにも、制服を着ることで、『私はギターがちょっと好きな、一般的な女子高生ですよー』と周りに訴えかけるのだ。そんな中で両耳につけたイヤリングやイヤーカフは、こればかりはささやかな私の好みだ。
「もうこんな時間。そろそろ出るかぁ」
鞄とギターケースを抱えて、玄関でローファーを履けば、準備万端。玄関を開ければ、私の表の顔、『女子高生の
まぁこれが、私にとっては依頼と同じくらい、緊張する毎日なんだけど。
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