第2話
締め切られた窓の向こう、カーテンが揺れる。盛り上がりすぎてそうなっているのでなければ、恐らく数秒後に窓が開かれるだろう。目標はお楽しみの後にさっさと女性を帰してしまうような、女泣かせなのは調査済みだ。
「自分がヤバい事をしてるって自覚はあるだろうに、女を連れ込むなんて余裕だよね」
『逆だよ、余裕がないからこそだ。男の生存本能って奴?』
「あー……キモ。そんなにセックスっていいものかな」
『オマエがあと5年早く産まれていたら、アタシが手ずから教えてやったんだが』
「やめて、冗談でもマジでキモいから……
カーテン、続いて窓が開かれた。部屋の中から上裸の男が現れ、ベランダでタバコに火をつける。
ひとつ目の呼吸で、空腹感、指先の冷たさ、スコープを覗き込んでいるという感覚、目標と自分の間にある余計なもの、全てが消える。今の私は、慣れ親しんだレミゼラM900カスタムの引き金を絞るだけの存在だ。
ふたつ目の呼吸を静かに、ゆっくりと吸い込んで、吐き切ってから息を止める。そしてまた静かに、丁寧に引き金に指を添えて。
引き絞る。
胸から全身へ伝わる反動、衝撃。
サプレッサー越しに、控えめで、でも確かな発射音が空間に響く。
バレルを通りマズルから放たれた7.62×51mm弾は過たず、導かれるように夜空を駆けて。
「……
スコープの向こうでは、窓ガラスに寄りかかった男が、ズルズルと身体を崩す様にしてもたれている。その胸から赤い血潮をぶち撒けながら。
けれどきっと苦しくはないだろう。苦しむ前に死ねるだろう。いつか私が死ぬ時も、ああやって苦しまずに死ねたらいいなと思う。
『お見事、お疲れ様。撤収』
「了解、あとは」
『今回も向こうさんが片してくれる。カレー、温めとくよ』
ボルトを引いて、薬莢を排出。ラッチを押して、『今回も』使わなかった残弾を取り除く。
手早くサプレッサーを外して断熱材で包み、バイポッドを折り畳む。ストックも畳んで、『ギターケース』へと収納した。ARグラスやマスクも外して、同じように格納しておく。
「さて、私がいた痕跡は……なし。帰るか」
ケースと学生鞄を抱えて、階段とは逆の方向へ小走り。お腹が空いた、そろそろ何か食べないと限界に近い。
たたっ、と走って着いたのは、この13階フロアの端。私の正面にはお隣のビルの屋上、距離8m。
その屋上は今私がいるこのフロアより低いけど、普通の女子高生ならその高さに立ちすくんだりもするかもしれない。けど私にとっては、雨に降られた後の水溜まりを避ける事と大差ない。
今日の帰り道は、三つ向こうのビルの屋上から降りる手筈だ。
だから少しだけ助走を取って、向こうのビルへ向かって走り、そして勢いをつけて跳ぶ。
「ごはん、大盛りにしてもらおっと」
そして私は、都会の夜空へと姿を隠す。
これが私の仕事。
女子高生でありながら、私の様なヒトデナシを、闇夜に紛れて消していくことが、私を私でいさせてくれるんだ。
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