共に地獄に落ちてくれたなら。

上埜さがり

第1話 私の仕事

 時刻二三〇〇。湿度45%、気温は17℃。風は南西から1.8m。ARグラスに表示された情報を確認して、小さくため息。


 世の女子高生は春休み謳歌中だと言うのに、私は人のいない建設中のビルの上、そしておよそ女子高生には似つかわしくないを覗き込み、地面に身体を伏せている。


 高層階は風が吹き込んでくるし、剥き出しのコンクリートは制服越しでも冷たくって、体感気温は情報より寒い。


 しないけれど、思わず太腿を擦り合わせて少しでも暖かくしたいくらいだ。無邪気に人の太腿に手を突っ込んでくるひまりのうっとおしさが、こういう時に限っては恋しい。




「さむ……さっさと動けっての」




 スコープの向こう765m先の目標地点、窓にもその奥のカーテンにも動きはない。師匠の調査では、この時間はセックスフレンドを家に連れ込み、のはず。


 最後のお楽しみなんだ、存分にと言いたいところだけど、あまり時間をかけられても不愉快だ。電気がついている事は確認できているから、ターゲットがいるのは間違いないけど。



「師匠の情報、たまーに外れるのよね。あてになんねーっ」


、バカ弟子』


「知ってて言ったよ、バカ師匠」



 ARグラスに備えられた小型スピーカーから、私がこうしている事を知る唯一の人の声が聞こえる。


およそ、この稼業について出来ない事のない彼女ではあるが、多才である分時々ポカをやらかすのは、12年の付き合いで充分理解しているつもり。まぁ、致命的なミスだけは絶対に犯さないから、信頼はしているんだけども。


 ターゲットの写真を見せられたときは、『ああまたこのタイプか』と呆れるしかなかった。


 丸山義仁、34歳。中肉中背で人当たりの良さそうな眼鏡男性。抹消理由は、彼が所属する八傘化学の情報流出、硏究資金横領及び流出先のテロリストグループの国内誘致を図った為。


とりわけ三つ目の理由が依頼者の琴線に触れて、私たちが動く理由となった。彼ひとりを消したところで、この国に無数に存在する悪意の灯火は消えない。けれど、彼を消す事で、対外的には明確な見せしめとなる。この国に手を出せば、こうなるぞってね。


 私と師匠が働く時は大抵こういう、この国に要らない奴を消す時だ。師匠も私も、母国の平和を乱す悪者を裁く正義の味方を気取るつもりはない。


私だって銃刀法が施行されてうん十年のこの国で、全長1mを超える狙撃銃を使って人を撃つ犯罪者なんだから。けど、なんの因果が働いてか、私がこのスコープで覗き見るのは、私と同じのような奴ばかりだった。



「真面目そうな見た目通り、黙って真面目に働いていれば、今日死ぬ事もなかっただろうに」


『真面目に生きたって、報われるとは限らない。特に、自分に才能があると思い込んでいる分野でそうした時に、人間がどうするかは二つだ』


「そのまま死ぬか、道を踏み外して死ぬか?」


『わかってるじゃないか。ターゲットは踏み外したんだよ。奈落へ続く、その崖端から』


「転職すればいいのに。一つの職場にしがみついて生きるなんて、時世じゃないでしょ」


『言っただろ。才能があるだけ、報われない事を認められないのさ』


「そういうものかな」



 おしゃべりをしながら、かれこれ五時間が経過しようとしている。師匠と違って私の若々しい肌にも、そろそろチークレストの跡がついているはずだ。


いつでも引き金を引けるように添え続けた指がこの時期の夜の冷たさで、冷えてきているように感じる。



「時間が無かったとは言え、制服のまま来たのは失敗だったかも」


『今日を逃せば、また寝床を変える可能性があったんだ。それとも何日も張り続ける方が良かったか?』


「それも勘弁して。ご飯もそうだし、おむつはできれば履きたくない」


『ハハッ、慣れれば快適じゃないか?』


「軍隊上がり基準ならそうかもしれないけど、花の女子高生は、介護用おむつなんて何日も履かない」


『そういやご飯といえば、今日の夕食はカレーだよ。終わったら食っていく?』


「シモの話の直後に、カレーの話をしないでよ……でもカレーかぁ」


『今日のカレーは自信作だ。隠し味を当ててくれよな』


「師匠のカレーは味は美味しいんだけど、かっらいんだよなぁ……動きがありそう」


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