第3話 逃避

 6月に入ると、1年生たちもある程度の距離ならジャンプシュートが入るようになり、練習試合などの機会で試合経験を積みながら順調に成長していた

 俺はというと、1年生に追いつかれないように普段の練習に加え自主練の量を増やしていると、疲れが溜まっていたのか一度こけた際に左手の筋を伸ばしてしまい、ドクターストップがかかっていた

 この怪我と前回の骨折が原因で、冬香からは怪我のし過ぎからバスケ部をやめるように言われていた。だが、個人的には好きなバスケをやめるという事はしたくなく、顧問に相談することも無く部活動を続けていた


「なあ大輝、今部員内でバスパン使用に関する署名してるんやけど名前書いてくれへん?」


 ある日の朝、珍しく正樹の方から話しかけてきたかと思えば署名に関する要請だった

 うちのバスケ部では、練習中はバスケットパンツを履くことが禁止されている。これは、バスケ部が特別禁止されているわけでは無く、他の部活においてもクラブTシャツを着ることは許可されているが、ズボンは体操服のズボンという風に決められている


「え、別にいいけど、この署名って先生の許可取ってるん?」


 俺は、この署名活動が独断行動なのか先生からの許可の元で行動しているのかが気になり、正樹に確認してみた


「いや、なんなら先輩たちにも言ってない。先輩たちはもうすぐ引退やし、別に先生に言う必要はないやろ」

「いや、先生に確認してから行動したほうが良くないか?勝手にこう言うことしてるのがばれる方がまずく無い?」

「え~、面倒くさいからいいわ」

「俺はこれが先生から許可出てるなら署名するわ」

「は?意味わからんすぎるやろ」


 正樹には俺が署名する条件だけを伝えた

 別に署名することは良いのだが、もしこの署名活動自体に問題があった際に自分は責任を負いたくないという考えから俺は正樹にこの条件を提示した


 その後、何がきっかけだったのか分からないが、この署名活動が顧問にバレ、署名活動を行っていたメンバーは呼び出しをくらっていた

 どうやら俺の危惧していた通り、詳しい理由は知らないが、この学校では署名活動自体が問題らしく、その活動を先生に黙って活動していたことも影響して、こっぴどく怒られたそうだ


「大輝、お前が先生にチクったんやろ!」

「はあ?そんなことする必要ないやろ、別に俺は先生からの許可があれば署名するって言ってたやろ」

「だって、署名してないのお前だけやぞ!1年全員署名してるのに!」

「いや、1年が3年に口を滑らしたとかじゃないの?俺は知らん!」

「署名してないお前が一番怪しいに決まってる!この裏切り者が!」


 正樹は俺に対してそういい捨てるとこの場を去っていった


 それから正樹は1年生に対しても俺が裏切り者という風に伝え、俺は「バスケ部の裏切り者」として扱われるようになった

 それまで、色々教えていた1年生も俺の事を恨ましく見るようになり、俺は段々と部活に行く事が嫌になっていた


 それから数日後、俺は顧問に呼び出されていた


「赤松、今日お前の親から連絡がきたんやけど、部活やめるんか?」


 どうやら冬香が俺に黙って学校に電話し、俺の退部を伝えていたらしい

 この時の俺は、まさかたった2回の怪我でそこまで行動してくるとは思っておらず、冬香の行動に驚いた

 ただ、以前までの俺ならば否定の意志を伝えていたが、今の俺はバスケ部にいる事が苦痛になってきていた


「そうですね、それも考えています」

「なんでや?」

「最近大きな怪我をすることも多いですし、これからも怪我をするかもと思ったら怖くて・・・」

「なるほどなぁ、まあいいわ。とりあえず赤松の意志は分かった。うちの学校は部活は強制やけどもう次入る部活は決めてるのか?」

「いや、それはまだ決めてないです」

「そうか、もしやめるなら次の部活も考えとけよ」


 顧問には俺がやめる原因を怪我の不安であるという風に伝え、退部の意志がある事を伝えた


 家に帰ると何事も無かったかのように冬香が居座っており、俺がバスケ部をやめる趣旨を伝えると、やっとかという呆れと、いう通りになったことへの安堵が声に含まれていた

 もし、あの時俺が退部を否定する事を伝えると、恐らく冬香は激昂し、俺はその怒りの感情を精神的にも、肉体的にも受ける事になっていただろう

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