詩音しおんの思いが怖かった……」


 突然優斗こいつが口を開き、わたしは紅茶から顔を上げた。


「僕みたいな人間じゃ、いつか受け止めきれなくなる……そう思った。でも、好きだったんだ。何事にも全力で、一生懸命取り組む詩音キミが眩しく思える位に」

「…………」

「ずっと隣に居てそういう詩音キミを見ていたいと思った。でも、気づいたら僕にはそれが怖くなっていた。その情熱とも言え思いがいつか僕に向けられなくなったらって……結局、僕は君から逃げてしまった」


 変わることを誰よりも恐れた優斗こいつは自分から変わるしかなかった。

 人は変化しながらも違う道を探って、違う自分を再発見していく。


「でも詩音しおんのひたむきさが僕を押し出してくれた。何もない現実から……詩音しおんじゃなかったら、あの時向かい合っていたのが詩音キミじゃなかったら、多分僕は、今でも同じ思いを抱いて生活を続けていた気がする」

「……わたしは無我夢中だっただけよ。優斗キミがいたから」

「僕?」

優斗キミに見せたかっただけなのかもしれないわ。努力すれば報われるのよ」

「ありがとう」

「そんなちっぽけな言葉なんて要らない。わたしを捨てて違う道を進んだのなら、ちゃんと結果を出しなさいよ」

「……結果?」

「人はいつ死ぬか分からないんだから!」


 その言葉をわたしは踏みしめた。自分への戒めであるかのように。


「うん……そうだね」


 優斗が力強く頷いた。わたしも頷き返した。

 わたし達はわたし達だった。何年経ってもこの関係はわたし達だけのものとなるだろう。きっと他人には決して判らないだろう関係。


 永遠に、触れ合わない距離。永遠に離れない距離。

 心地良い太陽のような暖かさ。

 いなくなってしまっても、優斗こいつはわたしの心に光を与え続けてくれた。


 わたし達のこの関係をおかしいと思う人は沢山居るかもしれない。でも、4年という時間で、わたし達は確かに同じ時、同じ道を、共に歩んできた。

 1年が経って、それがようやくわたしには理解した気がする。


「そろそろ行くわ」


 わたしは立ち上がった。この雰囲気にいつまでも浸かっていてはいけないと思ったから。

 漬かってしまえば、また優斗こいつに甘えたくなってしまうから。


「うん」


 優斗もつられるように立ち上がった。

 二人で連れ立って喫茶店を出た。会計は優斗こいつが済ませてくれた。


「ありがと、紅茶……」

「誘ったのは僕だから……」

「そう」


 わたしはぶっきらぼうに言ってみた。何だか困らせたくなっただけだけど……

 いつも二人で通っていた学校までの道を久しぶりに並んで歩いてみると、雨交じりだというのに心地良かった。

 初めて雨が好きだと思えた。

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