いつからだろう? 優斗こいつが居ない日常が当たり前になったのは?


 最初はすごく不思議だった。

 優斗こいつがいなくて、わたしは一人でデートした場所をつらつらと歩いたりもした。

 そして気付いた……わたし自身が優斗こいつに出会った頃のようなときめきを感じていなかったことを……

 優斗こいつがいることが当たり前になり過ぎていて、空気のような存在になっていたことを


ーーだから優斗こいつはわたしから離れたのかな?


 そう思うようになっていた。

 だけど、月日が動いていく毎に、そんな状況を受け入れて、優斗こいつなしの生活を当たり前であるかのように続けていた。


 多分、それが終わりだったんだと思う。

 わたしの幼い恋の……


 そして優斗こいつよりも一歩出遅れた、わたし自身の始まりでもあった。


「どう、今は『その子』とは上手くやってるの?」


 自分の口からこんな台詞がすらすら出てくる日が来るとは思ってもみなかった。

 厭味になる響きさえなく、乾いた言葉だった。


「……『そんな子』、始めから居なかったよ」


 優斗こいつは困ったように笑った。わたしはそう、と頷く。

 優斗こいつの嘘はわかっていた。多分それは方便だということも……そして、わたし自身も行き詰まりを感じていた。


詩音しおんは、どうなの? 恋人とか出来た?」

「当たり前でしょ! わたしJKの時からもてまくりだったんだから」

「そっか、良かったね! どんな人?」


 何故強がった見栄を張ったのかわたしにも判らない。それでも優斗こいつは何の屈託もなく聞いてくる。それが嬉しかった。


「イケメンよ。ただ、それだけ……それ以上でもそれ以下でもないわよ」

「それは違うでしょ? 詩音キミが選んだんだ。それは信じられない……」

「ううん、わたしは『男を見る目ない』から」

「僕もその中に入る……かな?」

「当たり前じゃない……『浮気した』くせに……」


 その冗談が気まずくならないようにわたしは出来るだけ口の筋肉を使った。思ったより上手く行ったように感じられた。優斗こいつが笑い返してきたから。


詩音キミは今、何してるの?」

「大学生院よ。しがない」

詩音キミには似合ってるよ」

「社会人として自立出来ないって言いたいわけ?」

「ち、違う! 詩音キミには、沢山の可能性と才能があると思う!」

「当然でしょ」


 ふと優斗こいつと語り合った未来を思い出した。

 碧い空の下で、乾いた風の中で、緑の高原で……夜のベッドで……わたしたちは未来を何度も語り合った。まるで、それしか知らないように。

 沢山抱えた不安を優斗こいつにぶつけるしかなかったから。

 わたしたちは語り、お互いを受け入れた。

 それによって、わたしたちはお互いに安堵感をもたらした。

 わたしたちの大事なコミュニケーションの一つの方法だったし、この二人だけの会話が大好きだった。



優斗あなたは何してるの?」

「就職している」

「何処で?」

「会計事務所で働いてるんだ」

「ふぅん、じゃあ税理士を目指そうとか、考えちゃってるわけ?」

「……まだまだ新米で副所長から叱られっぱなしだけどね。いつかなってみせるよ」

「オトナになったわね」


 わたしが微笑むと優斗こいつも微笑み返した。

 わたしたちが共有している今の時間は過去という有限の事物であり、わたしたちはそれを大切にしてきたのだと思う。

 だから優斗こいつと再会してこうやって向かい合ったとき、穏やかな気持ちでそれを語り合える。

 おそらく、わたしたちがその過去を過去にしていなかったら、こんな風に落ち着いた空気に身を置いて、微笑みあったりなど出来ないだろう。


 優斗だけじゃなくて、自分自身もオトナになった気がした。

 そう、あの時のわたしよりもずっと何かが変わった。

 わたしはオトナになった。なりたくなかったオトナになった。

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