この春休みは一度きりだから
やや忙しかったお昼時を乗り切り、業務が一段落したのを頃合いに、憂は物憂げな表情で特大の溜息を吐いた。
題するならば、『これ見よがし』。
無視しようものなら批難されかねない、仕方ないから話しかけてやるとしよう――と、目撃した側の思考と行動を強制する、実に小癪な一息である。
「どうしたんだい憂くん。何か悩み事かな?」
と、心優しい年長者である髭親父が丁寧な前振りをしてくれる。
憂は待ってましたと言わんばかりに髭親父を向き、重ねて小癪にも言い辛そうに頬を掻いて――続けようとしたのだが。
「聞かない方がいいですことよ。朝の続きが始まるだけですもの」
似非お嬢様の葉火が横槍を入れてきたため、企みは無情にも粉砕されてしまった。
ように思われたが、それに対し憂は「やるじゃんはひちゃん」と澄まし顔で繋ぎ、続きを語り出すことで強引に軌道を修正する。
「すみません。彼女のことを考えたら、つい。会いたいな、と。僕が音楽家だったら稀代の名曲が生まれてますよ」
という憂の言に、葉火は呆れた顔からご機嫌な笑顔までのグラデーションを見せ、髭親父は子の成長に深く感動するように笑んだ。
あたたかい空気。
髭親父の人柄がそのまま反映された、懐の深い職場である。
「憂くんは名瀬さんに首ったけなんだね」
「首ったけっておばあちゃん以外が言ってるの初めて聞きましたわ」
今日こうして葉火と同じシフトで働かせてもらっているのも、髭親父の粋な計らいに甘えさせてもらったからだ。
せっかく友達と一緒なのだから、とのこと。
その他にも、剣ヶ峰葉火なる看板娘を擁して以降右肩上がりに店が繁盛しているため、人手が増えると助かるという実際的な理由もある。
「変わったね、憂くん。勿論良い方向にだよ」
「今の僕があるのはマスターのおかげでもあります。本当に頭が上がりませんよ。ありがとうございます」
日頃の感謝も込めて一礼すると、「どうしたしまして」と穏やかな声で返ってきた。
「ちょっと男子、何サボってんのよ。人がいない時こそやる事が山ほどあるって言ったのあんたでしょ、憂」
「その通りだ。ではマスター、僕は業務に戻ります。今のお喋り分は時給から引いてもらって構いません」
「そういう所は変わらないんだね」
投げ渡された布巾を手に、憂は不遜な笑みを葉火へ向ける。
「格の違いを教えてやろう。僕から色々学びたまえ、はひちゃん後輩」
「やってみなさいよ。完成品に手を加えようとする愚かしさを教えてやるわ」
葉火が挑発に乗ったことで勝負が成立。
二人はどちらがより店内を綺麗に清掃できるのか競い始めた。
月末に初めての給料が支給されることもあって、葉火の労働意欲はうなぎのぼりである。
あたしは海の方が好きだから、あんたらにアナゴをご馳走してあげる、とのこと。
そんな未来を胸に労働に勤しむ葉火との勝負は、議論の末引き分けで幕を下ろした。
そうして今日のアルバイトを終え。
着替えと挨拶を済ませた二人は店内に残り、四人掛けのテーブルに向かい合って座った。自分達で用意したドリンクを互いの前に滑らせる。
「はいコーラ。僕の奢り」
「コーヒーよ。あたしが奢ってあげる」
同時に飲み物を一口含み、二人は背もたれに体重を預けた。
「ねえ葉火ちゃん。向こうの席さ」
端の席にいる四人組の女子を見ながら憂は言った。
特に騒いでいるわけではないが、どうにも視線を感じるのだ。穏やかでない感じの。
見たところ学生のようだが、そんな人達がこのような店に一体何の用があるのだろう。
「勘違いだと思うけど、僕、ちょこちょこ睨まれてる気がする。あの人達が来てからずっと」
「ああ、あいつら? 気にしないでいいわよ。あたしと仲良い奴に嫉妬してんの」
「知り合いだったんだ。昔馴染みとか?」
「最近会ったばっか。中学生と他所の高校の奴なんだけど、虎南に巻き込まれて流れのまにまに知り合ったわ」
葉火ちゃんの意思を無視して巻き込むってすげえ奴だな虎南ちゃん。
改めて自分の妹を誇りに思う憂だった。
「邪魔だったら追い返すけど」
「いや、いい。折角のお客さんだし、良くしてあげてくれ。それより何があったのか聞かせてよ。面白そうだし」
「うじうじ悩んでたから言ってやったの。アバランチって漢字で書くと暴食よねって」
「前にも聞いたぞそれ! 気に入ってるんだな!」
「冗談よ。実際には「当たって砕けてくだを巻け、愚痴なら聞いてあげるから」って」
なにやら玉砕を前提としたアドバイスを送ったらしい。
しかしまあ、今の葉火は悪戯に人を傷付けるだけの無責任は言わない。
相手の欲しがるニュアンスを察し、葉火なりの言葉で伝えたのだろう。
それがピッタリ嵌った。
そして、懐かれた。
多感な時期の悩める学生が、折れない真っすぐさを持つ葉火の存在に惚れこむというのは、大いにあり得る話だ。
「俄然経緯を知りたくなった。最初から教えてよ」
「残念だけどそれは無理ね。知りたかったら、あたしが主役の『剣ヶ峰葉火は蠢かない』を読みなさい。鋭意制作中よ」
「まだ読めねえじゃん……もしかして葉火ちゃんが描いてる?」
「クラスメイトよ。ほら、たい焼きの」
たい焼き――以前葉火と遊びに出掛けた際、チンピラ役を頼まれていた女子生徒。はひちゃん、とうっかりあだ名で呼んで逃げ出したという通称クラさん。
順調に交流を深めているようだ。
「お昼休みにノートにお絵かきしてるのを偶然見かけたの。思わず唸っちゃうくらい上手だったわ」
「へえ。一枚絵じゃなくて漫画を描いてたんだ」
「その時に見たのはイラストよ。悔しそうな泣き顔のあたしがページいっぱいに描かれてたわ。強気な相手を屈服させるのが好みみたいね」
好みみたいねって。
否定はしないけど。
本人がいる空間で、目撃されるリスクの方が高い場所で、創作意欲を炸裂させていたというのか。本人以外に見られても不味いだろうに。
やれるものならやってみるがいいわ、と葉火は笑って、コーラを一気に飲み干した。
「まあ……僕のクラスの美術部員も「痛みに耐えながら強がる姿が好き」って言ってたし、そういうフェチは創作する人間の基本装備なんだろうね」
「だとすると、あたしらの中で一番向いてるのは間違いなく三耶子ね」
そんな話でしばらく盛り上がっていると、出入口の扉が開き、件の三耶子が現れた。こちらを見つけてヒラヒラと手を揺らし、遅れて夜々も入ってくる。
二人は楽しげな表情で髭親父に挨拶をして、テーブルにつく。
葉火の隣に三耶子、憂の横には夜々という配置。
前もって注文していたドリンクが手元に届いた直後、
「よくぞ集まってくれたわね。これよりこの場をあたしらの拠点とするわ!」
葉火が腕を組んで高らかに宣言した。
何の拠点となるのかは言わずもがな。
これから行われるのは、葉火の母親探しについての話し合いである。
「早速だけど、まずはどうしましょうか」と、三耶子。
「探すにしても、闇雲に歩き回るだけってのもね。とはいえ現状、他に手立てがないんだけど」
「顔知ってるの私と憂くんだけだもんね。写真とかあるといいんだけどなー」
夜々がストローを咥えたので、憂が話を引き取る。
「巳舌さんに頼んだら写真の一枚でも貰えない?」
「ダメみたいよ。おばあちゃんが許してくれないらしいわ」
「ということは僕達の記憶が頼りになるわけか。でも、口頭だとどうしても変な先入観を与えることになりそうだし――」
言いかけて、心得顔の葉火と目が合った。
焦点が、合った。
「似顔絵を描いてもらうのはどうだろう」
「あたしも寸分違わず同じことを考えてたわ。あたしのこと描き慣れてるみたいだし、丁度いいじゃないの」
「僕も美術部員といくらか交流があるから、頼んでみるよ」
得手不得手もあるため絵が描けることと似顔絵を描けることはイコールで結べないが、可能性として浮上した以上縋りつかせてもらおう。
こちら側の問題として記憶が古いという点もあるが――まずは行動だ。
「似顔絵出来上がったらさ、マチルダちゃん達にも頼んでみるのはどうかな」
「最近大人しいから忘れかけていたけれど、あの同好会って恐ろしいほど成果をあげるのよね。可愛い新入りもいるみたいだし、きっと力になってくれるわ」
声を弾ませる夜々と三耶子。
そうしましょう、と葉火は迷わず決断した。
「なんだったらこのお店中にも貼らせて貰おうじゃない。扱い的には指名手配犯でいいわ」
「逃げられちゃったらどうするのよ」
と微笑んだ三耶子が話を切り替える。
「葉火ちゃんは、その絵を描けるお友達の連絡先、知っているの?」
「知らないわ! でも安心しなさい。かつて憂の家を見つけ出したあたしにかかれば、その程度は困難の内に入らないわよ。今はスマホも持ってるし、あんたらもいる」
という殊勝な発言に三人が顔を綻ばせると、葉火は負けず劣らず愉快そうに破顔した。
「それはそれとして。あたしが温めてた素晴らしいアイデアを聞きなさい。勿体ぶるのに苦労したわ」
癖付いているのだろう首元の髪を手で払おうとして、空振り。
そして葉火はなんと更に勿体ぶることを選択し、「当ててみなさい」と言い出した。
それを受けて夜々が元気よく手をあげる。
「ヒントちょーだいヒント!」
「いいわよ。ヒント其の一、この計画は夜々と憂に掛かってるわ」
名前を呼ばれた憂と夜々は顔を見合わせて首を傾げる。
一体何を考えているのやら。
なんというか、勿体ぶっているところを見るにおバカの波動を感じる、と憂は思った。
喋り始めたら楽しくなったのだろう、葉火は求められる前に次のヒントを送り出す。
「ヒント其の二。あたしは剣ヶ峰葉火。あたしが何を愛しているか考えなさい」
ふうむ、と三耶子が思案顔をする。
剣ヶ峰葉火。
彼女が愛しているものといえば――例えば、友人。
食べ物、少年漫画。自分を取り巻く環境、自分自身。
そして、ヒント其の三。
「前にあたしの両親が持つ特性を話したでしょ。思い出しなさい。さあこれで答えを導き出せるだけの材料は揃ったわよ」
――とのことなので、シンキングタイム。
憂は考える。
自分と夜々が計画の柱に据えられていること。
これはきっと、彼氏彼女の関係であるからだろう。
次に葉火が何を愛しているのか。
候補はいくつかあるが、彼女の口からはっきり愛していると告げられたこともあって、やはり最初に友人が浮かぶ。
三人がそれぞれ思考を進めていく中、葉火が言った。
「頭おバカにして考えなさい。あんたらの良いとこの一つなんだから。そんなとこにも惹かれたんだから――きっとあたしも同じなんでしょうね」
それは光栄な言葉だった。
おバカで気の合う友人。
そんなところに惹かれた。
惹かれ合った。
考えが深まっていくうちに、一つの答えらしきものに指先を掛けた感覚があった。
残る一つ、剣ヶ峰夫妻の特性も併せて考えると――
分かった気がする。
「気付いたようね。言ってみなさい、正解だから」
「――惹かれ合う、そういうことか」
不敵に口元を歪めた葉火に、同じ表情で笑い返し。
憂は改めて回答を口にした。
「僕と夜々さんがバカップルになることで、葉火ちゃんの母親を引き寄せる。そういうことなんだな葉火ちゃん」
「――あはっ、大正解。そういうことよ」
「どういうこと!?」
弾き出された突拍子のない結論に声を荒げる夜々。
おバカ二人を交互に見つめて説明を求めている。
「ふふふ。私が思いつきたかったくらい完璧な計画ね」
「――っ!?」
そこへおバカが一人加わったことで、夜々の困惑は加速するばかりである。
「三耶子ちゃんまでそっち側なの!? 私の味方はいずこっ!?」
「何言ってんのよ。あたしら全員あんたの味方に決まってるでしょ」
「ならば良し!」
途端に気を良くしてニコニコ笑顔になる夜々だった。
これぞ仲良しのなせる業である。
「改めてあたしの口からも言うわ。憂と夜々が名うてのバカップルとして君臨することで、それを知ったあたしのお母さんを誘き出すの。バカップル同士、ひかれ合わないはずがないんだから」
類は友を呼ぶ。
バカップルは、ひかれ合う。
アホらしい理屈ではあるが、人生を謳歌する葉火らしい面白い考えだ。
好きな漫画の影響も大いにあるだろうけど。
「僕は賛成。はひママがこの街に戻って来たのは郷愁に駆られたから、って可能性もある。であれば、バカップルの噂を聞いて過去を懐かしみ、一目見てみたいと思うかもしれない」
「理屈の後付けご苦労様。助かるわ」
――以降。
これと言った反対意見は挙がらず。
葉火考案のバカップルはひかれ合う理論が採用されることとなった。
「さ。愛は急げよ。早速外でイチャついてきなさい」
「それはそれってことで、今日は四人で」と、憂。
「別に解散ってわけじゃないわよ。あたしと三耶子は漫画家志望の家を突き止めてここへ連れて来るから、後でまた集まりましょ」
「任せて頂戴。ついでに私達も、それっぽいことやってみる? 女の子同士でも試してみるべきじゃないかしら」
「そんなこと言ってまた何か企んでるのね。いいわ、返り討ちにしてあげる」
などと先手を譲るようなことを言いつつ、三耶子の頭を鷲掴みにして先制攻撃を仕掛ける葉火。
そのまま空いているもう一方の手で三耶子のジンジャーエールを半分飲み、言った。
「親身になってくれるのは嬉しいけど、遊び心を忘れちゃダメよ。そもそもまだこの辺りに留まってるか分からないし、この春休みはこれっきりなんだから。多すぎて思い出せないくらい、思い出作るわよ」
〇
店を出た直後、葉火・三耶子組は「飲食店にいる」、「ゲームセンターで遊んでいる」と捜査方針で揉め始め、「ゲームの遊べるレストランにいる」という折衷案で納得し、どこかへ向かって歩き出した。
影で手を繋ぐのって初心でいいわよね、なんて口を揃えて笑いながら。
そんな二人を見送り、残った憂・夜々組はこれからの方針を考えることにした。
「とりあえず、美術部の人達に連絡してみようかな。文化祭の時に作ったグループがあったはず」
夜々と一緒に画面を覗きながら目当ての項目を探す。
憂と虹村、美術部員三名で連絡用に作られた、当時でさえほとんど稼働していなかった形ばかりのそれは、すぐに見つかった。
早速本題、憂が打ち込んだ文章はこうだ。
『名瀬夜々さんとお付き合いすることになりました。ところで話は変わりますが、美術部の皆さんは似顔絵など得意でしょうか?』
「みんな恋バナとか好きみたいだし、これだと反応しやすいと思う」
「やー照れちゃうなー」
照れ笑いをする夜々がボタンを押して、送信。
スマホをポケットへ戻して夜々を見ると、その愛らしさに心が満たされた。
「にしても、いきなりバカップルって言われても難しいよね」
「ねー。難問だよほんと。ビックリしちゃった。憂くん、すんなり受け入れてたけど、もしかして事前に答え知ってたの?」
「知ったのは僕も同じタイミングだよ。驚いたけど、なんていうか、しっくりきたからさ。あ、勢いで押し切っちゃったけど、嫌じゃない?」
「前にも言ったでしょ。嫌なわけないじゃん」
ふにゃりとした笑顔ながら歯切れよく言う夜々だったが、「でも……」と途端に口ごもる。
そして恥じらいながら、上目遣い。
「…………キ、キスとか。そういうのは、人前では……」
「だ、大丈夫! 流石にそこは、弁えてるつもり」
いくらなんでも公衆の面前でキスをするような真似はしない。
節度を持って恥じらいを持ってこそのバカップルだ、と憂は思う。
「二人きりの時にしかしないよ。キスする前と、した後の夜々さんの顔、他の人に見せたくないし」
「…………ありがと」
そう、二人きりで、誰かに目撃される可能性が低い時にしかキスはしないと決めている。もちろん状況によってはその限りでないが、例えば今なんかは、当然しない。
雰囲気云々もあるし、いくら人気が無いとはいえ誰かが通りかかるかもしれないし、店から何者かが飛び出してくるかもしれない。
というわけで。
憂は一瞬間の内に思考を巡り巡らせ、一つの案に辿り着いた。
「腕組んで歩いてみる?」
「うん。無性にくっつきたい気分」
と、甘えるように答える夜々だったが。
憂の正面に立ち腕を組むと、難しそうな顔をする。
「……なにか僕に至らぬ点がありましたか?」
「あ、そうじゃなくってね。どっちにしよっかなーと思って。右と、左」
言い終えて見せた夜々の笑顔に吸い寄せられるように、憂は両手を差し出す。
「どちらでもどうぞ。オススメは、両方」
そして夜々はじーっと憂の手を交互に見つめたのち、手を打ち鳴らした。
「よーし決めたっ!」
右手か、左手か。
果たして。
ぴょこりと跳ねるように動き出した夜々が選んだのは――第三の選択肢。
真ん中、だった。
胸に飛び込んできた夜々が、両手を腰に回してぎゅっと抱きしめてくる。
――僕の彼女、天才すぎ。いちばんかしこい。
遥か高みにいる夜々に並び立ちたいからか、魂が天に昇って行くような感覚があった。
頭がクラクラする中、憂も夜々を抱き締めて――そして。
なんとなく反撃したくなったため、夜々の首筋を指の先でなぞった。
触れるか触れないかの、ギリギリで。
「ひゃっ!?」
すると夜々が驚きを声にして憂を見上げた。
密着したまま身体を強張らせ、恥ずかしそうな顔をしたかと思えば、少しだけ悔しそうに、ジト目。
「……やられたー。憂くん、しゃがんで。目も閉じて」
夜々と離れ、言われるがままその場に屈む。
頭を撫でられるか抱きしめられるか、はたまた別のアクションか――なんにせよ、事前に分かっていれば心構えを済ませておける。
つまり昔のようにヘンテコなリアクションを晒す可能性は限りなく低い。
薄目で様子を窺うようなアンフェアは排除し、神経を研ぎ澄まして夜々の動きを探る。
すると右側、耳のあたりに気配を感じた。
――なるほどこれは、息を吹きかける夜々の得意技だ。
見破ったり。
多少のくすぐったさは感じるだろうけれど、虚を突かれたのでなければ対応できる。
看破したことで気を良くしつつも緩めることなく憂が次の動作を待っていると。
「憂くんにされたからだよ」
と。
夜々は恥じらいの色濃い声で囁いた。
流し込まれたそれに思わず目を開けて硬直する憂。
そうして隙だらけとなった憂の耳に、夜々はフッと息を吹き込んだ。
「ひゃあ!」
変な声を出して脱力した憂の姿を見て、夜々はいたずらっぽく、楽しそうに、笑った。
「あははは! これでおあいこ!」
「……やられた。夜々さん、耳ちょうだい」
「また今度ねー」
いかにも上機嫌な夜々はからかうように言って憂の前に立ち。
立ち上がろうとする憂の耳元へ再び顔を寄せ、
「嘘は言ってないからね。またやって」
小声でそう言って。
顔を隠すように背中を向けると、上擦った声で「行こっか」と歩き始めた。
……反撃が強すぎる。
憂は未だ立ち上がれないまま、夜々の背中を見て憂は微笑んだ。
――何を以ってバカップルとするのかは正直分からないけれど。
とにかく、滑り出しは好調のようだった。
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