劇的でもなんでもない、百回目
一年七組のクラス会は洒落たレストランにて行われる。
コンビニで買い物を済ませて夜々と別れ、集合時間の五分前に会場へ到着した
普段くたびれた店で傷と汚れを見間違いながら拭き掃除に勤しむ憂にとって、お洒落な店へ一人で入るのはなかなかの胆力を要する。
舞踏会に参加したシンデレラもお城を見た時はこんな気持ちだったのかもしれない。そんなことないか。
などと考えつつ、クラスメイトの姿が見当たらないので意を決して足を踏み入れた。
「お。やっと来たか。お前で最後だぞ
入ってすぐ、受付に立っている
隣で
「すみません、遅くなって」
「遅れてはいませんよ。無遅刻無欠席、私の生徒達は優秀ですね」
穏やかに笑んだ奈良端先生が最終確認のためだろうタブレットに目を走らせる。
「この店選んだのって杜波さん? いくらなんでも奈良端先生に甘えすぎなんじゃ」
「なんだ、聞いてないのか?」
意地悪く口元を歪めた杜波さんが、楽しそうに事情を説明してくれた。
なんでもこの店は、大喧嘩の末に一度は破局したもののロマンティックな復縁を果たした奈良端先生のお相手が経営しているのだそうだ。
心の膿を吐き出した二人は以前よりも遥かに仲を深め、揺るぎないものとし、今度こそ本当に結婚秒読みなのだという。
「いいか姉倉、笑うなよ」
杜波さんは、件の大喧嘩が行われたのが他ならぬこの店であると前置いて。
「別れてたら二つの事故物件が生まれてたな」
と豪快に笑った。
不思議なことに悪意の感じられないその笑顔はすぐに恐怖で上書きされた。
「教師になって初めてクソガキという言葉を使いました。未熟ですみません」
「僕は奈良端先生の味方ですよ。徹底して先生に有利な証言をすると約束します」
「お願いします。では行きましょう」
短い廊下を抜けてホールへ入る。
広々としていて天井が高く開放感のある空間。
四角いテーブルがいくつも並んでいて、それぞれを四つの椅子が囲んでいる。
杜波さんの言う通り憂が最後のようで、クラスメイト達は既に配置を済ませ談笑に花を咲かせていた。
壮観だな、と店内を見渡していると、こちらに気付いた
「悪いな姉倉。古海のとこの空席は私のだ」
「そいつは残念。まあ、見たとこ男女で別れてるみたいだし、秩序は守るよ」
「すぐに好き勝手入れ替わるだろうけどな」
そう言って杜波さんは自分の席へと歩き出した。
憂がとりあえず空いている席に座るべく男子の塊へ向かって行くと、
「来たか姉倉。こっち空けてるぜ」
どうやら席を確保してくれていたようで、自身の左側にある空席を指差し、憂に座るよう促している。
「ありがとう虹村。空いてなかったらどうしようと思ってた。虹村って長男だろ」
「何言ってんだ。ほら、座れよ」
憂はもう一度感謝を伝えて椅子に座った。
次いで向かいの
「大勢の場に慣れてないって言ってたろ。不安なんじゃねえかと思って余計なことさせてもらった」
虹村が言う。
「あれ、そんな話したっけ? 事実だし言った気もするけど」
「マチルダから聞いたんだっけかな。まあいいか」
それっぽい話をした気もするし、していない気もする。
どうであれ虹村の気遣いはありがたいので、特に深掘りはしない。
「それより姉倉、お前ものすごく顔色いいけど何してきたんだ? 怖いくらい目がキラキラしてんぞ」
「流石はゴシップ同好会。些細な変化によく気付く」
「お前が分かりやすいんだよ」
言い合いながら二人で笑っていると、ドリンクが運ばれてくる。
虹村曰く、憂の分はコーラにするよう三耶子から頼まれたらしい。あとでお礼とおやつを贈ろう、と憂は思った。
それから事前に準備してもらっていたポテトフライなどのサイドメニューがそれぞれのテーブルに配膳され、後は各々好きに注文するように、とのこと。
全員に行き渡ったことを杜波さんが確認すると、奈良端先生から「はしゃぎすぎないように」との注意喚起がなされ、続く「楽しんでください」の一言を合図にクラス会が始まった。
同時に灰世くんと友人は人類に優しいギャルのもとへ旅立った。
楽しげな声があちこちから沸き起こる。
特に女性陣は、奈良端先生の結婚も祝わなきゃ、と色めきだっている。
結婚。
恋心の先。
1+1が2×1になるということ。
憂はポテトフライを一本噛んで、飲み込む。
「そういえばさ。虹村って画家のお姉さんとはどうなってるの? 年下はみんなヒヨコマメに見える人なんだっけ」
「なんだよ姉倉。俺と恋バナしてえのか?」
「正直、かなり興味ある」
憂が被せ気味に食いつくと、虹村は焦らすように口角の片側だけを吊り上げた。
そして背もたれに体重を預け、憂の顔をまじまじと見る。
「へえ、そうか。姉倉がねえ」
と、感慨に耽るような調子で言って。
今度は顔全体で爽やかに笑んだ。
「ピュアな姉倉にそんなこと言われちゃ断れねえな。俺も胸襟開いて話すとするか」
「年上で芸術家ってかなり思考が偏ってそうだし、どんな会話するのか聞いてみたい」
「偏ってるのはお前だよ。いや、実際のとこは俺も知らねえな」
「なんで……?」
「そんな人物、はなから存在してねえのよ」
さらりと。
なんでもないことのように虹村は言う。
憂は脳内を占める疑問符の重みに耐えきれず首を傾げた。
「……どういうこと? 空想? 確かに恋愛は自由だって話を聞いたことがあるけど」
「自由な奴に恋しちまったんだよ、俺。そいつが脈無しもいいとこだから、恥ずかしい話、気を引きたくってな」
虹村は困った風で笑う。
「全く効果なかったけどな。どころか悪態交じりに応援されちまった。助けてくれ姉倉」
「僕で役に立てるなら喜んで協力する。それで、相手って誰? 僕の知ってる人?」
「姉倉も知ってる奴だよ。全てを知ったような顔してるくせに意外と抜けてて、裏でこそこそするのが大好きで、孤高を気取ってるくせに誰より寂しがり。口も悪いし性格も良くはない、全く全然素直じゃねえ――そんな奴」
憂の知っている人物というだけでもかなり絞られるのに、そこまで分かりやすく並べられては答えを聞かされているのと同じだった。
該当する人物は、一人しかいない。
「……マジで? 虹村って
「マジだよ大マジ。だから正直、ちょっと妬いてる。姉倉とマチルダ、仲良いだろ」
「仲良くさせてもらってるけど……そういう感情はお互い無いよ。夜々さんが大事って共通項で繋がってる感じ」
「ああ、言ってはみたがよく分かってる。あいつは誰のものにもならねえ奴だよ」
そういう所に惚れちまったんだよな、とため息交じりに肩を落とす虹村。
「絶対に靡かないあいつに振り回され続ける人生も悪くない、なんて思ってるくらいだ」
「へえ、ベタ惚れじゃん」
「ぞっこんだよ。この先、他の相手を好きになれる気がしねえ。我ながら趣味悪い――あ、今の絶対誰にも言うなよ」
「言わない言わない。これで虹村も軽々しく僕に牙を剥けないだろ」
「いい性格してんなあ」
セリフとは裏腹に、虹村は楽しそうに笑う。
邪気のない笑顔に憂の口元を自然と綻んだ。
「一生片想い続けるのか俺、って考えると気が重いぜ。そこがいいんだけど」
「告白とかしないの?」
「しないしない。きっと何も変わらないまま翌日の太陽を拝むことになるだろうからな」
「そうかな。人って誰かの想像には収まらないし、脈無しって言い切るのは、どうなんだろう。虹村が言った通り、全く全然素直じゃないしさ。美奈子ちゃんって」
もしかするとマチルダも杜波さんのように恋心を大切にするタイプかもしれない――なんて想像している時点で、見当違いもいいところなのかもしれないけれど。
あくまで一意見。
「姉倉に言われると、そうなのかもって思えてくるよ。ありがとな」
「……なんか僕の評価高くない?」
「似てるだろ、姉倉とマチルダって。俺、お前が女でマチルダより先に会ってたら、多分好きになってたもん」
「からかうなよ。本気ならありがたいけど、照れるからやめてくれ」
いかにも好青年といった涼やかな笑みを浮かべ、虹村はジンジャーエールを一口啜る。
「ま、そういうことだ。俺の方は、そんな感じ。惚れたら負けってやつだな。かっこ悪いだろ」
「まさか。人を好きだって言える奴は誰よりかっこいいよ。そう、思えるようになった」
おどけて話を区切ろうとした虹村に、間髪入れず返す。
他人を想うことの格好良さを、憂は既に知っている。
それを口にするのだから、格好悪いはずがない。
「人を好きになるのは、そんな人と出会えるのは。人を好きになれるのは、そんな自分でいられるのは。すごく幸せなことだから。負けだなんて、僕には思えない」
憂を見た虹村はわずかに驚いたような顔をして、静かに微笑む。
危なっかしい子どもを見守るようであり。
一人前だと送り出すような、そんな表情だった。
「姉倉も、好きな女の子がいるんだな」
「うん。いる」
一人の女の子を思い浮かべて、憂は答えた。
力強くはっきりと答えた。
――初めは本当に嫌だった。
どうか無関係でいさせてください、と妹と神に祈るほどに。
それでも彼女達はお構いなしにやって来て。
関わろうとしてくれた。
関わってくれた。
あの時の憂が自ら繋がることを選んだのは、下手に距離を取るよりこちらから近付いて死角に潜り込む、灯台下暗しを狙ってのことだったけれど。
彼女達の人柄に触れていくうち、無関係でいるなんてバカバカしい考えは、まるで最初から存在していなかったかのように姿を消した。
結果的に人生で一番冴えた判断だったから、自分を褒めてやりたいくらいだ。
あれから色んな人を好きになって。
色んな種類の好意を知って。
どう違うのかなんてことを考えて――ふとした瞬間、その一つがどんなものなのか、明確になった。
劇的でもなんでもなく。
繋いだ手を引っ張り上げた瞬間に。
心の中ではっきりとした言葉となった。
好きな女の子。
恋心。
僕は女の子に恋心を抱いている。
僕はいま恋をしている。
僕は。
僕は――
恋、焦がれている。
分からないなんて有耶無耶は、もう言わない。
「僕はいま、恋をしてる」
そして憂は微笑する。
真剣でいて気安さの同居するその表情に、虹村もまた小さく笑う。
まさか自分が男友達とこんな話をする日が来ようとは。憂にはそれがとても嬉しかった。
「ついさっき、そう思ったばっかりなんだけどね」
「なんだそりゃ。めちゃくちゃ熱いじゃねえか」
尻上がりに熱量を上げて虹村は言い、座ってられねえとばかりに席を立ち、憂の首に腕を回して引き寄せる。
「で、誰よ。俺にはもう言い触らす自由なんてないんだから教えてくれてもいいだろ。まさか実はマチルダとか言うんじゃねえだろうな。決闘か?」
「違う違う。いきなりバカになるなよ」
「
「大好きだよ」
「
「大好きだ」
「
「…………」
なるほど、と虹村は憂を解放して椅子に座り直す。
そして椅子を憂の隣へ移動させ、好奇心溢れる様子で訊いてきた。
「どういうとこが好きなんだ?」
「……話したい気持ちはあるけど、そういうのはまず本人に伝えたいから」
「やっぱピュアだな姉倉は」
「お黙りなさい」
照れ隠しにおどけてみせると、虹村はおかしそうに笑い声をあげて背もたれに寄りかかる。
「まあ、まだ生まれたてってことだし、後日また聞かせてくれよ。俺でよければ相談乗るぜ」
「ありがとう。虹村こそ、僕でよければ頼ってくれ。それなりに役に立てると思うよ。適当な理由付けてゴシップ同好会を頼って、そのお礼に映画のチケットプレゼントするとか」
「よろしく頼む。あ、そうだ。一つ思い出したことがある。当時は言えなかったしいま言うな」
「なに?」
「前にマチルダと体育倉庫に閉じ込められたんだろ。何も無かっただろうな」
「無いってば。妹と神に誓って。虹村って実はおバカだったんだね、なんだよそうならそうと早く言えよ」
秘めていた恋心を露出させた虹村がなかなかにバカな奴だということを好ましく思いながら、二人で揉み合う。
そうしていると、やって来た女子生徒が憂達のテーブルに置かれているポテトフライを器ごと持ち上げた。
いかにも食いしん坊な行動。
まさか葉火が紛れ込んでいるのかと思わされたが――そんなことはなかった。
けれど間違いなく部外者ではあった。
「よ。
ゆるっとした調子で言ったその人は、このクラスの者ではない――マチルダの友人、
ここにいるのが当たり前かのように、ポテトフライを数本摘まんで口へ放り込んでいる。
「どうして九々雲さんがここにいるんだ」
「なんかやってたから。寄ってみた。やってるねー」
「……美奈子ちゃんといい、五組の連中はどこにでもふらりと立ち寄るんだね」
「100って感じじゃん、今日。私、九々雲百。よろしく」
「とりあえず……奈良端先生に報告させてもらう。その前に、コープ君ってなんだよ虹村」
恐らくマチルダを探していたのだろう虹村が、周囲から憂へ視線を戻し説明してくれた。
虹を漢語で天弓、てんきゅーってお礼っぽいよね、どこかの国ではありがとうをコープクンって言うらしいよ。
という連想ゲームの末に命名されたのだそうだ。
やたらと海外に手を出したがるあたり、妹のアホな中学生とよく似ている。
なんて憂が考えていると、
「勉強してますから」
九々雲は塩まみれの指でピースサインを作った。
悠然とした微笑。
なんだかんだで大物になりそうな人である。
ひとまず奈良端先生に報告するべく立ち上がる憂と虹村。
すると九々雲が器をテーブルへ戻してお絞りで手を拭き、別のテーブルへ歩き出した。何をするのか分からないので後をついて行くと、女子のテーブルの前でその歩みが止まる。
そして。
「お嬢さん。ちょっといいかな」
眼鏡を掛けた女子生徒に声を掛ける九々雲。
面識はないようで、相手側の四人は揃ってきょとんとしている。
それを気にする様子もなく、九々雲は両手を伸ばして眼鏡のフレームを摘まみ、取り上げた。
「な、なにするんですか」
「――ふふ。やっぱりね」
九々雲は柔らかな声で言う。
そこで憂はピンときた。これは知っている。
眼鏡を取った方が美人だね、っていう定番のやつだ!
まさか現実でお目に掛かることがあると思っていなかったので感動していると。
九々雲はそっと、眼鏡を女子生徒の顔へ戻した。
「眼鏡掛けてる方が綺麗だね」
「はぁーっ!?」
いきなりでとびきりの失礼に女子生徒は憤慨した。
「なにふざけたこと言ってんですか!? ていうかあなた誰!」
「おーこわいこわい」
と、拍手する九々雲の顔に。
女子生徒は自分の眼鏡を掛けさせた。
「それでよく見えるでしょ! 視力が大変お悪いようでお気の毒に! ほらどうですか、私は眼鏡を外した方が可愛いに決まってる!」
どうやら地雷を踏み抜いたらしい九々雲が詰め寄られるのを眺めつつ、場を虹村に託して憂は奈良端先生のもとへ向かうことにした。
騒ぎを聞きつけて来てくれるかもしれないが、念のため。
しかし思い通りに事は運ばない。
面倒くさそうな顔の杜波さんが憂のところへやって来たからだ。
「おい姉倉。なんとかしろ。古海が乱心した」
「三耶子さんが? それは珍しい。そして100%キミが悪い」
杜波さんに連れられて三耶子のいるテーブルへ行くと、確かに乱心中のようだった。
綺麗な黒髪を自らの手でくしゃくしゃに乱しながら俯いている。両脇にいる女子生徒が優しい笑顔でなだめようとしているが、三耶子は「ふしゃー!」と取り合わない。
初めて見る三耶子の乱れっぷりに憂は思わず笑ってしまった。
仲良しじゃん。
「何があったの?」
「古海をゲームで負かした。この私がな」
なんでも奈良端先生と店側の許可を得た上で、ゲームに興じていたらしい。
そのゲームというのは、水がなみなみ注がれたグラスに交互にコインを入れていき、水を溢れさせた方が負けというもの。
某奇妙な冒険が大好きな葉火と憂がよくやる遊びである。三耶子も大変気に入ってくれて、憂と葉火は勝ったことがない。
「よく勝てたね杜波さん」
「私は漫画も読む。作中のイカサマをそのまま全部食らわせただけだ」
「やっぱり杜波さんが悪いじゃん。多分彼氏の影響だろうから連帯責任ね」
呆れた風で言いながら憂は三耶子へ寄る。
女子生徒の一人と入れ替わり、傍に立つ。
そして――
「三耶子ちゃん。ちゅーるをあげよう」
憂が言うと、三耶子が手を止めて顔を上げる。
ゲームに負けたことが実に相当心の底から悔しくて堪らないらしく、大層ご不満な様子だ。
そんな三耶子ちゃんにおやつをあげよう。
憂はポケットからスティック状のこんにゃくゼリーを取り出し、封を切る。そして切り口を三耶子の口元へ差し出した。
ぱくり、と三耶子が咥えて。
中身を押し出していくと、あっという間に食べ終えて、三耶子は「ふふふ」とご機嫌に笑う。
「すごいな姉倉。お前、古海のブリーダーだったのか。そして古海は猫だったのか」
「そうだよ。三耶子さんは猫なんだ」
と、自慢げに頷く憂。
このやり取りを思いついたのは午前中に三耶子の猫真似を見てからだが、さも昔から行っているかのように振舞っておく。
「まだあるからみんなもやってみる?」
「飲食店に無断で食べ物を持ち込むな。食べるな。非常識なやつだな」
正しすぎる正論だった。
この件は奈良端先生預かりとしてもらおう。
「私の飼い主にいぢわる言わないで。それより杜波さん、リベンジよ。というか最初に三本先取って定めた記憶がある気がしてきたわ。さ、早く席につきなさい。座りなさい。逃げるの? おめおめと。それじゃあ私の勝ちね。また完勝してしまったわ。強すぎてごめんなさい。向かうところ敵なし、私にかかれば武者修行がサイトシーイング」
「よし泣かす」
再び対戦を始めた三耶子にエールを送り、憂は今度こそ奈良端先生のところへ向かうべく席を離れた。
盛況の中を歩く。
皆自由に席を移動して男女入り混じり、それぞれがそれぞれの今日を謳歌している。
その光景に憂の頬は自然と緩んだ。
クラスに馴染めたのは後半だったけれど、このクラスで良かった。
この輪の中に入ることができて良かったと、そう思う。
人と繋がって、世界が広がっていく。
これからもっと色んなことを知って、色んな人を知っていきたい。
どこまでも広がっていく世界を。
大切な人達と一緒に歩んでいきたい。
そうして多くを知った上で、キミのことが好きだと何度でも伝えたい。
――と、そんな未来を思い描いてみたけれど。
当たり前に自分が受け入れられるつもりでいたけれど。
当然努力は怠らないようにするとして、格好つけている場合ではない。
それよりも。
まずは現在だ。
さっきからずっとずっとずーっと普段通りを装ってはいるが、気を抜けば胸のあたりが爆散しそうだった。
扱い方が分からない。
完全に持て余している。
恋心を。
自覚してからというもの大きさも熱量も増していくばかりだ。
家に帰ったら間違いなく氷佳を抱きしめて離さないだろう。
夜々さんも虎南ちゃんに同じことをしてたら嬉しいな――と調子に乗ったところで、憂は自分の頬を張る。近くの男女に怪訝な目を向けられた。
やむなし。
それにしても――恋をしている連中ってこんな気持ちを抱えてどうやって生きているんだ?
あまりに心臓がやかましいと他の臓器からクレームが来るだろうから、追い出されていてもおかしくはないし、むしろ自然といえる。つまり多くの人間は無心臓で生きているということだ。すげえ。
そうなったら少なくとも僕は死ぬだろう。
どうしたらいいんだ、分からない。この中に医者はいないのか。
助けてくれ、氷佳。
憂はその場にしゃがみこんだ。
タイミングを見計らったかのように、奈良端先生がやって来た。
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