クライマックスは突然に

 臨時スタッフとしての務めを終えた憂は速やかに引継ぎを済ませ、葉火と三耶子がウサギとネズミの頭で遊んでいる隙に教室を出た。

 こっそり二人で話したいということだったので、葉火達にも行き先は告げていない。


 足早に昇降口へ向かう。

 まさか友達の父親に呼び出されることになろうとは想像もしていなかった。

 何を言われるのだろう。温厚篤実といった雰囲気を着こなす人だったため、かえって恐ろしく感じられる。


 いきなり噛み付かれる可能性も――なくはない。

 あの人は、大人ではあるが父親だ。

 娘を持つ父親だ。

 娘を想う父親だ――家族のために振るえる牙を隠し持っているだろう。


 変なことを言わないようにしよう。

 けれどもし、万が一、金輪際娘に近付かないでくれだなんて噛み付かれ方をしたならば、その時はこちらも全力で歯向かわせてもらうつもりだ。

 立派な前歯のネズミ頭は置いてきてしまったので、自前で。


 不安のせいだろう悲観的な想定をしている内に昇降口へ到着した。

 色んな方向に人が流れている。憂は目を凝らし朝巳の姿を探したが、見つけられなかった。

 僕が先に着いたかな、なんて考えていると――


「わっ!」


 と、背中を叩かれる。

 驚きのあまり変な声を出しつつ振り返ると、悪戯を仕掛けてきたのが朝巳だと分かった。

 どこかに潜んでタイミングを計っていたのだろう彼は、悪戯が成功して嬉しいのかあどけなさの残る笑みを浮かべ、言う。


「すみません、つい。昔、夜々がよくやっていたのを思い出して、懐かしくなったもので」


「……お上手ですね。お待たせしました」


 リアクションに言及されては堪らないので、憂はすぐさま取り澄まし、「行きましょう」と微笑んだ。


 憂と朝巳は外を歩くことにした。

 靴を履き替え、校舎を出る。


 朝巳の話によると、夜々達はいま校庭に設えられたメインステージでクイズ大会に参加しているのだそうだ。姉倉家は相変わらず名瀬家と行動を共にしているらしい。


「……すみません。僕の父と母、図々しくて」


「そんなことはありませんよ。お二人とも、素敵な方です。こちらこそお邪魔していませんか? 暁東、氷佳ちゃんを好きになってしまったみたいで、離れようとしないんですよ」


「……まあ。まあまあ。まあまあまあ、それは。みんなが校庭の方にいるなら、僕達は体育館の方へ行きましょう」


 強引に話を逸らし、足取りは緩やかに体育館へ。

 中へ入るとファッションショーが行われていた。正面のステージで、軽快な音楽に合わせて煌びやかな衣装を着た男女が行ったり来たりを繰り返している。


 憂と朝巳はステージの反対、最後方の壁際に位置取り、壁を背もたれに立ったまま並ぶ。多少騒がしいが互いの声は十分に聞き取れる。

 静寂を恐れてこの場所を選んだが、朝巳も特に不満はないようだ。


「姉倉君は出ないんですか?」


「出ませんよ。こういう華やかなのは、華やかな人に任せておけばいいんです」


「剣ヶ峰さんみたいなお嬢様にですか」


「あれは偽物です。華やかっていう点は、否定できませんけど」


 教科書に載るつもりらしいですよ、と憂が笑うと、朝巳は納得したように頷いた。


「載るかもしれませんね。彼女は、すごく、真っすぐな人でした。口調こそたどたどしかったけれど、込めた意思に迷いが無い。夜々を大切な友達だと言い切ってくれました」


 嬉しかった、と繋いで。


「姉倉君。もう一度、夜々の真似を見せて貰えますか?」

 

 と、予想外の要求が繰り出される。

 間の会話がすっぽり抜けてない……?

 憂は狼狽えたが、朝巳が冗談を言っている風には見えず、妙な空気が流れる前に思い切って実行した。


「私、名瀬夜々。SFってなんの略か分かる? 逆立ちフラミンゴ!」


 会心の出来である。声色やイントネーションなど各項目満点に近く、最高傑作といってもいい。葉火辺りは絶賛してくれそうだが、しかし朝巳のリアクションは微笑みながら拍手をするという落ち着いたものだった。


 処刑がお望みだったのだろう。ものすごく恥ずかしい。

 静かな場所を選ばなくて良かった、と心底安堵する憂だった。


「夜々の特徴をしっかり捉えていると思います。姉倉君と夜々は、よく分からない――失礼、ユニークな会話を楽しめる仲なんですね」


 よく分からないって言おうとしていた、間違いなく。

 残念ながら否定はできないけれども。


「私は最近、夜々とそういう会話ができていない」


 ――と、独り言のように。

 唐突に。

 朝巳の呟いたそれは本題への助走なのだと分かった。


「会話をしないわけではないんです。いや……会話というより、確認をしているだけなのかもしれない」


「確認、ですか」


「自分が父親であると。夜々が娘であると、確認をしているだけなのかもしれません。夜々は、話しかければ応じてくれます。笑いながらその日の出来事を話してくれる。しかし、夜々から声を掛けてくれることは、ほとんどなくなってしまった。ですが最近、変化がありまして」


「……変化」


「夜々から私のところへ来てくれるようになったんです。話す内容こそ変わりませんが、行動に大きな変化があった」


 ありがとう、と朝巳は憂を向く。


「姉倉君達のおかげなのだと、今日この目で見て、すぐに分かりました。あんなに楽しそうな姿は、久しぶりで――正直、悔しくも思いましたね」


「えーっと……」


「冗談です。これからも夜々と仲良くしてあげてください」


「それは、もちろんです」


 憂の力強い返事を朝巳が満足気に受け取る。

 ひとまず、事前に心配していた歯向かうような展開は訪れないようで一安心だ。

 と、油断していたところに、朝巳が新たな話題を差し込んでくる。


「夜々からなにか聞いていませんか?」

「なにか……とは?」


 見透かされているような感覚に憂は動揺しつつも、表に出さないよう努め、とぼけてみせた。


「すみません、いきなり。私は夜々と話をしていると言いましたが、肝心な部分は、知りたい部分は、何も聞けていないんです。中学生になってから少しずつ、夜々の帰りが遅くなっていきました。理由を聞いてもはぐらかすんです。私にも妻にも、本当のことは、話してくれません。本心を話してくれません。夜々の抱える不満が、私には分からない」


 私はそれを知りたい――そう言って朝巳は憂を見る。

 そして、もう一度同じ問い。


「……なにか、聞いていませんか?」


「……いえ、僕は、なにも。すみません」


 朝巳の真摯な眼差しに心苦しさを感じながら、憂は嘘を吐いた。

 知っている。

 夜々がどうして家に帰りたがらなかったのか。

 なにを抱えて、どう思っているのか。


 知っている。

 知っているけれど――知っているだけ。

 それは家族で解決すべき問題で、憂が無責任に話していいものではない。


 ――迷う夜は、今日でおしまいにする。

 昨日の夜々の言葉を思い出す。

 話すのは、夜々だ。彼女は既に覚悟を決めている。

 きっと今日の夜、家に帰って、打ち明けるのだろう。


 しばし視線を絡ませたのち、朝巳は「そうですか」と微笑んだ。


「ごめんなさい、いきなりこんな話をして。情けない限りです」


「いえ、そんなことは。でも……どうして僕と二人で?」


「同性としかできない話って、あるじゃないですか。加えてキミは夜々と仲が良い。だから二人で話してみたかった」


 朝巳は照れた風で笑いながら、言葉を繋げる。


「家族には言わないでくださいね。情けない父親だと思われたくないんです」


「言いませんよ。口は堅いので安心してください」


「私は格好良い父親というタイプではありませんが、そうだと分かっていても、家族の前では格好つけてしまう。恥ずかしい話ですが」


「……分かる気がします。僕も、そういうタイプですから」


 憂が笑いかけると、朝巳も優しく笑い返した。


「付き合ってくれてありがとうございます。お友達が待っているでしょうから、戻りましょうか」朝巳が言った。


 朝巳が憂と話をしたかったのは、夜々の話を聞きたかったから。

 娘との間に生まれたズレを正したかったから。

 こうして恥を捨てて打ち明けてくれたのに、なにも答えられないことを申し訳なく思う。


 ――だから、代わりに。

 いや、代わりというにはおこがましい、自己満足に過ぎないけれど。

 僕も自分の話をしよう、と憂は思った。


 一人の子供ではなく一人の男として見てくれているのだから、自分も同じように、他人に話すのは恥ずかしいことを言ってしまおうと思った。


「その前に、今度は僕からも、恥ずかしい話をしていいですか」


 出し抜けに憂が提案すると、朝巳はわずかに驚いた顔をしたのち、静かに頷いた。


 朝巳の求める、会話。

 確認ではなく会話をしてみよう。

 心を見せ合う行為を。

 もしかしたら――ほんの少しくらいは、朝巳の役に立てるかもしれない。

 希望的観測。


 そして憂は語り始める。

 こほん、と咳払いで前置きをして、恥ずかしい話を。


「少し前まで、僕には友達がいませんでした。いつも一人で、つまらなそうな顔をして、話しかけられたら最低限応じるだけの、そんな奴が僕でした」


 高校生になり、春を越え夏を過ぎ、そして秋が始まって――彼女達と出会うまで。

 姉倉憂はそんな人間だった。


「他人とぶつかるのが嫌で、人と関わらないようにしていました。周りを羨ましく思わないことも、なかったけど。それでも無理に変化を求めてはいなかった。上手くやれる気もしませんでしたし。いま思えばあれは、自分の未熟を、周りのせいにしていたんでしょうね」


 自分が未完成だから、当然周囲も未完成で、そんな歪同士がぶつかって上手くいくはずないと決めつけ、分かったような顔をしていた。


「痛い奴だったんです、僕は。痛いのが嫌な癖に、痛い奴だった。感情を誰かに向けたり向けられたり、想ったり想われたり、傷付けたり、傷付けられたり――好意も悪意も突き詰めれば同じ物で、結局人と人の関係は、どちらかが砕けるまで石を投げ合うようなものだ……とか、そんなことを考えていました」


 ほとんどがマチルダの受け売りだが、似たようなことを考えている痛々しい時期があったのは事実なので、自分の言葉として使わせてもらった。

 いまも抜け切れてはいない気がするが、それはいいとして。


「でも、いまは違います」


 憂は両手の人差し指を立て、先端を合わせながら、言う。

 

「人と人は、ぶつかっても砕けない。投げ合う意思は、砕き合うものじゃなくて響き合うものでした」


 舌を止めそうになるのを堪えながら、続く言葉を連ねていく。


「夜々さんの――友人達の生き方は僕に響きました。彼女達が教えてくれたんです。彼女達自身を、そして僕自身を。他人を知ることは自分を知ることで、誰かを好きになるのは自分を好きになること――自分を好きになって初めて、他人を本気で大切にできるんだって」


 名瀬夜々。古海三耶子。剣ヶ峰葉火。

 彼女達はいつだって、ぶつかってきてくれた。

 それはきっと、他人を知り、自分を知りたいから。

 誰かを大切にしたいから。

 幸せになりたいから。


 恐れ知らずにも思えるその行動は、己知らずの憂に強く響いた。

 彼女達を知り、自分を知った。

 教えられた。

 一人では絶対に気付けなかったことがいくつもある。

 きっとこれからも色んな自分を知っていくのだろう。


「おかげで僕は、前よりずっと自分を好きになれました。前よりもっと人を好きになれました。僕も彼女達のようになりたい。幸せになるために生きて、誰かを幸せにしながら生きていきたい。世の中そんなに甘くはないのかもしれないけど――今後、この考えは変わりません。根拠は無いけど言い切っておきます」


「幸せ、ですか。なんというか……それは」


「恥ずかしい話でしょう」


「……かもしれませんね」


 そう答える朝巳の顔はどこか嬉しそうに見えた。


「まだまだこれからって感じなんですけどね。なかなか、夜々さん達のようにはいきません。そっちの真似は、難しくて」


 ふと、彼女達と出会った日を思い出す。

 泣いている三人の姿。

 もうあんな風に泣いて欲しくはないけれど、胸が痛くなるけれど――それでも。

 あれこそが自分の目指すべき場所であるように思うから。


 彼女達は、誰かを想って泣ける人達だ。

 だからきっと、他人の幸せを祝福して涙を流せる。


 ――僕も、そんな人間になれたなら。

 自分を好きだと胸を張れる気がする。

 他人を大切にできる人間なんだと格好つけずに言える気がする。

 それはとても、すごく、難しそうだけど。

 そうなりたい。


「……みんなには言わないでくださいね」


「――ありがとう姉倉君。夜々の友達が、キミ達で良かった」


 不意打ちで掛けられたその言葉に憂は驚き――込み上げるものがあったが、やがて嬉しさが勝り、だから憂は調子に乗った。


「ありがとうございます。僕も、そう思います」


 〇


 十五時を過ぎ、いよいよ文化祭の一日目が終わりを迎えようとしていた。十六時には全てのプログラムが終了となり、来場客の退場が始まる。


 徐々に熱が去って行く様子を、憂は教室の窓からぼんやり見下ろしていた。物憂げな顔で頬杖をつく憂の口に、隣の葉火がアメリカンドッグを突っ込んだ。


「なに辛気臭い顔してんのよ。そういうのは明日に取っておきなさい」


 はひちゃんはアホなので丸呑みさせようとしてきたが、すんでの所で串を奪い取ることに成功する。一口齧ると、葉火が串を奪い返し一気に完食してしまった。


「夜々さんのこと考えてた。今日、全部話すって言ってたからさ。帰り際にもいっぱいエールを送るつもりではいるけど、他にもできることってあるかな」


「安心しなさい。あたしが名瀬家の隣の部屋を借りておいたから。いつでも駆け付けられるわ」


「マジかよはひちゃんすっげー!」


 夜々は今頃、家族と一緒に過ごしているだろう。

 体育館での会話を終えてから、憂と朝巳は夜々達と合流した。それからクイズ大会で奮闘する氷佳を酸欠寸前まで応援したのち、自分の両親を説得して家族ごとに別行動を取る流れへ持っていけた――のだが、もはや暁東と氷佳を引き離すことは叶わず、暁東だけは現在も姉倉家と共に過ごしている。


 そちらはそちらで心配だったが、一緒にいると頭がおかしくなってしまいそうだったので、憂は群れを離れ校内へ戻り、葉火と三耶子に構ってもらっているところだ。

 

「寒いわ葉火ちゃん。あたためて」


「アイスなんか食べるからでしょうに。ほら来なさい、抱きしめてあげる」


 平熱が39度だというはひちゃんで暖を取る三耶子。その傍らで憂はストーブに手をかざすようにする。心なしか手が温められている気がした。

 そんな風に遊んでいると、


「いたーっ! みんな!」


 息を切らせた夜々が、教室へ飛び込んできた。


「探したよ! 私から逃れようなんて考えないことだね!」


「どうしたの夜々さん。やけにテンションが――いや、いつも通りか」


 夜々は三人のもとへ近寄ると、乱れた息を整え、最後に大きく息を吸うと、表情を引き締める。

 そして、言う。


「いきなり、だけどさ。私、家族と話をしようと思う。いまから」


「いまから?」と憂。


「うん。だって……ほら、いまなら、すぐにみんなと会えるから」


 照れと不安の混じった顔で夜々は頬を掻く。


「私が泣いてたら、抱きしめて。泣き止んだら、蹴っ飛ばしてよ」


 両手を握りしめ胸の前に持ってくる夜々。

 覚悟は決まっているらしい――だったら自分達のやることも決まっていると、憂は得意げに微笑んだ。


「そう言ってくれると思ってた。だから、これ」


 余計なお世話も意外と役に立つ――なんて考えながら、憂はポケットから取り出した物を夜々へ差し出す。

 夜々はぽかんとした表情で拳をほどくと、両手で皿を作り、それを受け取った。


「これなに?」


「屋上の鍵。誰にも邪魔されない場所といったらあそこが一番だ。この鍵さえ確保しておけば他は誰も入れないから、貸切」


 ふふふ、と三耶子が笑う。この鍵を入手するにあたって共に上級生の怒りを買ってくれた、頼れる友人。あとで一緒に謝りに行くのだ。


「万が一誰か来ても、絶対に通さないから安心して。ゆっくり話してくるといい。気の済むまで、話してきてよ」


「え、と……どうして、これ」


「できることをやるって言ったからね――というわけで、早速移動するとしよう」


 呆然とする夜々を、三耶子と葉火が左右から挟み込む。


「ほら夜々ちゃん、急ぎましょう。それともなあに、先に抱き締めて欲しいのかしら」


「じゃ、あたしが蹴っ飛ばすわ」


「み、みんな、どうしてそんなに受け入れるの早いの?」


「あんたのことばっか考えてるからよ」


 三耶子が夜々の向きを変え、差し出すように現れた夜々の背中を葉火がパシンと叩いた。

 強めに。


「ひゃー! いため!」


「全部終わったらやり返しに来なさい」


 と、葉火が言って。

 夜々は背中をさすったのち、感極まったような、いまにも泣き出しそうな顔をして、「おぼえてろー!」と笑った。




 夜々の家族を連れ、屋上へ続く扉の前までやって来た。

 朝巳と大河、そして虎南。暁東に伝えるタイミングは家族みんなで話し合いたいと夜々が言ったため、暁東少年は引き続き憂の家族のもとだ。


「屋上って初めて! わーいありがとうございます!」


 鍵を開けると虎南がいの一番に扉の向こうへ消えていく。両親はやや躊躇っていたが、元々立入禁止ではないし、安全面も十分だと告げ、それなりに納得してもらった上で送り出した。


 一度扉を閉めた夜々が、深呼吸をしながら憂達を向く。

 見るからに緊張していたので――みんなで夜々の頬を突っついた。


「失敗した時のことなんか考えなくていいのよ。その辺りはあたしらに任せて、あんたは勝ちだけ見据えてなさい。ほら、行っといで」


「ふふふ。夜々ちゃんなら大丈夫。待っているから、言いたいことを言ってきて」


「夜々さん、がんばれ」


 三人からのエールを受け取りながら、夜々は抵抗せず、されるがままにつつかれて、ふにゃりと笑った。

 さらに頬をつっついて。

 つっつきまくって。

 解放された夜々は思い切り伸びをする。


「――ありがと。がんばる。いってくる」


 と、淀みなく言って扉を押し開けると、迷いなく向こう側へと踏み込んだ。


 がんばれ、と三人は声を揃えて言った。


 突如として訪れたクライマックス。

 自分達にできるのはここまで。

 この先は、夜々次第。




 ――それはこの先の屋上とその手前である階段周辺という、空間的な意味でも同じことが言えた。

 階段を下りながら、憂は葉火の肩を掴む。


「葉火ちゃん。言ってなかったけど、ここの鍵を手に入れるにあたって、上級生のものすごい変態カップルと揉めちゃってさ」


「なによそれ。面白そうな話じゃない」


「もしかするとここへ来るかもしれない。そうなった時、できる限り穏便に済ませるつもりではいるけど、もしもの際は付き合ってくれ」


「当然よ。分かってるじゃない、あたしの可愛さは上級生にも通じるって」


「腕っぷしを頼りにしてる。僕が的確な指示を出すから二人まとめて相手して欲しい」


「なにをふざけたこと抜かしてんのよ」


 冗談だよ、と憂は言わなかった。

 階段下で三人は顔を見合わせる。


「命懸けで戦いなさいよ」


「やだよ。僕、もっとみんなと遊びたいし。ギリギリまで命は残す方向で」


「嬉しいことを言ってくれるのね」


 葉火が言い、憂が答え、三耶子が笑う。

 

 結局。

 結局これが自分達にできる一番だと憂は思った。


 いつもの調子。

 いつもの調子で、夜々を待つ。

 がんばれ、夜々さん。

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