たったひとつの冴えたやりかた

 姉倉憂は走っていた。振り返る余裕は無い。

 並走する三耶子はいまにも笑い出しそうに両手で口元を覆っている。


 葉火と別れたのち三耶子一行と合流した憂は、夜々の母に挨拶を済ませ、暁東から愛する妹を取り戻そうとして「やめて兄ちゃ。氷佳も怒れるよ」と初めて見る顔で言い放たれ、発狂した。それから全員で二組の教室まで移動し、済ませておきたい用事があったので三耶子と二人でその場を離れた。


 用事自体はシンプルなのですぐに目的を達成できるはずだったのだが、思いのほか混沌を極め、結果として憂と三耶子は上級生の男女を怒らせてしまい――現在絶賛逃走中である。


 再び夜々達のもとへ戻るつもりなので、校舎からは出ない。

 主にアップダウンを利用した逃走ルートを取り、息が切れてきたのを頃合いに、近くの教室へ飛び込み扉を閉めた。

 呼吸を整えて憂は言う。


「なんて器の狭い上級生だ。まるで鏡を見てるみたいだったよ」


「ふふふ。鏡って不思議よね。どうして左右反対に見えるのかしら」


 言いながら三耶子は奥へ進んでいく。

 憂達が入ったのは小道具を保管している部屋で、巨大なサメの頭部や武器のレプリカなどがそこら中に散らばっている。


 三耶子は魔法使いが持っていそうな長い杖を手に取ると、


「変装しましょうか。私が魔法で憂くんの姿を変えてあげる」


 杖の先になにかを引っ掛けて憂の方へ放り投げた。


 飛んできたそれを抱えるように受け取る。広げてみると、毛布のような生地で作られた着ぐるみだと分かった。

 全体が灰色でお尻の部分に尻尾がついているところを見るに、ネズミだろう。


「頭はこっちに転がっているわ。私は、そうね、ウサギちゃんにしましょう。ぴょんぴょん。一緒に入る? なんちゃって」


 着替えを済ませ、落ちていた頭部の被り物を装着し、部屋を出る。

 三耶子は耳の折れたウサギ、憂は前歯の長いネズミだ。被り物は大きめだが意外に軽いため、歩くのに支障はない。


「似合ってるわよ憂くん。ちゅーちゅー」


「三耶子さんもね。ぴょんぴょん」


 変装もしたことだし一安心、ということで二人は夜々達のもとへ行き先を定める。先程までの逃走劇が嘘だったかのように穏やかな足取りで、ゆっくりと歩く。


「ねえ三耶子さん。さっきはあんまり聞けなかったけど、夜々さんのお母さんと話したんだよね。どんな人だった?」


「落ち着いていて優しい、お茶目で素敵な人だったわ。お父さんは、どんな人なのかしらね。楽しみだわ」


「もうすぐ到着するって話だったし、これからご挨拶させてもらうわけだけど、そこで僕から提案がある」


 なあに、とウサギ頭がこちらを向く。


「僕らと夜々さんの仲の良さを伝えるために、物真似を披露するのはどうかな」


「物真似……? 憂くんって、物真似するの好きよね。夜々ちゃんの真似をするの?」


「その通りだよ三耶子ちゃん! 正解明太マヨネーズ!」と、憂は夜々の真似をする。


「憂くんが怒られてる姿が目に浮かぶわ」


「三耶子さんもやってみてよ」


「私も? いいけど……あんまり得意じゃないから、笑わないでね」


 憂は顔の正面を三耶子に向けて頷く。


「……ヨ、ヨヨダヨー」


「あはははは! 可愛いけど全然似てない!」


「笑わないって言ったのに。意地悪ね」


 以前にもこんなやり取りをした気がする。表情は分からないが唇を尖らせる三耶子が簡単に想像できた。


「私の真似もできるの?」


「もちろん。怒らないで笑ってね」


「なんて不吉な前置きなの」


「私、古海三耶子。匂いフェチ」


「どうして知っているのよ! マチルダさんから聞いたのね!?」


 予想外の剣幕で掴みかかってくるウサギちゃんに驚きつつ、憂は夜々と一緒にいる時にマチルダと遭遇し、「フーミャンさんは匂いフェチ」とだけ告げられたことを説明した。


「本当に最悪よ……あの子だけは信用できないわ。こうなったら開き直る。ええそうよ。私は匂いフェチ。笑いたければ笑うがいいわ」


「別に、笑わないけど。どんな匂いが好きなの?」


「憂くんには教えてあげない」


 ぷいっと顔を背けた三耶子が逃げるように駆け出したので、憂も急いで後を追った。憂は自分の匂いをチェックしようとしたが、着ぐるみのためそれは叶わなかった。




 一年二組のコスプレカフェに到着し、中を覗き込む。

 教室の後方に、六つの机をくっつけて作ったテーブルを囲む団体客の姿があった。憂の家族と夜々の家族が一堂に会している。


 着ぐるみの中で目を細め、睨みように見つめていると、


「わっ! なんだなんだー!」


 なんてコミカルに騒ぎながら、ウェイトレスの一人――夜々が駆け寄って来た。

 キョンシーから黒のセーラー服姿へ転身を果たしている夜々は、目の前のネズミに興味津々といった様子で見上げてくる。


「お客さん? 立派な前歯ですね! あ、ウサギもいる!」


 憂の背後にいるウサギの存在に気付いた夜々は、一層声を色づかせ、楽しそうに笑う。


「いやー、うちのお店を選ぶとはお目が高い。動物への接客も想定しております故」


「ありがとう夜々ちゃん。流石はハムスターの王様だね」


「喋った!? って、その声は憂くんだ! なにその恰好、かーわいー」


「ヨヨダヨー」


「誰がハムスターの王様だーっ!」


 時間差ツッコミを炸裂させた夜々に、廊下の窓際まで押し出される。何故か三耶子は憂の背後から動かなかったので、壁と憂に挟まれる形となった。


 憂と三耶子は横並びになり、被り物を外して、夜々を見る。


「二人ともなにやってんのさ。あ、そうだ、三耶子ちゃん。お母さんから聞いたよ! ありがとね! すごく楽しい時間を過ごせたって、喜んでた!」


「それなら良かったわ。私も、すごく楽しかった」


 三耶子が微笑み、夜々が少し恥ずかしそうに笑い返すと、そこで教室から葉火が出てきた。

 彼女は普段通りの制服姿だが、普段とは異なる、妙に不機嫌そうというか悩ましげというか、複雑な表情をしている。

 拾い食いしたお菓子が美味しくなかったのかな、と考える憂をよそに、葉火は三耶子を向き、口をもごもごさせた。

 そして。


「三耶子。悪かったわね、勝手にどっか行って。ちゃんとお詫びはするわ」


 その声はいつもの投げつけるような勢いのあるものではなく、相手に差し出すように控えめな響きのものだった。


 三耶子はわずかに目を見開いて、それから微笑し、次いで眉を下げ頬を膨らませたのち、言う。


「すっごく心細かったんだから」


「悪かったわよ。なんでも聞いてあげるから、許して」


「どうしようかしら。また私の家に遊びに来てくれるなら、許してあげるかもしれないわ」


 からかうような顔と声の調子。

 葉火は「住むわ」と答え、それから自分を殴れと言い始めた。突如としてバイオレンス路線に舵を切った葉火をみんなで説得し、でこぴん一発で手打ちとなり、全員で入室する。


 憂はもう一度、自分の家族がいる方を見遣った。


「あの人が、夜々さんのお父さんだね」


「うん。葉火ちゃんと一緒に来て驚いちゃったよ」


「あたしも驚いたわ。ナンパされたと思ったら夜々の父親だったんですもの」


 会話を聞きながらも憂の視線はテーブルに釘付けだ。というより、氷佳に釘付けだ。暁東の膝の上に乗っかっているじゃないか。そこは自分の特等席なのだと、メラメラ燃え上がる嫉妬心を小学四年生へ向けている。希釈をしていない、純度の高い嫉妬をだ。


 憂がどうしたものか頭を悩ませていると、


「……憂くん。これは一体なんのつもりだね」


 という夜々の声が聞こえてくる。

 そこで夜々へと視線を転じると、いつの間にか自分の右手が、夜々の頬を摘まんでいることに気付いた。

 布ごしでも、やわわわい。


「うわ! なんだなにが起きた!? ごめん夜々さん、完全に無意識だった!」


 憂は慌てて手を離すと、大袈裟に後じさった。


 またもや夜々の方から押し付けてきたのではないかと思ったが、反応を見るに違うらしい。

 己の意思か。

 恐らくだが、ささくれ立つ心を鎮めるため、柔らかい物を触ることでリラックスしようと身体が勝手に動いたのだろう――という旨を正直に説明すると、三人は揃って呆れたように笑った。


「ほんと、筋金入りのシスコンなんだから。小学生相手に嫉妬してんじゃないわよ――だけどライバルがいた方が、暁東も燃えるわよね」


 葉火はそう言って、三耶子と夜々を一瞥し、口角の片側を上げる。

 自分もそうであると言わんばかりの表情だった。


 それから夜々の右ほっぺを摘まんで、葉火は言う。


「ま、文化祭の間は余計なこと考えるのはやめましょう。いまは夜々の両親にどうインパクトを残すか考えないと」


「それなら、さっき憂くんと一緒に企んでみたのだけど」


 三耶子は夜々の左ほっぺをつつく。


「いつから私のほっぺたはプチプチみたいな遊び道具になったのかなっ!」


 そこで夜々が両手を上げて不満を口にした。

 不満というよりも会話に混ざるための合いの手のようなものだが、気軽に触れるものではない。危うく参戦しかけていた憂は命拾いしたと安堵する。


「三耶子さんの言う通りしっかり企んでるから、葉火ちゃん、僕らに呼吸を合わせてくれよ」


「あはっ。いいじゃない、そういうの、好きよ」


「というわけで、その前に」


 言い終えて、憂は家族のいるテーブルへ先行する。


 早足で歩み寄ると、憂に気付いた渦乃が「おかえり」と言った。

 その隣の気取った顔でコーヒーを啜る父は、何故だか知らないが、憂のブレザーを着ている。先程合流した時点で既に父の手に渡っており、入手経路に関して頑なに口を閉ざし教えてくれない。

 その辺りは後程じっくり吐かせるとして。


 意識をテーブル全体へ移す。

 窓を背に憂の母と父、対面に夜々の父と母、そして虎南が座っている。

 憂は教室の後方を向く位置に立ち、夜々の家族側を向く。


「初めまして。姉倉憂です。夜々さんとは親しくさせてもらっています」


 挨拶をして軽く頭を下げると、夜々の父と母も同じように会釈をした。


「改めまして、母の大河です。こちらは、父の朝巳あさみ


「初めまして。よろしくお願いします」と、朝巳。


「わたしは虎南です! 引き続きよろしくです!」


 三連打ののち、朝巳が言う。


「夜々と虎南、それに暁東もお世話になっているようで、感謝しています」


 深く頭を下げられ、動揺した憂は頭を朝巳より低い位置へ持って行く奇妙な動きを見せた。大人にへりくだられると、すごく悪いことをしている気持ちになるのだ。


 それから、追いついてきた三耶子も朝巳に自己紹介をする。葉火はお嬢様口調で夜々の両親と一言二言交わしたのち、威張った風でふんぞり返った。


「今日は楽しんでいってください」


 憂は穏やかに言い、自分の両親がニヤついているのを視線で咎め、さっきから気になって仕方ない二人組、黒板を向く位置に座る暁東と氷佳の隣へ移動した。


「やあ暁東くん。調子はどうかな」


「お兄ちゃん。見ての通りだよ。ぼくと氷佳ちゃん、ラブラブなんだ」


「なんだいその言葉は。初めて聞いたよ。氷佳、お兄ちゃんが来たよ。ほら、お兄ちゃんと一緒に座ろうか」


「ううん、いい。あきとくんと座る。兄ちゃ、あっち行ってて」


「たきがりわおのよのこ!」


「初めて聞く言葉だ」


 憂はあまりの衝撃にひっくり返りそうになりながら、よろよろと壁際へ移動し、がっくり項垂れる。


 ――なにが起きた? 

 理解できない。この部屋では不思議なことが起こりすぎる。

 およそ人智の及ばぬ法則が適用されていることは明白だった。


 抱えていたネズミの頭を床へ落とす憂。

 その一部始終を目撃していた灯台娘達が、気まずそうに憂の背中を見つめている。


 特に夜々は、憂がこの事態を危惧していたと知っているからだろう、掛ける言葉が見つからないようだった。しかし、それ故に放ってはおけないのか、それとも好奇心か、憂の隣に立ち、そーっと顔を覗き込もうとする。


 すると憂が急に顔を上げ、夜々を見た。


「わっ! 憂くんから表情が消えてる! 無表情だよ! つるつる!」


 憂はのっそり反転して、立ち尽くす。

 気の毒そうに目を逸らす三耶子と、笑い出しそうな葉火。

 あわわあわわと慌てる夜々。


 しばし無気力だった憂が、不意にネズミの頭を拾い上げ、被る。

 それから夜々の肩を掴み、三耶子と葉火も巻き込み出入口へ。


 憂は無言のまま手の動きだけで夜々と葉火に待機を伝え、三耶子と一緒に教室を出る。困惑する三耶子にウサギの頭を被るよう、これまた手ぶりだけで伝えると、三耶子は黙って従った。


 そして憂は、中を覗き込むように扉の陰からひょこりと頭を出す。

 夜々は憂と葉火で視線を行ったり来たり慌ただしい。

 葉火は目を細め、憂の意図を探ろうと観察しているようだった。


 憂は手を振りながら三耶子と一緒に再び入室する。

 同時に。


「ヨヨダヨー」


 と、ようやく憂が言葉を発し――そこで葉火は手を叩き、閃きの音を室内へ響かせた。


「分かったわ! こいつ、時間を巻き戻そうとしてるのよ! 多分いま来たって設定なんでしょうね! あはははは! 真正のバカだわ! あたしよりバカよ!」


「そういうこと!? ごめん、それは私も笑っちゃう――あははは!」


「ヨヨダヨー。二名デちゅー」


 憂の背後で三耶子も笑い声をあげる。

 葉火の推理は百点満点、非の打ち所のない模範解答。


 憂は本気で、氷佳の拒絶を無かったことにするつもりだった。

 いや、そんなものは元より存在していなかったのかもしれない。

 よく考えたら、氷佳が自分を拒絶するはずがない――お祭りに浮かれて鼓膜の震わせ方を間違えたのだろう。


 きっと氷佳は、あいちてると言ったのだ。

 なーんだうっかり。

 虚無となった心に大地が戻り、色とりどりの花々が一斉に開花する。


 憂は被り物を外し、爽やかな笑みを作った。


「僕としたことがどうやら白昼夢を見てしまったらしい。ま、文化祭って非日常の中ではむべなるかなって感じかな。そんなことより、僕らで接客するから夜々さんは座ってなよ。ねえみんな」


「憂、あんた……頭が」


「はひちゃん。僕を雇ってくれ。後悔したくなかったら」


「分かったわよ、気の毒だからそうしてやるわ。ということで、夜々、あんたクビ。憂と三耶子に働かせるから家族と遊んでなさい」


「あー笑った。うん、じゃあお言葉に甘えちゃおっかな。ありがと」


 かくして恐ろしい記憶の封印に成功した憂は、別クラスの身でありながらスタッフの座に就いたのだった。

 コネ入社である。


 一人抜けたところへ二人を突っ込んでも時間を持て余す者が出るし、葉火社長もスタッフとして働くということで、人員の調整が入り、働くより遊びたいというギャル二人が解放された。


 基本的な業務は、お客様を席へ案内し、注文の際にお金を受け取り、お菓子と飲み物を提供すること。あとは空いた時間に席の清掃。慣れたものである。

 お店自体大繁盛というわけではないのでゆとりを持って行動できるだろう。そこも含めて、やはり慣れたものだった。


 気概十分、破格の労働意欲を見せる憂と三耶子に、葉火社長からのありがたいお言葉が授けられる。


「だけどあれね。動物に働かせるのって衛生的にどうなのかしら。もしもの時は容赦なく切り捨てるわよ」


「ひどいのだ葉火ちゃん。その時は地獄へ道連れにしてやるのだ」とネズミ。


「そうぺこよ。みやーこを怒らせると怖いぺこだからね」とウサギ。


 憂も三耶子もなにかしらを真似たようだが、葉火には全く伝わっていなかった。

 


 

 しばし労働に精を出し、暇になったタイミングで、憂と三耶子は葉火も連れて夜々達の席へ向かった。

 夜々が楽しそうに、忙しく舌を回している。


「なに話してるの?」


 会話の切れ目を狙い澄まし、憂が訊く。


「みんなの話」夜々が照れくさそうに答える。


 夜々の両親が口を綻ばせながらこちらを向いたので、憂はここで例のあれを披露する決断を下した。盛り上がりに便乗するのだ。

 自分の両親もいる場ではしゃぐ姿を晒すのは当たり前に嫌だったが、必要経費だと割り切ろう。

 

「夜々さんとは大変仲良くさせてもらってます。せっかくなので、僕の特技を見ていただけますか」


 特技、と首を傾げる名瀬一家。

 憂は空咳で間を作り、急激に込み上げてくる恥ずかしさに自由を奪われるより早く、始めた。


「友達の物真似シリーズ、その壱。コーヒーを注文する時の夜々さん。コーヒー! あったかいやつで! ミルクと砂糖はだいじょぶです。なんて言うと思ったか! ありったけ持ってこーい!」


「ちょっとちょっと! なんのつもりだね! 私そんなこと言ったっけ!?」


 慌て始めた夜々に構わず、次鋒三耶子。


「その弐。パズルゲームで遊ぶ時の夜々ちゃん。うおりゃー! 八連鎖! インフルエンザ!」


「三耶子ちゃんまで!?」


「その参。よく分かんないこと言う夜々。八面六臂の間に入るのって七面鳥かな!? 前後は九官鳥に五臓六腑! あ、六被った! 鳥も!」


「葉火ちゃんっ! もーみんなして! やめてよ恥ずかしいからさあ!」


 席を立った夜々が頬を膨らませ、恥じらいと嬉しさの混ざったような顔で、全身を使い三人を追いやろうとする。


 そんな夜々の頭を乱暴に撫でまわす葉火。

 三耶子も夜々に同じことをして。

 憂は物真似を仕草へ移行し、むん、と胸を張った。


 揉みくちゃにされながら、夜々は、それはそれは可笑しそうに、表情をふにゃりと緩めた笑顔になる。


「なにさなにさ! そんなに私のことが好きか! 私だって負けてないからね!」


 それから夜々が反撃とばかりに憂達の物真似を始め、より騒々しく、時間は過ぎていった。

 夜々の両親も。

 憂の両親も。

 楽しげな子供たちを優しく見守っていた。




「姉倉君。この後、時間ありますか」


 物真似合戦を終え業務へ戻り、憂がテーブルを拭いていると、朝巳に声を掛けられた。憂は一瞬間だけ硬直したのち、朝巳を向く。


「え、と。大丈夫です。三十分くらい待ってもらうことにはなるんですが」


「構いません。是非、キミと二人で、話をしてみたくて。こっそり」


「僕とですか?」


 朝巳は柔らかな笑みのまま、はい、と小さく頷いて、続ける。


「あまり長居すると他の方に迷惑ですから、そろそろ移動しようと思います。どこかで待ち合わせましょう。分かりやすい目印がある場所だと、助かるのですが」


「でしたら、昇降口にしましょう。人が多い方が紛れやすいと思いますし」


「分かりました。では三十分後に」


 そう言って朝巳は自分達のテーブルへ戻っていく。

 冷静ぶって対応したものの、いきなりの呼び出しにしっかり動揺しながら、憂は拭き掃除を再開する。


 一体なにを言われるのか。

 考えてみると物真似を披露するだなんて気の狂ったアプローチだったかもしれない。ダメ出しで済むなら助かるが、いや、わざわざ呼び出されてのダメ出しは辛すぎる。

 憂は身震いしつつ、テーブルを拭く手に力を込めた。

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