こなみランゲージ

「いーやーだー! 行かないで葉火さぁん! もっと葉火さんとあーそーぶー!」


 虎南が人目をはばからず喚き散らしながら、腰に絡みついてくる。

 これだけ情熱的だと悪い気はしないわね、と葉火は思った。


 場所は廊下のど真ん中。

 脱出ゲームを終えた葉火たち和製アダムスファミリーは、三耶子に連絡を入れ、二年七組のケーキ店へ向かった。手前まで来たタイミングで、葉火はパーティを離脱して単独行動を取ろうとしたのだが、それを許さぬ妹ハムスターの妨害を受け、現在。


「お母さんに紹介させてくださいよ! キャッチコピーだって考えてるんですから! 立てばボムボム、座ればボカン、歩く姿は吉良〇影。どうですか!」


「あんたの手首だけ持って行くから寄越しなさい」


「やだー!」


 脇腹に頭を擦りつけられるのがくすぐったくて引き剥がそうとするも、虎南は全身全霊で抵抗してくる。

 その様子を見ていた氷佳が悲しそうな顔で言う。


「よーか、行っちゃうの?」


「悪いわね氷佳。また会えるから、それまで暁東に甘えてなさい」


 葉火の発言を受け、氷佳の手をずっと握っている暁東がやけに大人びた表情で答えた。


「ぼくはどこにも行かない。だから氷佳ちゃん、寂しくないよ」


「あきとくん、ありがと。おっきくなったら一緒に住もうね」


 暁東と氷佳は真っすぐ互いを見つめ合い、くすぐったそうに笑う。憂の母、渦乃が「結婚に年齢制限はなかったよね」と真剣な顔つきで呟いた。


「ほら虎南、離れなさい。あんまり親に心配かけるんじゃないわよ。あとでまた遊んであげるから」


 それでも離れようとしない虎南にくすぐり地獄をお見舞いし、ようやく分離。笑い疲れたのだろう虎南は渋々といった感じで頷いた。


「それじゃ、あたしは行くから。ありがとねみんな。えーと、あとはよろしくお願いし、ます」


 渦乃のごり押しでため口を許されているが、葉火にも最低限の常識はある。たどたどしく言葉を紡ぐ葉火を憂の両親は優しく見守り、「任せて」と微笑んだ。

 親子だけあって憂にそっくりだわ、と葉火はなんだか面白い気持ちになった。


 そうして虎南と暁東を姉倉家に託した葉火は、踵を返し来た道を引き返す。

 このまま同行すれば、夜々の母親と顔を合わせることになる。どんな人物なのか気になるし会ってみたい気持ちも大いにあるが、今日は控えておくべきだろう。

 葉火はそう思う。

 直前になって、そう思った。


 いま自分達が考えるべきは、夜々の両親に娘は心配いらないと安心してもらうことだ。そのために、夜々が友人と交流する姿を見せようとみんなで決めた。


 だったらあたしは会わない方がいい。

 嫌われることの多い自分だから、当然、夜々の両親に好ましく思われない可能性がある。あんなのと関わっているなんて心配だ、とむしろ不安を煽ってしまうかもしれない。


 無論。

 そうはならない自信はある――あるのだが、念のため。

 自身の逆。

 自信の反対を選んだ。


 その選択が案外上手くいくことを、葉火は知っている。

 自分が思っているよりも世界は繊細らしいのだと、知っている。


 だから三耶子には悪いが、任せることにした。

 本来であればこんな弱気な考えは、逃げるような思考はプライドが許さないはずなのだが、少なくとも前までの自分なら考えもしなかったのだが――いまは違う。

 笑えることにすんなり受け入れられる。

 葉火にとって夜々は、友人は、友人達は、プライドなんかよりも遥かに大切な存在となっていた。


「まったく、あたしも丸くなったものだわ」


 と呟いて。

 まるで味方になると弱体化する悪役ね、なんて考えながら、友人の顔を思い出して笑った。


 葉火は特に行き先も決めず、廊下の真ん中を闊歩する。

 そういえば今日はまだ憂の顔を見ていない。なにをしているのか分からないが、憂のことだから夜々とデートでもしてるのだろう。と、持ち前の恋愛脳を発揮する葉火だったが、すぐさま意識を別方向へ向ける。

 葉火は急に立ち止まり、振り返った。


「ぴゃっ!」


 すると、少し離れた位置でそんな音が発せられた。

 虎南である。どうやらあとをつけてきたらしい。照れくさそうに笑いながら、小走りでこちらへ寄ってくる。

 

「さすがは葉火さん。鋭い感覚をお持ちですね」


「なにやってんのよ。母親のとこに行きなさいって言ったわよね」


「大丈夫です。顔は見せてきましたから」


 ふふん、と虎南は鼻を鳴らし、威張るような態度のまま続ける。


「実はわたし、お父さんとお母さんに内緒で暁東を連れ出してここへ来たんですよ。だから怒られると思うんです」


「良かったじゃない。怒られるのって幸せなことよ。さっさと出頭しなさい」


「ということで、わたしと一緒に逃げてください葉火さん」


 アホアホハムスターロジカルを炸裂させる虎南だった。


「嫌に決まってるじゃない。匿ってるあたしまで悪者になるでしょうが。何のために別行動したと思ってんのよ」


「本当ですか!? そう言ってくれると思ってました! さっすが葉火さん! 大好きちゅちゅちゅー!」


「はあ!? あんたマジで頭おかしいわね! 離れなさいって! ほら戻るわよ!」


「いーやーでーすー!」


 またしても纏わりついてきた虎南を押し返す葉火。

 それから五分近く揉み合い続けたのち、葉火が虎南を引きずる形でケーキ店まで戻ったが、既に三耶子達の姿はなくなっていた。


「おやおや。既に移動したみたいですね。残念です」


「電話して聞きなさいよ」


「うっかりスマホを暁東に預けてしまって……」


「だろうと思ったわ。あたしが三耶子に掛けてあげるから――」


 そう言ってブレザーのポケットに手を入れた葉火の表情が険しくなる。

 スマホが無い。反対側も探ってみるが入っていなかった。落として気付かないほど浮かれていたつもりはない――と、そこでニヤニヤしている虎南が目に入った。


「あんた、あたしに何したの」


「いえ。一度別れる前に抱き着いた時、偶然わたしの手に葉火さんのスマホが収まりまして。どうしていいのか分からなかったので古海先輩に預けておきました」


 悪びれた様子のない声で――しっかり気まずそうに頬を掻きながら虎南は種明かしをする。

 ぴゅーぴゅー口笛を鳴らしながら、両手を頭の後ろへ回す。

 絶滅危惧種。


 そんな彼女は、何も考えずにぐずっているように見せて、その実したたかに企んでいたと。

 愛嬌のある笑みを浮かべながら、告白した。

 ということはきっと、三耶子達がいなくなっているのも、彼女が上手いこと誘導したのだろう。


 話はおおよそ理解した。

 葉火はしばし唖然として、それから――


「――あはははは! あんたって、ほんと、おバカねえ。あたしのこと好きすぎよ」


 声をあげて笑った。

 形振り構わない感じが可笑しくて、そして葉火の好みに合っていて、笑えてくる。

 虎南もまた、顔いっぱい明るく彩り楽しそうに笑った。


「はい! 大好きです!」


 ここまで好かれて悪い気はしない――するわけがない。

 ストレートな好意をぶつけられ、葉火は絆されてしまった。


 まあ。

 虎南を可愛がるのだって大切なことだ。

 役割分担。適材適所。

 三耶子達に任せている分、自分はこちらで活躍させてもらうことにする。


「分かったわよ。あたしは大人だから折れてあげる。ほんと、厄介なのに目を付けられたものだわ」


「わーい! 葉火さん大好き!」


「両親を見つけ次第あんたの首を突き出すから」


「最終的にはわたしを相棒と認めてくれる前振りですね。少年漫画の鉄板です。えー、鉄板焼きとかけまして、トリガーハッピーと解きます。その心は! どちらもジューで気持ち良い!」


「微妙ね」


 かくして葉火にポジティブな相棒ができたのだった。

 このあたしがまたしても押し切られるだなんて屈辱だわ。そんな思いで虎南の頬を軽く摘まんだ。そのまま、歩き出す。


「さ、行くわよ。あんたのわがまま分は姉に支払わせるわ」


「ひょんなー! ひょーかふぁん!」



 

 三耶子達を探しつつ食べ歩きを満喫している内、いつの間にか目的の順序が入れ替わっていた。あれを食べようこれを食べようと盛り上がりながら、二人は校内を散策している。


「自由な学校でいいですね。わたしもこの学校に進学しようと思います。そこで一つお願いがあるんですけど」


「言ってみなさい。あたしに叶えられない願いはないわ」


「葉火さんの後輩として一緒に過ごしたいので、留年してもらえませんかね」


「嫌よ。あんたが受験失敗したら終わりじゃない。あたしが留年する確率と、あんたが無事ここに受かる確率ってほぼ一緒よ」


「葉火さんってそんなにおバカなんですか?」


「あたし、学年でもトップに成績良いの」


「わたしってそんなにおバカなんですか!?」


 異議ありです、と声を荒げる虎南を無視して進む。

 やって来たのは一年生エリア、大袈裟に言えば葉火の縄張りである。

 階段前の踊り場を抜けて右へ曲がると、廊下の奥の方に憂と夜々らしき二人組を見つけた。


「あら。あの二人、上手いことやってるみたいじゃない。冷やかしに行くわよ」


「まあまあ待ってください葉火さん。ここはじっくり観察すべきじゃありませんか? 尾行しましょう尾行!」


「嫌よそんな陰気な真似。性に合わないわ」


「郷に入らずんば故事成語、みたいな言葉があるじゃないですか」


「本気で言ってるなら二度とあたしの後輩を名乗るんじゃないわよ」


 虎南ディクショナリー、絶版。

 結局、虎南がとにかくうるさかったので、渋々付き合ってあげることにした。

 錆ヶ峰さびがみねに改名しようかしら、と葉火は思った。


 というわけで、近付きすぎず離れすぎず、憂と夜々を尾行する。二人がなにを話しているのかは聞こえないが、とても楽しそうな雰囲気であることは伝わってくる。


「いけー! ちゅーしろちゅー!」


「あんた尾行下手なんだからせめて静かにしなさいよ。うっさいわね」


「うっさくないもん! あ、葉火さん、ちゅーして欲しいならわたしがしてあげますよ」


「あたし、口に物が入ると噛み千切る癖があるのよね。じゃ、お願いするわ」


「ファーストキッスはスプラッター! ひゃー!」


 葉火が強引に唇を奪おうとする動きを見せると、虎南はとにかくきゃーきゃー騒ぎながら、満更でもない様子で抵抗を続けた。


 未遂に終わり、尾行再開。

 憂と夜々はこちらに気付く様子もなく、肩をぶつけ合いながら並び歩いている。

 不意に、夜々が憂の腕に頬をこすりつける奇妙な動きをして、憂が慌てて距離を取るという一部始終を目撃し、虎南と葉火は笑った。

 完全に夜々がペースを握っているらしい。


「もしあの二人が付き合ったりしたら、人前で相当恥ずかしいことやりそうですよね」


「絶対やるわね。この学校、バカップル多いのよ」


 そうこう話している内、憂と夜々は教室の前で立ち止まり、受付らしき人物と話したのち、中へ入った。二人をなぞるように葉火と虎南も受付の前に立つ。


 この場所は、憂達のクラスである一年七組、迷路お化け。

 昨晩葉火が耐えがたい苦汁を舐めさせられた忌まわしき空間である。


 幽霊騒ぎでみっともなさを極めたあの男が、抵抗もなくこのアトラクションに足を踏み入れたのには疑問の余地があったが、夜々の前で格好つけたいのだろう、と葉火は結論した。


 受付の男子生徒に話を聞くと、他に客は入っておらず憂と夜々のみが中にいるらしい。そこで葉火の悪戯心が火を噴いた。


「虎南、あたし達であいつらを驚かしてやりましょう」


「……? いいですね! よく分かんないですけど! チェンソーでも持って追いかけますか?」


「普通に真正面から脅かしてやるの」


「どうやってですか?」


「出口から入るのよ」


 葉火が言うと、虎南はぱあっと顔を輝かせ、出された無法を躊躇なく肯定した。

 受付の男子生徒は「なんか知らんが可愛いからオッケー」とサムズアップ。


 許可も下りたので葉火と夜々は出口側から中へ入る。声を潜め、足音を立てないよう気を配りながら進んでいく。


「しっかりついてきなさい。なにか出てもあたしが守ってあげるから」


「はひぃ、わたしの葉火さんがかっこよすぎる……」


 配置されているお化け役も逆走してくることは想定していなかったのだろう、目の前を通り過ぎる二人組を呆然と見送っていた。


 葉火の足取りに迷いはない。既に一度クリアしているし、迷路といっても単調なものだ――と、そこで違和感に気付く。

 逆から攻略する自分達はともかくとして、順路を歩いているはずの憂達の声が聞こえない。驚かす役の声もだ。


 訝りつつ葉火はいざとなったら虎南を盾にするつもりで前を歩く。

 が、その悲劇は回避できた。憂達と出会わないまま入口へ辿り着いたからだ。

 葉火と虎南は揃って首を傾げる。


「……お姉ちゃんが消えちゃいました!」


「そこのあんた。こっから憂と夜々出てこなかった?」


 受付男子は首を振り、葉火の推測を否定する。

 一体どういうことかしら。

 葉火がもう一度中を確認すべく振り返ろうとした、その時だった。


「――わっ!」


 という声と共に背中を叩かれる。

 葉火と虎南は同時に、


「――きゃっ!?」

「――ぴぃっ!」


 情けない悲鳴をあげ、顔を強張らせながら振り返る。

 そこには喜色満面、それはそれは嬉しそうな顔の夜々と、声をあげて笑う憂の姿があった。


「あははははは! はひちゃん、きゃっ! だってさ!」


「葉火ちゃんもびっくりするんだねえ」


 と、目の前の光景をしみじみ味わうように、夜々が言う。

 葉火はすかさず二人の顔を鷲掴みにした。


「どういうことか説明してもらおうじゃないの。喋れるものならね」


 このまま屈辱ごと葬り去ってやりたかったが、ギブアップを受けて葉火は二人を解放する。


「いやー、二人がついてきてるのバレバレだったからさ。驚かしてやろって憂くんと話し合ってね」と、夜々。


「着替えたりするスペースに隠れてたんだよ。逆走してくるのは予想外だったけど」憂も続く。


「いい趣味してるわねあんたら」


 葉火は恨みがましい口調で負け惜しみを口にした。

 屈辱に震える葉火の隣で、夜々と虎南が仲良く姉妹トークを始める。


「虎南、葉火ちゃんに遊んでもらってるんだね。楽しいでしょ」


「うん、すっごく楽しいよ! 葉火さん、わたしのために留年してくれるって」


「そっかそっか。お、お姉ちゃんも留年しちゃおっかなー、なんちゃっ――て、暁東は!?」


 見事な緩急を披露した夜々がいきなり慌て始める。

 虎南は心配ご無用とばかりに勿体ぶり、憂の両親と名瀬母、暁東、そして三耶子が一緒にいることを説明した。


「な、なんかすごいことになってる! 三耶子ちゃんだいじょぶかなぁ。いまどこにいるの?」


「分かんない。わたしも葉火さんもスマホ持ってなくて」


「私も教室に置きっぱなしで持ってない」


「僕もスマホ忘れてたからついでに取りに来たんだけど、ブレザーごとなくなってた。誰か間違えて着ていったっぽい」


 つまりこの場にいる誰も、スマホを携帯していなかった。

 時代に逆行するツワモノ揃いである。


「じゃあ私が連絡取ってみるよ。そろそろお店番の時間で戻るとこだったし」


 とのことで、全員で二組の教室へ移動した。

 そこで夜々が三耶子と連絡を取り、二組へ来てもらうよう伝えた。夜々が家族をもてなせるようにシフトを調整しているので、集合場所として丁度良いだろう。

 お父さんもそろそろ来るはず、と虎南が言った。


 夜々の着替えを手伝いなさい、と虎南に告げ、姉妹仲良く衣装チェンジを始めるのを見届けて、葉火は教室を出る。少し遅れて憂も出てきた。


「あんたは中で待ってたらいいじゃない」


「いや、三耶子さんが気まずい思いしてそうだから僕も迎えに行く。済ませておきたい用事もあるし、付き合ってもらおうかな」


「そうなの。ま、あとは頼んだわ」


「あれ。一緒に行くと思ってたけど」


 葉火は意味深に笑んで、手を振りながら歩き出す。

 憂がついて来ようとしたので、一度足を止めて葉火は言った。


「いいから急ぎなさい。氷佳と暁東、将来的に同棲するつもりみたいよ」


「なんでそれを先に言わねえんだよ! 止めてくれよはひちゃん!」


「あたしにだって、出来ることと出来るのにやりたくないことがあるのよ」


 んぎぃーと奇怪な鳴き声をあげ、憂は電話で聞いた三耶子達の現在地へ向けて走り出した。

 その背中を見送りながら、葉火は呆れた風に笑い、


「んぎぃー」


 と、憂の鳴き声を真似してもう一度笑った。




 さていよいよ友人と遊べなくなった葉火は、屋内だと息が詰まりそうだったので、校舎を出た。

 十一月も半ばを迎えすっかり寒くなってきたが、今日の風はあまり冷たくないように感じられる。あちこちから湧き上がる熱のおかげだろう。


 縁日のようなラインナップを横目に、行く当てもなく足を動かす。

 なんていうか、興味をそそられない。いや、楽しそうではあるのだが、なにか物足りない気がするのだ。

 そう、物足りない。


 一人ってこんなに退屈だったかしら。


 すれ違った人がゲームに出てくる勇者のような恰好をしているのを見て、葉火は三耶子を連想する。


 そうだ、三耶子だ。

 あとで三耶子にお詫びしてやらないと――説明もなく押し付けて、自分だけ楽しく遊び惚けてしまった。

 こういう部分を直さないといけないのよね、と自らを省みる内、自然と足が止まる。


 少し前までの自分なら、他人のことは二の次で、好きなように振舞って、楽しんで、満足していた。

 けれどいまは、それを直すべきだと考えている。

 自分じゃない誰かのことを思っている。


 ――あたし、なにしてんの?

 こんなところで。

 一人で。


 頭に浮かんだ疑問が、手前勝手に三耶子を放り出した事実を糾弾するように圧し掛かってくる。

 潰されないよう抵抗すると――途端に、視界が、思考が、澄み渡った。

 そして。


「こんなとこに居る場合じゃないわ」


 無意識に舌の上までのぼってきた言葉を、意識的に吐き出す。

 それは驚くほど口に馴染んだ。

 

 なにをやっているのよ――本当になにをやっているのよあたしは。


 三耶子を一人にして。

 あんな友達想いを一人にして。

 友達と一緒に居たいに決まっているのに。

 そんな簡単なことに、いまのいままで気が付かなかった。


 ――おバカだわ、あたし。


 夜々のことばかりを考えて、三耶子のことを疎かにしていた。ちょっと手札が増えたからといって利口ぶって調子に乗って、視野が狭まっていた。

 そして、間違えた。

 そのくせ一丁前に満足気になっていた――バカ。


 バカ。

 バカよ、本当に。

 いつまで独りよがりでいるつもりよおバカ。


 ごめん三耶子、あたし寝ぼけてたわ。


 葉火は両手で挟むように、自分の頬を叩く。

 あとで三耶子にも殴ってもらおう。


 自分は会わない方がいいだなんて、情けないことを考えてしまったものだ。

 みんな、頑張ってる。

 あたしも頑張らなくてどうするの。

 一緒に居なくてどうするのよ。


 いまのあたしを、こんなあたしを、あいつらが他人に誇ってくれるわけないじゃない。


 嫌われることが多いからなんだというのか。

 愛すべき友人達は、そんな剣ヶ峰葉火を好きだと言ってくれているじゃないか。

 だったら、自分らしく。

 自身のまま。

 自信のまま。


 ――死に物狂いでやりなさいってのよ。


 正々堂々真っ正面からぶつかっていくのが、それで勝つのがあたしって奴でしょうが。あいつらと一緒に胸張って、欲しいもの大事なものを全部この手に収めてやるわ。

 できないはずがない、なにがなんでも成し遂げる――うん、これでこそあたし。

 あいつらの、自慢の友達ね。


 思考が組み上がるのは、まさに怒涛であっという間。

 だから当然、動き出すのも早かった。


 葉火は勢いよく反転し、地面をかち割るつもりで足に力を込める――が、そこで、声を掛けられた。


「あの」

「なによ!」


 首だけを回して声の主を見る。

 蹴り出す機を逸したことで、体内に残ったエネルギーがそのまま言葉へ込められ、口調が荒くなってしまった。

 声を掛けてきたのは、緩い雰囲気を放つ細身の男だった。ふにゃっとした顔で、呑気ともいえる微笑を浮かべている。


「――夜々みたいね」


 と、反射的に口から飛び出し、そこで葉火は一つの可能性に思い至り、身体ごと向き直り慌てて言い直した。


「夜々みたい、です、ね。もしかしてお父さん、ですか?」


 敬語を使い慣れていない葉火は、節目ごとに明確な区切りを入れながら訊く。

 男性は動じることなく、一層笑みを深めて答えた。


「はい。夜々の父です。あなたは、夜々のお友達ですね」


「剣ヶ峰葉火、です。夜々はあたしの友達、です、わ」


 ついにはお嬢様キャラのような口調になってしまった。

 そこで夜々の父はクスリと笑う。


「やっぱり。前に虎南が待ち受けを見せてくれて、それがあなたの写真でした。あの、その喋り方、無理しなくていいですよ」


「……無理はしてない、ませんことよ。あたしは礼儀を重んじるタイプですの」


 最適化を行ったところ高飛車お嬢様風に落ち着き、葉火が普段から行う髪をかき上げる仕草も相まって、よりそれっぽくなってしまった。

 葉火はこのまま貫き通すことに決めた。


「夜々の所へ向かうのですわよね? あたしが案内して差し上げますわ。ついていらっしゃい!」


「よろしくお願いします」


 行儀よく頭を下げた夜々の父を連れ、葉火は高笑いをしながら二組の教室を目指して歩き出す。


 三耶子達がいまの葉火を見たら、笑うだろう。

 恥ずかしいけれど、それは嬉しいことなのだと葉火は思った。

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